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私の従僕   作者: トール
 閑話 2
93/99

かくれんぼ、するの 2



 従僕が出ていったことを確認して、コクコクと頷いた。


「いったわね」


「お嬢様?」


 顔を青くしているベレッタを、手を上げて制止する。反対の手の人差し指を立てて、静かにするように促す。


 慌てて口に手を当てる様がかわいい。妹がいたらこんな感じかもしれない。


 そろりそろりと音を消して歩き、扉を開けて周りに従僕がいないか確認する。一応は見える範囲にはいないけど……。


 油断したらダメ。従僕は、見えないぐらいの位置にいようとこちらの声を拾うんだから。


 昔からそうなのだから。


 わたしは知ってる。


 ソッと扉を閉めて、未だに口に手を当てているベレッタを振り返る。手振りで耳を近づけるように指示する。不思議そうな顔をするベレッタは、しかし指示は理解しているのか耳を寄せてくる。


 そこに小声で話し掛ける。


「ベレッタ、みーっけ」


「ええ?!」


 静かに! 静かにするのよ? もう。ベレッタはダメね。


 慌てて再び人差し指を立てて声を抑えるように「静かに」を連呼する。


「ベレッタには罰を受けてもらうわ」


「なっ。お、お嬢様、わわわわたくしは……」


 ベレッタの顔が青を通り越して白くなってきた。体はブルブルと震えて目尻に涙が溜まっている。歯が上手く噛み合ってないのか小さくカチカチとなっている。


 これが普通。


 わたしに……公爵家の者に『罰』と言われて震えあがらない従者はいない……らしい。わたしはこれを最近までよく理解できなかった。なんというか……従僕が毎日のように受けて、その度に『おいおいまたかよ』みたいな顔を隠れてしてるから。


 しかもわたしの前では笑顔だもの。


 そこまで怖いものだなんて……正直、今もちょっぴり思っていない。


 でもメイドに『罰』を仄めかすようなことを言うと、みんな同じ反応をするわ。


 不思議。


 内容は、鞭で打たれる。うん。知ってる。わかってる。


 でもしっかり理解できてないのかもしれないって思ったから、従僕のところに鞭を持っていって「叩かせて?」って言ってみたの。


 逃げられた。


 追いかけた。


 楽しかった。


 でも、従僕が逃げるぐらいなんだから……鞭って怖いのね。そう思った。だから従僕以外には『罰』を与えたことはない。だから大丈夫よベレッタ。息の仕方が変よ?


「ベレッタの罰は――――わたしといっしょにオニをやるの」


「ひゅーハア、かっ……? ゴッホゴホゴホ! あの、お、嬢様?」


 これで従僕を捕まえれるわ。捕まるのよ? 絶対よ。


 しばらく咳き込むベレッタの背中をさすって上げた。ごめんね?


 息が整ってきたベレッタが、喉をさすりながら訊いてくる。


「お、鬼をやればいいので? それがわたくしの……罰」


 まだ少し疑っているベレッタにコクリと頷く。


「そうよ。従僕って素早いのよ?」


「は、はい。それはまあ……確かに」


 微妙に従僕を誉めているような内容だからか、ベレッタは嫌そうな顔だ。でも遅いとは言わない。ベレッタは正直だ。好き。


「まえに追いかけっこした時は、ぜーんぜん追いつけなかったの。『止まって!』って言ったら、ちょっと止まってまた走るのよ? 『ずっと止まってて!』って言ったら、止まったまま動くのよ? 捕まらないの」


「止ま……え?」


「だから『かくれんぼ』にしたのよ。かくれんぼなら、見つけたら勝ちでしょ? 追いつけなくても見つけたらいいのよ。でも従僕は、ウソつきなの。すーぐウソつくから、ウソついて逃げられちゃうかもしれないわ」


「お嬢様に嘘? ふ、不敬です!」


「そうじゃないのよベレッタ。本当のウソなのよ。ビックリするんだから。本当よ?」


「ほ、本当の? え?」


 ベレッタが混乱してる。えーと、えと。…………むつかしい。


 まあいいわ。


「だからベレッタをオニにするの。従僕はそれを知らないわ。ちゃんと『罰』の内容を聞いていかないからよ。従僕は、ベレッタなら油断すると思うの。そしたらベレッタが従僕に言ってちょうだい? 『お嬢様からです。「みーっけ」』って」


 絶対に面白い顔をするわ! はやく見たい!!


 ワクワクしているわたしの前で、ベレッタが安堵の息をはきだす。


「なるほど。お嬢様の策というわけですね。それで、見つかったあの平民も『鬼』になるわけですから、そこで終了。お嬢様の勝ち、と」


「うん? 従僕は鞭で叩くわ」


 だってヒドいこと考えてそうだったもの。『罰』の内容は最初に捕まった者をオニに落とし、最後に捕まった者を鞭で打つ、にしよう。うん。


 そう答えると、再び少し顔色を悪くするベレッタ。


 どうしたのかしら? 叩かれるのは従僕なのに。


「む、鞭をお与えに……い、いえ。出過ぎた申し出でした」


「? そう」


 じゃあ、そろそろ探しに出ましょう。


 ベレッタにはすれ違うメイドに聞き込みしながら従僕の後を追うように言った。たぶん、すぐに見つかるわね。


 問題は追いつけるかだけど。


 そこはわたしが先回りをしようと思う。


 従僕は……きっと奴隷がいても変じゃない場所に行くの。そして、そこでとてもわたしじゃ探しきれない場所にかくれるわ。


 うん。


 奴隷が外から運びこむ荷物を置く場所があったわね?


 そこに行ってみましょう。


 いくつかある。


 じゃあ、チューボーの近くからにしようかしら?


 普段は近づかないように言われている。


 ……。


 だから行くの。


 考えながらもベレッタと別れて部屋を出て廊下を歩く。共連れを申し出るメイドや執事を断ってチューボーへ。自分で探すの。


 ここだ。


 チューボーから少し行き過ぎた部屋。


 中から鼻歌が聞こえてくる。


 そうか。鼻歌か。


 ……誰かしら?


 ノブを回して荒々しく扉を開け放つ。ちょっと痛んでいたのか、蝶番が外れて扉が棚に突っ込んだ。棚の上から瓶が落ちてきて割れ、衝撃で開いた引き出しから何かが飛び出して香草に埋もれる。


 きっとサビね。


 気にせず鼻歌の出所を探る。


 メイドだ。


 何かをサクサクと口にするメイドが、ガチャガチャと何かが割れる音にも気にせずに平然とこっちを見つめていた。


 見つめ返す。


 サクサクサクサク、サクサクサクサクサクサク。モグモグ、モグモグモグモグモグモグ。ゴクリ。


 食べ終わった。


 すると再び皿に手を伸ばして二つ目を口にする。食べ終わる。三つ目。食べ終わる。クッキーだ。おいしそう。


 すると今度はコップに手を伸ばしてコクコクと傾け始めた。


 メイドが。


 ふむん?


 ああ、そっか。


 ちゃんと言わなければ。


「みーっけ」


 やっぱりかくれんぼね。



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