表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の従僕   作者: トール
 閑話 2
92/99

隠れていいのなら 1



 お嬢様の専任メイドを増やす、という話だった筈だ。



 これは俺の産まれが卑しいからなのか理解力が乏しいからなのか分からないが、お嬢様は『隠れんぼ』をすると仰っている。


 貴族の取り決めとは、従僕の俺には目新しい物ばかりだ。


 紙を適当に放ってそこに万年筆を投げる決め方といい、選ばれ方の基準が運に偏っているようだ。


 運は重要な要因なので、そこはまあ……。


 なきゃ死ぬしね。


 お嬢様にお仕えする以上、他にいらないまである。


 ただ貴族様の考える幸運というのが奴隷にとっての不運であるというだけで。


 俺はてっきり、候補に上がったメイドを呼び出して目の前に並べ「今から万年筆を投げるわ。見事刺さったメイドを取り立てます」『ただし生きていたら』とか言ったり思ったりするもんだと思っていた。


 素早く反応できたのも俺に被害はなさそうだからだ。


 ベレッタさんが呆然としているので、もしかしたら俺の考えている『隠れんぼ』ではないのかもしれない。早々に見つけたらお嬢様の勘気を買うとか? 嫌な隠れんぼだ。ベレッタさんの表情も頷ける。



 しかし他人事だと思っていたのは、次のお嬢様の言葉を聞くまでだ。



「じゃあ、逃げて?」


 うん?


 下げていた頭が思わず持ち上がってしまった。


 ベレッタさんも? しかしお嬢様の言葉はこちらにも向けられていたような……。


 それが本当だと証明するように、お嬢様と目が合う。


「……お嬢様。私はお嬢様の従僕にございます」


 メイドじゃないんですよ。


「知ってるわ」


「……メイドを選ぶのですよね?」


「メイドを見つけるのよ」


「……似たようなものかと」


「でしょ」


 不思議な空間が形成されている。ベレッタさんの表情の意味もようやく理解できてきた。


 『隠れんぼ』を、お嬢様と俺でやる、そう言って…………いる?


 いやバカな。


「じゃあ、従僕が逃げたら追いかけるから」


 ああバカだ。


 お嬢様の専任メイドを増やす、話なのだ。


 どうやったら従僕と隠れんぼするという話になるのか。


 どう説明したものかと主従が見つめ合っていると、呆然としていたベレッタさんの意識が戻ってくる。


「……お、お嬢様! 戯れを口にされている場合ではありません! これからお嬢様に相応しいメイドを」


「わかってるわ」


 コクコクと頷くお嬢様。その目は本気だ。なんでだよ。


 何をどう説明するべきかと、口を開け閉めするベレッタさん。中空に上がった手がその迷いを表すようにフラフラ。然も当然とばかりにベレッタさんに向き直って口を開く。


「わたしのメイドを見つけるのよね? なら、かくれんぼするのが一番よ。従僕もそうやって見つけたのよ? だからだいじょーぶ」


 ダメなのはお嬢様の頭の中です。


 クルリと振り返った主人に頭を再び下げる。


「ね、じゅーぼく?」


「お嬢様の聡明さに、私は頭が下がる次第です」


「ソーメー?」


 バカって意味だったかな。


「強く賢く美しいという意味です」


「さいきょうね?」


「間違いなく」


 誰も追い付けません。


「じゃあ、逃げて?」


 だからわからない。


 そこで、何故、俺なのか?


 その方法でメイドを選別するにしても、逃げるのはメイドかお嬢様ではないのか。


 しかも最初の「逃げて?」より迫力が増している気もする。この短い間に何がそんなに不満だったのか。


「そ、それで決めるとしても!」


 声を上げたのは俺じゃない。


 ベレッタさんだ。


 ベレッタさんの顔色は赤くなっている。怒っているというより、ちょっと混乱しているように見える。


 それで決めるとしてもって言ってるし。


 いや、何も決まりませんよ。


「しても……そ、そうです! メイドを呼んできて、そのメイド達とされるべきなのでは? そ、その従僕を捕まえたところで」


「いやよ」


「メイドが……あ。い、いや? あ、ですが、あの……お嬢様?」


「ベレッタも逃げて?」


「わ、わたくしも?!」


 ああ、これ。ただ遊びたいだけだな。


「そうよ? だってメイドを見つけるんだもの。わたしが、探さなくちゃ」


 お嬢様の中では何が成立しているのか……。


 飛び降りるように椅子から降りられたお嬢様は、腕を上に伸ばして背伸びをされた。やはり座っているのに飽きただけなのでは?


「だから、オニにはわたしがなるわ」


 元より。


 わざわざ宣言されなくとも大丈夫です。従僕は十二分に理解しております。


「ねえ従僕」


「はいお嬢様」


「オニに捕まるんだもの。捕まったらきっとヒドいものよね?」


「全く道理かと」


「つまり従僕を捕まえたとしても、ヒドいことをするのは当然よね」


「勿論でございます」


「わたしも貴族社会を学んだわ。戯れ(ゲーム)(ペナルティ)はつきものなのよ」


「無知を恥じ入るばかりです」


 従僕は知ったとしても体験したくありませんでした。


 遊びなのに罰をつけるなんて信じられない。既に遊びじゃなくなっていると思うのは奴隷の感性故か。


「捕まえたら、罰よ」


「畏まりました」


 しかし穴がある。


 それは、()()()()()でしょう?


 逃げていいのなら、逃げます。隠れていいのなら、隠れます。


 主人の許可があるのだから。


 ああ……いっそ遠くに。


「範囲は、屋敷の中だけよ」


 いつも庭に出ていく人とは思えない言葉だ。


 しかし――。


 今まで一度足りともお嬢様が俺に追い付けたことがあるだろうか? こと足の速さを比べるだけなら、問題はない。


 ニコニコと笑われるお嬢様に従僕も笑みを浮かべる。


「それでは逃げさせて頂きます」


「ぜーったい、つかまえるから!」


 不敵に微笑み合う主従に、顔色を青くするメイド。


「ば、罰?」


 どうやら最初に見つかる心配はなさそうだ。


 未だに混乱しているベレッタさんを捨て置いて(いけにえに)一礼を主に捧げて部屋を出る。


 魂胆はわかっている。


 お嬢様は言った。『隠れんぼ』だと。


 つまり『鬼ごっこ』ではない。


 そこが肝要だ。何度となく「捕まえる」と連呼していたが、見つかった時点で終了がルール。それが常識。


 「逃げろ」だ「捕まえる」だ「鬼」だと強調していたが、上手いことそこに落とそうとしているのだ。なんという口の悪さか。どういう教育をされてきたのやら……。


 しかし不本意ながらも長年を共に過ごしてきているのだ。そこに騙されることはない。


 きっちりと隠れさせて貰おう。


 どこに隠れるかを考えながら長い廊下を歩く。すれ違うメイドに召し使いの方がいたら、端に寄って頭を垂れる。昼食後の時間であるせいか、いつもよりその人数が多い気がする。


 ……しまった。


 人の目が多いせいか居所は直ぐに特定されるだろう。しかも外に出れないのなら、従僕が隠れられるところは非常に少ない。あまり良くも思われていないのだ。目障りになるわけにもいかない。


 すると考えられる場所は自室のような、従僕が入っても構わないところになる。


 ……いっそトイレに隠れるか?


 いや最初に探しにくる。


 そういうお嬢様だ。


 くそ餓鬼め。


 見てろ。


 足早に向かうのは、お嬢様が入ることを禁止されている場所だ。


 厨房。


 刃物や火を日常的に取り扱う場所であるためか、ここはお嬢様厳禁である。厨房を取り仕切るコック長も、旦那様の直属である貴族の方でお嬢様の権力も通じない。そもそもお嬢様の食事もここでするわけじゃないので入る理由もない。


 もちろん、従僕も入れない。


 しかし近くにある、外へと繋がっている食料搬入部屋なら問題ない。ここは食材の詰まった木箱や樽なんかを運び入れることがあるため奴隷の入室も許可されている。何度も入ったことがある。


 厨房を通り過ぎて食料搬入部屋の前へ。


 扉を開いて中を見る。


 ……誰もいないようだ。


 当然と言えば当然だろう。奴隷は人目につかないように朝方までに食料を運び入れるし、昼食が終わった後にここに用がある人もいないだろう。


 樽に詰まった芋や干された香草が綺麗に並べられている。背の高い棚には種類別に調味料なんかが入れられている筈だ。鍵付きなので中は分からないが、取り出しているのを見たことがある。使い終わって空になった木箱や樽や瓶なんかもある。ここがいいか……。


 一つ瓶を開けてみると、黒々とした使用済みの油が並々と詰まっていた。奴隷に払い下げるやつだろう。


 中身を捨てるわけにもいかないので、入るのは木箱か樽にするか。


 空樽が山と積まれているので手前……から少し奥にいったところにある樽に隠れることにした。もしお嬢様が探しに来たとしても途中で飽きられる可能性に掛けてだ。


 空樽の蓋を開けて足を突っ込んだところで、誰かが近付いてくるのを察知した。


 鼻歌を歌っている。


 ……お嬢様じゃない?


 何か疚しいことをしているわけではないのだが、咄嗟に身を滑り込ませた。蓋を閉める時に更に上に空樽を載せて、使い難いようにして。


 蓋が閉まると同時に扉が開いた。


 潜りこんだのは酒樽とは違う樽のようで、隙間があった。その隙間から外を覗けたので厨房側の扉からやってきた誰かが見えた。


 メイドだ。


 短めの茶色い髪に目の色は黒。手にした皿には焼き菓子が盛られていて湯気を上げている。もう片方の手にもガラス製のコップを持っていて、そこには牛乳が注がれているようだ。


 貴族様だな。


 ガラス製品は平民には色々と敷居の高い品だが、貴族にとってはとりとめのない品のようで、普段使いされている。


 菓子にガラス製品。まず間違いなく貴族様だろう。


 鼻歌を歌いながら入室。足で扉を閉めてキョロキョロと室内を見渡し、どうやらお目当ての物がこっちなのか笑顔で近付いてきた。空樽の一つに焼き菓子の盛った皿を置いて、更に距離を縮めてくる。


 あ。マズい。


 しかしメイドは俺が隠れている樽の上の樽に用があったのか、空樽を抱えると直ぐに下がっていった。


 ……なんなんだろうか。


 どうやら空樽をテーブルと椅子に見立てているらしい。貴族様が? ちょっと予想に自信がなくなってきた。


 ブツブツと「全く兄さまは」「これは毒味」「おいしいですー」と呟いているところを見るに、どうやら毒味をしているらしい。しかしお嬢様にお出しする物にしては些か貧相な菓子に見える……。


 ああ。同じ材料で毒味用の菓子を作るとかかな?


 それを食べているのだから……どうやら平民のメイドのようだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ