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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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従僕73



 より具体的に言うと、俺も運びこまれたのだが。


 これは内容を伏せられた。


 何故か。


「筋肉痛ですね。重度の」


 それが理由の全てである。


 この前日、従僕がお嬢様の知り合いであるご令嬢の馬車を持ち上げて運んだのは人目に知られる事実だ。車輪が機能しないからと荷が積載された馬車を、目的地まで延々と。


 これには感心した貴族様も居られたようで。


 きっと、よく躾られているとかだろう。


 元公爵家奴隷として、少し鼻が高い。


 しかしそれも近衛の任務に影響しないのならば、と前に付く。


 何かが起こった森の中。立ち会ったと思われる自国の公爵家と帝国の王家。共に主人が無傷なのは、近衛の誉れ。共に近衛が無傷なのは、主人の誉れ。しかし片方は傷もないのに倒れたという。


 理由は前日の筋肉痛だろうと言われて、これを全力で伏せろとベレッタさんがお怒りだ。


 なので、助力に駆けつけて運んでくれた兵士には口止めをお願いしてある。頼んだ時に胡散臭そうな表情だったのが印象的だった。


 激戦の傷を残す二つ名持ちの両名、腹部に強烈な一撃を受けた女子生徒、そして筋肉痛に三日も苦しんだ従僕。


 どう考えても『秘匿された闘い』に従僕は絡んでないな。


 ベレッタさんが情けないと思われるのも仕方のないこと。


 こと秘匿することを約定としているので、正確なことは当人達にしか伝わらず、想像の中にあるストーリーが学園で飛び交った。


 一番多いのが女子生徒を賭けての決闘。


 その対立が見られたサンデドロとミルフィー先輩。侮辱を受けたのはミルフィー先輩だ。そんな中、両名は森で再び対峙する。森であった一悶着にアレンが乱入。なんらかのやり取りが生まれ闘いへと発展。そんな熱い死闘。


 語られる物語には恋愛というエッセンスまで加えられてアレンを一目見ようとする生徒がいた程だ。


 こちらも公爵家で隠した。治療も早々に公爵家の馬車で王都まで送られるアレン。


 不機嫌なサンデドロ。


 訳のわからないミルフィー先輩。


 なにせ殴られて目覚めたら悲劇のヒロインなのだ。


 しかも事が公爵家の近衛とあっては、迂闊に喋ることも出来ない。ミルフィー先輩はお嬢様を良く思っておいでで、自国への忠誠心も高いのだ。致し方ない事情があるのだと思っているようで……。


 だから従僕の筋肉痛が治るまで待ってくれた。


「それで?」


 つまり三日も苛つく状況を我慢してくれたから、


「説明、して、くれるのよね?」


 この顔なわけだ。


 コメカミには青筋が浮いているのに笑顔だ。怖い。口の端がヒクヒクとしているのは『我慢』が発動しているのだろう。意外とみんな持っている。


 ミルフィー先輩の部屋だ。


 お嬢様の部屋と比べると一段落ちる。その部屋数も広さも。


 しかし従僕の与えられた部屋とは天と地ほどに差がある。そこはやはり貴族様だからだろう。お付きのメイドはいないため、内緒話をするには最適だ。内密に罰を与えるのにも最適だ。


 だからミルフィー先輩が笑顔を浮かべる必要はない。なのに形なりとも笑顔を表しているのは、


「ミルフィー先輩、『幸せのカナリヤ』持ってるのね」


 部屋をキョロキョロと眺め回すお嬢様の存在があるためだ。


 いや、部屋を物色されているから怒ってるんじゃないか? これ。


「こ、子供の頃から好きな話でして……」


「わたしも好きよ、このお話」


 『幸せがかなり嫌』と勘違いしてません?


 昔に語った風刺物だ。毎日のように栄誉を賜る平民の話。手を叩いて喜ばれていた。ああ、罰って無くならないんだなぁ、と従僕が諦めた話。


「そ・れ・で?」


 飛ばし掛けていた意識を引き戻される。


 いい加減本題に入れとミルフィー先輩が怒っている。


「わざわざ訪ねてきたんだから、説明しにきたんでしょ? 言い訳があるのよね? 貴族の、乙女の、お腹を! 殴る理由が! さあ? あたしを納得させてみなさい。できるものならね。罰はそれからよ」


 ああ、罰はあるんだな。


 しかし納得か。無理だろうなあ。


 何故なら。


「納得はされないでしょう。今日こちらに伺ったのは『詳しい説明ができない』とお伝えするためでございます」


 ミルフィー先輩の眉が吊り上がる。


「罰は如何様にも」


 膝をついて頭を下げた。


 ことここに至り何も言えないなどと言われて怒らない貴族様はいないだろう。いや、貴族に限らず、かな。しかし口を噤む約定なのだ。


 サンデドロは約定を守った。


 半分だけ。


 シュッシュから手を引いたのだ。それがまた噂に拍車を掛けることになったが、噂は噂。事実を広められるよりか、を選んだのだろう。もう一つの方は守られていない。これでお嬢様に頭を下げたのなら、噂を確信へと導くことになるので、わからないでもないが。


 まあ、ダメで元々という面もあった。


 しかし当初の予定は叶ったのだ、ここでこちらが約定を守らないことは義に反する。


 因みに、決闘で貴族様を殴ったことは罪に問われることはないらしい。早く言ってほしかった。これで勝者だからと罰せられたら、それこそ問題なんだそうだ。もう貴族が面倒で仕方ない。


 だからといって恨まれなくなるわけじゃないが。


 今後より一層気をつける必要があるってだけで。


 いつも通りだ。


 ミルフィー先輩のこと、以外は。


 室内の温度が下がりそうな視線で、ミルフィー先輩は従僕をい抜く。そこに評判の優しい先輩はおらず、純然たる貴族様がいた。


 奴隷に鞭を与える位階の方が。


「――――貴族である私を、平民である貴方が、殴りつけた。これに釈明は出来ない……と、そう言うのね?」


「はい」


 そう。決闘の外で、貴族様を害していた従僕には罰がある。


 私事です、とか言えない。


「マリスティアン様」


「なーに?」


 真剣なミルフィー先輩に、いつも通りのお嬢様。本は置いてください。


「この度の案件。責は誰にあるのでしょうか?」


 これはお嬢様を配慮してのお伺いだ。


 これにお嬢様の意図が絡んでいたのなら、事はよりややこしくなる。マリスティアン公爵家がミルフィー先輩を、ということになる。


 そうならないよう、従僕をここで切れと、ミルフィー先輩は言っているのだ。


 こいつの暴走ですよね? と。


 こいつ、ヤっちゃうけどいいよね? と。


 その通りである。


「わたしにあるわ」


「お嬢様」


 まさかわかってないんじゃ?


「従僕」


「はいお嬢様」


「『黙ってて』。そういう約束の筈よ?」


「お……」


 嬢様? 本物?


 クラリときた。


 苦節十年。まさかこの餓鬼に言葉の裏を突かれる日が来るなんて。


 手痛いしっぺ返しに従僕が呆然としている間に、お嬢様とミルフィー先輩で話が進んでいく。


「……よくお考えください。もう一度訊きます。私が、森で殴られ、気を失い、その間に」


「わたしにあるわ」


 お嬢様は最後まで聞かなかった。聞けって言って聞かれる方じゃないので。


 耳に痛い沈黙と胃に痛い圧力が場を満たす。


 数秒か数分、それが続いた。


 先に目を逸らしたのは――――ミルフィー先輩。


 目を閉じられて深々と息を吐き出された。


「『貸し』一つです。それで今回のことは収めます」


「ミルフィー先輩!」


「うぅ、わっ! だ、抱きつかなくても……表現が過剰ですよ」


「ダメかしら?」


「……はあ」


 お嬢様に抱きつかれ、ベッドに押し倒されたミルフィー先輩が押し返すように起き上がる。その視線はお嬢様に向けられるものとは違い、厳しく従僕を見ていた。


「あなたも、今回だけ、許すわ。勘違いしては駄目よ? あなたを許すのはマリスティアン様がいたからよ。主人を思うのなら、今後一層励みなさい。いいわね?」


「畏まりました」


 心に安堵が広がる。


 覚悟して訪れた次第だ。公爵家と違い、別の貴族家ともなれば罰は鞭では済まないのかもしれない、と。実際にそういう展開であった。


 そういうつもりの決闘だった。


 しかし悪運が強いのか、命を拾う結果になった。


 貴族様をぶん殴って無罪放免だ。


  しかもミルフィー先輩に至っては巻き込まれただけの貴族様だ。ただただ感謝しかない。


 せめてこの感謝の気持ちだけは伝えようと、従僕が口を開く……前にお嬢様が口を開いた。


 今日のお嬢様は冴えている。


 代わりにお礼を言ってくれるのかもしれない。


「大丈夫よ、ミルフィー先輩。罰はちゃんと与えておくから」


「…………え?」


 ああ、良かった。本物のお嬢様だ。


 力強く頷くお嬢様と、それを何を言っているのかわからないとばかりに見つめるミルフィリア様を見ながら、俺は罰が魔術を使ったものではないといいなあ、と祈っていた。


 話をしてもしなくても罰を受ける、もはやそういう運命にあるのだろうと、思いながら――――



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