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私の従僕   作者: トール
 閑話 2
91/99

隠れます 1



 あー、危なかったあー。


 わたしは安堵していました。



 拝領男爵家であるディザナン家の娘として産まれてきた以上、血の繋がりを高めるために他家へと嫁がせることに理解はある。


 でも納得はしていない。


 大体、お姉さまもお兄さまもいるじゃないですかー? なんでわざわざわたしまでお嫁に行かなければいけないのか。お父様はおーぼーです。


 どうにかこうにかお見合いを断り、縁談を壊し、婚約者をボコボコにして、わたしは純潔を守り抜きました。しかしどうしたことか、お父様は頭を抱えます。


 娘が清らかなままだというのに、その反応はシツレーですよねー?


 わたしは、これでも貴族家の娘なので、蝶よ花よと育てられました。公都にある学園も出て、一人前の魔術師でもあります。


 つまり良識のある立派な、れでぃー? なので、あのような白いブタに穢されることを良しとはしないのですよー?


 と、そのままお父様に告げた。


 解りやすくわたしの気持ちを分かって貰うために。


 むりむりむりむり。絶対に嫌でした。あの好色な視線で見つめられるだけで鳥肌が立つのに……これから一生?


 本気で出奔を考えたぐらいです。


 文句を言うわけではないのですがぁー? 限度ってありますよね? それにー、お姉さまの旦那様はカッコいいじゃないですか。あれならわたしだっておーけーですよ。なんでわたしのはブタなんですか。お父様はわたしのこと嫌いなんですかぁ? だったら第二夫人でいーじゃないですかー。えー? 偏り過ぎる? 強く結びつき過ぎても良くない? それでブタ、と? あそこなら楽できる? いや、のっけから楽できない顔じゃないですか。あんなののモノになったら初日から毎晩ですよ。もー。


 そんな家族の間での、忌憚のない意見を交わし合いも、最後の方は感情が物を言うんですよ、ええ。


 お父様が穀潰しだなんだと言う言葉に、わたしは乗ってしまい、自分の食い扶持ぐらい自分で稼げますぅー! と反論したのが運の尽き。



 途方に暮れることになってしまいました。



 だってー……「美しい飾り物なら部屋を華やかにしてくれるが、お前は花飾りにも劣る。ああ、いや……食って出すだけなのだ。劣るだなどと……比べるのも花飾りに失礼か?」なんて言うんですよー? キィー! ってなるじゃないですかあ?


 乙女は食べるだけで、出したりしないんですよ。


 ……わかってます。わかってるんですよー、これが、お父様の策略だということくらい。


 確かに、男爵家なのに平民に混じって学園に行ったわたしは、世の中を多少なりとも知っているでしょー。しかしそれは、貴族の娘が考えているものより、ずっとずっと厳しいものだという理解でしかないんです。


 世の中は簡単ではないのです。


 こと簡単に言うのなら、冒険者にでもなって一旗上げれば? と言えるのかもしれません。貴族であるということは、魔術師であるということなので。


 でもわたしも一応は箱入り。それがどんなに厳しいのかを知っています。


 まず、冒険者が泊まるような宿屋には、お風呂なんて存在しないんですよー。食事も毎食きっちり出てくることはなく……仕事によっては、そのまま外で泊まることもあるという……。


 虫とか、絶対にダメです。


 うちは男爵家は男爵家なのですが、拝領なので、貴族の生活水準の平均ぐらいには甘やかされて育ってきました。


 そんなぬるま湯に浸かっていた娘が、さあ食い扶持を稼ぐぞ! と飛び込める世界ではないのですよ……。飛び込むにしても、相応の覚悟が必要でしょう。


 わたしは部屋で頭を抱えていました。


 これは罠だと。


 お父様は、わたしが泣きついて戻ってくるのを待っているのです。そしてあわよくば白ブタとの再縁を果たそうとしているのです。


 うむむむむ! これは、よく考えられた作戦ですねー。わたしの性格を熟知していますー。


 そう、出奔は無理だ。考えるだけなのだ。でも白ブタともムリだ。考えるのも嫌なのだ。


 ……あー、頭痛くなってきてしまいましたよー? これは糖分が必要ですねえ。


 仕方なく、いそいそとお茶の準備を始めたわたしのもとに、お兄さまがやってきました。


「なんでしょう? 説得には応じませんよー。わたしの意志は、硬いのでー」


 削られてはいますけど。


「そう思って、お前にいい話を持ってきたよ」


「そうですかー。……でも、お兄さま。わたしたちは兄妹なんですよ?」


「……なんの話をしてるんだお前は?」


 あれ? 禁断の関係とか、お兄さまが囲い込んでくれるとか、そういう()()話じゃなく? もちろん、兄妹なので肉体関係は無しで。


 そういう話かと思ったとお兄さまに伝えてみると、お兄さまはお父様のように頭を抱えた。


「……なんの話をしてるんだお前は?」


 伝えたというのに、お兄さまの反応は変わらず。そこは『よし! 可愛い妹の面倒は、この兄が!』となるところではないですか?


「……くだらん冗談言ってないで、仕事を探したいんだろう?」


 ()()はないんですよぉー? ()()は。


 でもこのままお父様に踊らされて、ブタのお嫁さんになるのも嫌じゃないですかあ?


 そこでお兄さまがニヤリと笑って切り出したのが、奉公の話。


 行儀見習いに他家へとの結びつき、あるいは――――人質。様々な用途で使われる奉公だが、縁談の話と比べるなら、どっちがと比べるべくもなく縁談だろう。


 それじゃお父様は納得されないのではー?


 そう思ってお兄さまに、遠回しに無理なのではと告げてみたが、お兄さまには勝算があるのか笑みを納めることなく、


「それは奉公先によるだろう?」


 そう続けた。




 おかげさまで、わたしは無事に『残虐公』と名高い公爵家に奉公することになった。


 あの父にしてあの兄ありというか……妹が可愛くないんですかねえー?


 まあ、物騒な二つ名を持っているのは先代で、今は良政を敷かれていますし。わたしの家的にも主家にあたるので、お父様も嫌とは言えません。


 しかも仕事の内容も酷くなく、平民と貴族での住み分けもきちんとされているので、意外と楽です。


 もしかして、メイドって天職なのかもしれません。


 今もメイドとしての役得を享受していますしねー。


 ここは食料搬入部屋だ。


 奴隷と接する機会が生まれるためか、ここに貴族出のメイドは近づかない。平民のメイドも遠慮している。ここでコック長のドネさんに見つかると、重い物を運ばされるからだ。しかし食事の時間のあとなら、意外と穴場である。


 サボッていてもバレない。


 山になっている空樽を引っ張り出して、手に持っていた皿とガラス製のコップを置く。テーブルだ。更に空樽を引っ張り出して腰掛ける。


 皿に山と積まれているのは、クッキーだ。


 珍しいこともあることに、材料はキッチンの中に落ちていた。さすがは公爵家。木っ端貴族である男爵家とは違う。わたしなんかは材料が勿体ないと焼き菓子を製作してしまうぐらいですから。


 習い事も、うるさくするお父様も、好色な白ブタもいない。


 なのに美味しいお菓子はある。


 絞り立てだというミルクもある。


 否、違う。これは毒味だ。


 そう、メイドの責務ですー。うわっ、美味しい。よく出来ましたねえ~。今度はチョコを練り込んでみましょうか? もちろん、落ちていたら、でふけど?


 わたしはすっかり安心しきっていました。


 婚約を蹴れたことも、ご奉公先がチョロいことも、今まで幾度となく上手くいっていた隠れ場所にも。



 だから。



 突然、扉がノックもなく音を立てて開けられたことに、とんでもなく驚いていました。


 あとで「そうは見えなかったわ」と言われるんですけど、本当の本当に驚いていたんですよぉ~?


 ですから、ああいうのは、本当に、本気で。


 勘弁してくださいねー?



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