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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
9/99

従僕9

サービス回


サービス、サービスぅ!





「いや、別に喜ぶのが無理ってわけじゃなく」


 それも無理だから間違ってるわけじゃないけどさぁ。


 ここは石壁に包まれた地下のお仕置き部屋だ。拷問用の器具が揃っている。


 鉄枷に囚われて吊るされた俺の剥き出しの背中を、戦闘奴隷が思いっきり打ち据える。今ので六回かな。あー、絶対背中赤くなってるよ。


 奴隷頭が立ち会っての鞭打ち中だ。


 今日は十五回。やったね、新記録。


 最初に鞭打ちを受けた頃には誰かの血で汚れてたこのお仕置き部屋も、鞭で打たれるのがほぼ俺だけになってからは綺麗なもんだ。掃除も俺がしてるしね。


「くっ、らああああああ!」


 戦闘奴隷のヨクシャが気合いの掛け声を上げてまた一回。タタルクほどじゃないな。痛いことは痛いけど。


「今度は何をしたんだ? 十五回の内の十回はお嬢様が上乗せしたらしいが」


 マジかよあの餓鬼。


「いや、何もしてませんよ。なんか王都の学校に行くからついてこいって言われたんで、無理ですって……」


「せあああああ!」


「あー、そりゃあ無理だ。その学校ってのは貴族様と、平民でも才能があるかデカい商家の出でもなきゃいけないところらしいからなあ」


「でしょう?」


「まあお嬢様がお前に怒るのは今に始まったことじゃないが…………今回は相当腹に据えたんだろうなあ」


「おりゃあああああああ!!」


 んな理不尽な。


 いつからかお仕置き部屋で奴隷頭と話すようになった。大抵は鞭を頂くに至った経緯だったり、お嬢様からの伝言だったりと内容は区々(まちまち)だが、その実は暇潰しだ。


 タタルクの場合は結構痛くて体に力を入れて耐えていたので、そこまで余裕はなかったが。回数も少なかったし。最近は痛くはあるが、そこまでじゃない。流石に十五回も打たれたら赤くなるんだろうけど。


 話題は明日の仕事内容にも飛び、それが伝え終わる頃には、鞭打ちも終わった。


「じゃあ、明日はお前がその石柱を運んでくれ。薪割りまでに終わらせろよ」


「わかりました」


「ハア、ハア」


 明日の仕事の打ち合わせを終えつつ、奴隷頭が鉄枷を外してくれる。ヨクシャが息を荒げながら青い顔で奴隷頭を見ている。どうしたんだろうか?


 それに奴隷頭は軽く手を振って答える。


「大丈夫だ。きちんと立ち会った。お前は加減も手心も加えてねぇし、罰がちゃんと執行されたのを俺が見てる」


「ハア、そう、ハア、ですか。ハア、ハア」


「水、貰ってきてやろうか?」


 目を丸くしているヨクシャに手を差し出して労う。大丈夫かこいつ。


 二日前から来た新入りで、アレンを売るかもしれないからと買ったそうだったが、今日の出来事で奴隷頭の頭の中ではその決意が固まっているように見えた。いつもはアレンが鞭を打つもんな。決めるのは旦那様だが、奴隷頭からの報告ありきで可否を選択するらしいので、売りに待ったなしだろう。問題あるもんなぁアレン。


「い、いや、大丈夫だ」


 ようやく呼吸が整ったのかヨクシャが俺の手を借りずに立ち上がる。


 まあ、仕事終わりにこのデカい鞭を振り回せばそうなるのも分かる。


 お嬢様が持ってきた細い蛇のような鞭ではなく、鞭打ちに使われる鞭は革製で、手で握る部分の根元(グリップ)から幾つも厚くしなる鞭が生えている特注品だ。俺の身長と同じぐらいのデカさなので、持ち上げて力いっぱい振り下ろすのは意外と一苦労だ。


 俺と奴隷頭で手早く片付けていると、お仕置き部屋の扉が開いた。


 入ってきたのはメイド長のケーラ様だ。


 咄嗟にひざまづいて頭を下げる。遅れてヨクシャが。奴隷頭だけ前に出てケーラ様の傍で頭を下げる。


「構いません」


「はっ」


 言葉を賜るのは奴隷頭だ。だから顔を上げるのも奴隷頭だけなんだが、ヨクシャが顔を上げかけて慌てて下げ直している。


「罰は終わったのですか?」


「はっ、滞りなく」


「それならば付いてきなさい。ご当主様がお呼びです」


「はっ、畏まりました」


「ああ、あなたも付いてきなさい」


 ん? ヨクシャかな?


 暫し身動きせずに様子を見守っていたが、動く気配がない。おいヨクシャ、てめーだよ。早くいけ。


「聞こえないのですか? 顔を上げなさい」


「おい」


 奴隷頭につつかれて、ようやく呼ばれているのが自分だと気付いた。ごめんヨクシャ。


 相変わらず厳格そうなケーラ様の顔を見上げる。


「ご当主様があなたもお呼びです。一緒に来なさい」


「はっ、畏まりました」


 奴隷頭と同じように答える。無理ですと答えたらまた鞭なんだろう。学習した。


 ケーラ様の後ろを奴隷頭と一緒に少し離れてついていく。奴隷小屋の一等室の地下から上がり、食堂を通って外へ。こっちは奴隷頭や戦闘奴隷の為の個室しかない。と言っても奴隷小屋は奴隷小屋なので近づくメイドはいないが。ケーラ様ぐらいだろう。


 裏手の食料搬入口ではなく、奴隷頭がよく入っていくのを見る勝手口へとケーラ様が消え、奴隷頭が続く。そこで俺の足が止まる。


 ここからはお屋敷だ。奴隷は入っちゃダメ。着いてこいとは言われても躊躇してしまう。


「おい、なにしてんだ。早くこい」


 少しして戻ってきた奴隷頭が勝手口から顔を出す。


「いや、あの……」


 ダメだろう。ここは入っちゃダメだろう。


 視線が自ずと剥き出しの足に延びる。手も汚れている。というか服も髪も何もかも汚れている。奴隷頭は小綺麗な格好をして靴も履いているが、俺は違う。


 常々お嬢様には触れないように気を使っているし、汚れが着かないように努力もしている。


 奴隷と平民以上は別なのだ。着る物や食べる物という意味合いじゃなく、住んでいる世界という意味で。奴隷は平民以上の住まう世界には不可侵でならなくてはいけない。


 なのにここでお屋敷に入ったりしようものなら、今までの努力が水の泡だ。


 首が飛んでいく。


「……あー、そうだな……」


「何をしているのです?」


 奴隷頭も俺の視線に気付いてどうしようかと頭を悩ませる。そんな奴隷の元にケーラ様も戻ってくる。


 ケーラ様も奴隷頭と俺の視線に気付く。


「私としたことが失念していました。そうですね。その格好のままご当主様にお目通しするわけにはいきません」


 ですね。では帰っても?


 そんな上手くゆく訳がなく。ケーラ様が屋敷内の従僕を呼び湯を持ってこさせると、裸に剥かれた。


 剥かれた……。おい、どういうことだサドメ。全然嬉しくねえじゃねえか。むしろちょっと死にたい。さっきまで大切にしていた首の価値が半分ぐらいになったぞ。


 それからデカい桶に浸けられるまでは良かったが、ケーラ様の洗えという指令に若いメイドが難色を示した。それは咄嗟の反応に見えた。


「あ、自分で洗います」


 勘弁願いたい。死にたい。


「そういう訳にも参りません。洗うことに慣れていないあなたが自分で洗うと洗い残しが必ずあります。仕方がないですね、私が洗いましょう」


 神よ。


 必死の抵抗により、髪と背中だけ洗われる事になったが、他の部位は自分で洗ってよしという事になった。生まれて初めて強く意見した。鞭で百回打たれてもいいと頭を下げた。奴隷頭もフォローしてくれた。


 そんな訳で、奴隷頭が灯り役でランプを掲げるこの寒い中、初めての湯浴みとなった。


「あなたが赤子だった頃、幾度かこうして洗った事があります」


 マジで?


 ガシガシと髪を泡立てては湯で流してを繰り返すケーラ様がポツリと呟いた。


 視線で奴隷頭に問い掛けると、何が可笑しいのか笑いながら頷かれた。


 ゴシゴシと背中を洗われるのは初めての経験だと思っていたのだが、随分前に経験済みだったようで。


「……大きくなりましたね。あなたもお嬢様も」


 それにはなんと答えたものやら。


 ただ感謝の気持ちはあった。なんだかんだと取り成してくれたのは、きっとこのメイド長と奴隷頭なのだから。首がまだくっついていることが、それの証明なのだろう。


 すっかりと汚れを洗い流され、濡れた体を拭かれ、用意された服を着込み、靴に足を通すと、なんとさっぱりした気分だろうか。こりゃいい。


「……え?」


「おお、そういやサドメがそんなこと言ってたな」


 俺を洗うのを嫌がったメイドが驚きの表情を浮かべ、奴隷頭が嬉しそうに声を上げている。


 サドメがなんだ?


 櫛で髪を梳いていたケーラ様が、これでいいでしょうと櫛をメイドに下げ渡す。


「それではついてきなさい。ご当主様がお待ちです」


 驚いて固まるメイドの隣をすり抜け、奴隷頭と共にケーラ様についていく。


 幾度か階段を登り広い廊下を渡り、本当に室内なのかと疑い出したところで、ケーラ様が両開きの扉をノックした。


 ケーラ様と顔を出したメイドで短いやり取りを経て、扉がゆっくりと開き出す。


 そういえば旦那様に会うのは初めてだな、そんなことを思いながら。






苦情は一切受け付けない

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