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私の従僕   作者: トール
 閑話 2
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かくれんぼ、するの 1



 わたしは、十二歳になった。



 歳が二桁に乗ったところで、急に忙しくなったわ。習い事にお勉強は今までの二倍、ストレスは四倍だもの。


 覚えろと言われたマナーや慣習には眉をひそめ、慣れると言われた社交や祝福には違和感しかない。


 もっと遊びたいのに。


 そんな思いが顔に出ていたのか、子供の頃からの習慣である『脱走』は、この歳になってもまだ許されている。


 顔に出ていたというか、出したんだけど。


 『脱走』しない時のわたしは――――不機嫌だ。


 やたらと物に当たり散らして屋敷の中を駆け回って――――お母様に怒られる。しかしコりない。だって気分が悪いのだ。しょうがない。


 もちろん、そんなことしてたのはもっと小さい時だ。今じゃない。でもその甲斐あって『脱走』は今も許されている。


 わたしの従僕に会うことを、許されている。


 そんなの変だ、と思ったのは、つい最近。


 わたしの学園入りが一年と迫った頃くらい。


 従僕が、嬉しそうなのだ。


 いつもニコニコしてるけど……もっとよ。もっと、嬉しそう……。


 わたしは学園とかいうところに行かなきゃいけないのに。


 そこで、はっ、と思うことがあった。


 そう。従僕は、わたしの従僕だ。従僕もそう言ってた。


 わたしのなのに、会うのに許可がいるというのは、変……じゃないかしら?


 学園に行くわたしが、従僕を持ってくのは変じゃないんじゃないかしら!


 わたしだけつまらない思いをすることを、従僕はきっと良しとしないわ!!


 だからお父様におねだりした。


 従僕は、正式にわたし付きということになった。


 ちょっと煤けた表情を見るようになったけど、大丈夫。きっと元からそうなのね。今までずっと一緒にいなかったもの、知らないこともあるわ。


 知っていけばいいのよ。


 嬉しくて、なんの用もないけど呼び出したり、ちゃんといるかどうか確かめるために何度も振り向いたりした。直ぐに表情を取り繕う従僕は、おもしろかった。



 だから、というわけではないのだけれど……。


「この中から、新しいメイドを一人、お選びください」


 厳しい視線のベレッタから、名前がたくさん書かれた紙を受けとることになった。


 わたしの部屋の一つ、勉強するところの部屋で。


 机の右側にベレッタが立って、わたしの前に万年筆と紙を準備している。


 従僕は斜め後ろで立っているだけ。ダメな従僕だ。


 こういうのも、全部覚えてもらわなきゃ。なんでも。なんでもよ?


 でもメイドはそのことをよく思っていないらしく、メイドの発言力を強めるために新しいメイドを欲している。わたし的にノーだ。今のままがいい。


 ベレッタはいいの。ベレッタは。


 なんだかんだと従僕と仲の悪いベレッタだけど、この二人はよく似ていると思う。


 まず、二人ともわたしのことが大好き。


 困っちゃうわ。


 そして、二人ともわたしの言うことを聞いてくれる。


 当然ね。


 最後に……本人たちは隠していると思っていることが、わたしには筒抜け。


 これが、重要。


 うちのメイドはわやわやしてて嫌い。貴族のメイドは特に嫌よ。話してて楽しくないもの。でも平民はもっとダメだ。わたしを見ると固まっちゃうの。呼吸も忘れて倒れる子もいるぐらい。ドジだ。


 そんな中からメイドを選べなんて言われても……。


 貴族のメイドなんて隠し事の塊みたいなものだ。わたしのことなんて本心じゃ好いてないし、お父様の言いなりだし、嘘まで隠す。


 だからわたしの答えはこうだ。


「嫌よ」


「お嬢様」


「ベレッタだけでいいわ」


「それでは十分な奉仕を行えません」


「従僕がいるわ?」


「…………あれは、近衛としての役割があります」


 苦虫を噛み潰すようにベレッタが言う。致し方ないという言い方だ。そんなに新しいメイドが必要だろうか?


「ベレッタと従僕で足りてるのに……」


「……お嬢様」


 ベレッタが息を吐き出しながら、眉間を揉む。


 ベレッタが言うには、メイドは例え一人増えても足りないそうだ。控えさせる人員というのは、多ければ多いほど、その位の高さを表している。格調高い王家の血脈としては、少なくとも二桁は欲しいんだとか。


 絶対に嫌よ。


「……わかっております。それでも、これから言い付けられる用事も増え、一人二人と席を外す時が必ず来ます。ですから」


「一緒に行くわ?」


「そういう問題ではないのです。お嬢様……なにとぞ」


 …………しょうがないわね。


 全く興味の持てない紙束をめくる。ゾクセーやら何々家やら、さっぱりな内容だ。


 それよりもっと……。


「この中で、ぬいぐるみが趣味なメイドは、誰?」


 モコモコした羊のぬいぐるみがないと寝れないメイド(ベレッタ)はいる?


「おおおおおお嬢様?! お、おおおお戯れはお止めください! そんなメイドはいません! いえ、存在しません!」


 そう?


 顔を赤くしたベレッタが鋭い視線を従僕へと向ける。これに従僕は視線を斜め下にして取り合わない。先程まで振り向いたら微笑していたのに、今は笑うわけにはいかないとばかりに真剣な顔だ。


 おもしろい。


「じゃあ、木を引っこ抜ける、とか?」


「……お嬢様? 物語(おはなし)好きなのはわかりますが……現実にそのようなことが可能なのは、剛力で名高い鬼族や巨人族、あとは二つ名を持つような冒険者ぐらいかと。早々お目にすることはありません。ましてやメイドや召し使いの中には存在しません」


 そう?


 クルリと従僕に振り返ってジッと見つめる。


 従僕は、斜め下に視線を固定したまま。意地でも目を合わせようとしない。しかし僅かに汗を掻いている。


 きっと、庭の木を引っこ抜いて埋め直したことがバレるんじゃないかとか思っているんだわ。


 ほんと、従僕はあんなに嘘が上手いのに、なんでこんなに嘘が下手なんだろう。


 おもしろい。


 もう少し、従僕を見つめていたら、きっともっとおもしろい。面白いことを言い出して面白いことをしてくれる。


 そんな期待があった。


 二人なら、きっとそうなった。


 でもこの部屋にはあと一人。


「お嬢様」


 あーあ。従僕が『助かった』って顔してる。


 表情は変わってないけど、そんな感じ。


「なーに、ベレッタ?」


「お戯れも程々に、そろそろお決めください。なんのことはございません。メイドが一人増えるだけです。そちらに書かれているメイドは、家柄も能力も申し分ありません。安心してお選びください」


「そう」


 じゃあ。


「紙をテキトーに飛ばして、万年筆を投げて刺さったメイドでいいかしら?」


 従僕に向かって投げるけど。


「……お嬢様」


 ベレッタの眉間にシワが走る。ちょっと、怒ってる時だ。いけない。


「じょーだんよ」


『存在が?』


 何が聞こえたというわけでもないのだけど、クルリと従僕を振り返る。今度は少し微笑んでいる。


 ちょっと問い詰めたいけれど、怒っているベレッタがいる。決め方を決めなくてはならない。


 そこでふと、思い浮かんだ。


 従僕を見て、思い浮かんだ。


 じゃあ。


「かくれんぼ、しましょう」


「畏まりました」


「…………は?」


 直ぐさま頭を下げる従僕と額のシワがなくなり呆けたような表情のベレッタを見て、思った。


 やっぱり、似てる。



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