従僕69
雷球の速度に目が慣れてきたのか軌道がはっきりと読める。しかしそれも三十発となると避けきるスペースがない。
サイドステップで正面から来た五発を躱す。二発がそのまま下へと着弾して地面を焦がす。残りの三発が弧を描きながら戻ってくる。
数瞬遅れて到達する雷球と合わせて今度は逃げ場がない。
拳を固く握りしめ、包囲の一部を突破するために幾つかの雷球を殴り落とす。できたスペースに身を踊らさせると、背後で追い付かんとした雷球同士がぶつかる。
……どうもコントロールに難があるようだ。魔力を練るのにも一瞬のもたつきがある。魔力が見える相手には無詠唱の利点も少なくなる気がするが? そういった相手にはどう対応するんだろうか。
サンデドロは魔術を放ったっきり動く気配がない。というか、魔術が当たるかどうかを待っているきらいまである。
先程の一帯を焼いた雷撃も、魔力を練るのがスムーズだったならば何発食らったかわからない。
つまり未熟なのだ。
魔術も、戦い方も。
しかしそれを推してなお突破が困難なのは一重にスキルのお蔭だろう。
汲んでも尽きぬ魔力の源泉を持つ故に。
いやズルいだろ。
「……なるほど。魔術に抵抗する装備は身につけているようだな。くだらん。死期が少しばかり延びるだけだ」
貴族様に生まれついて、希少と言われる雷属性の才能があって、更には過去の英雄が宿していた能力も持っている、と。
「それにしても下賎というのは……恥ずかしくないのか? 卑怯にも奇襲のような決闘を投げ掛け、己は準備を整えていたくせに逃げ惑うばかり。叶わんと分かったのなら、潔く散ってみたらどうだ?」
しかも時間も相手の味方だ。挑発よろしく喋ってはいるが、こうしている間にも相手の魔力は回復するのだから。
そう、回復だ。
サンデドロはその二つ名の通り、無限に湧き続く魔力に物を言わせて魔術を行使している。魔力の練る時間を考慮すると、それは間断なく放たれているように感じるのだ。
故に取れる選択は短期決戦。即効で勝負を決める必要がある。
長期戦は自殺行為だと。
なるほどわかる。
よし、持久戦に切り換えよう。
別に自殺志願な訳じゃない。毎日のように賜っていた栄誉は関係ない。あれはお嬢様のお蔭だから。
「減らず口も叩けなくなったか。今更後悔しても遅いがな」
再びサンデドロの周りに雷球が浮かぶ。十発。
回復が終わったようだ。
続く雷球が生まれる前に駆け出す。サンデドロの視界から外れ大きく円を描くようにその背後へと回る。
サンデドロは、そのスキルの特性上、癖なのか戦略なのかは知れないが、一度魔術を放つ毎に魔力の回復を待つ傾向にある。
常に余裕を持って戦おうとしている。
無詠唱の速射性や魔力の回復率に目を奪われがちになるが、あくまで回復は回復。消耗はしているのだ。
それを悟られないようにするためなのか、魔力が上限に達すると雷球を浮かべて待機させているが、コントロールは出来ていない。
もしかして、その魔力の総量は多くないんじゃないだろうか?
物は試しだ。魔力の回復率を超えるほど魔力を消耗させてみよう。
まずは接近だ。
距離を取られるのは、やはりマズい。相手に時間を与えてしまう。
近づくのは難しくない。簡単に背後に回れた。サンデドロはこちらを見失っている。浮いていた雷球が見当違いの方向へと飛んでいく。
踏み込んで殴る。
再び結界に阻まれるが、構わず殴り続ける。これの構成にも魔力を使っている筈だ。
結界に罅が入ったことに気付いたサンデドロが修復に魔力を使う。そして再び『雷の嵐』を発動する。
どうやら接近されたと知れば発動してくるらしい。
遠距離で雷球を雨と降らせ、接近してきた輩に嵐を食らわせるわけか。雷球は一秒毎に生産される。ダメージを考えるに、必勝のパターンだったんだろうな。
しかも雷属性。当たれば麻痺してしまい、そこが隙となり回復する時間となる。
だが来ると分かっていれば、ある程度は踏み留まることができる。我慢って凄い。
奴隷と戦ったことがなかった不運だ。
すかさずまた背後に回り結界を殴りつける。
「チョロチョロと!」
二回、三回と『雷の嵐』が続いたところで視界が明滅し出した。奥歯を噛んで耐える。四回、五回と続いたところで拳が上手く握れなくなってきた。唇を噛み破って耐える。六回目で一瞬意識が持っていかれる。それでも小指が変な方向へ曲がってしまった拳を結界へ叩きつける。七回目でサンデドロが焦りを見せた。体の奥の方で変な音が鳴った。八回目は注いだ魔力が大きかったのか、特に堪えた。
結界が割れた。
「こ、この下賎めが!」
初めてサンデドロが足を動かして距離を取った。
そんな速度が、と驚くような速さで飛びすさっていく。それも何らかの魔術なのか、サンデドロの足の辺りで紫電が舞っている。
しかし今まで使わなかったからには何か理由があるのだろう。それを出してきたということは、追い詰められているということだ。
仮説が当たった。
ここは逃がせない。
速いことは速いが、決して追い付けない速度ではない。それどころか、自分の体に目が追い付いていっていないように見える。身体能力を上げる魔術のようだが、反射神経は元のままなのだろう。
あと一歩だ!
と、しかし。
明滅していた視界は、上の方が暗く、空が雲に覆われたかのようだ。意識だけがサンデドロを追いかけて、体が動かない。立っているだけでも足がガクガクと悲鳴を上げている。
?
おかしいな……この前は、こんな状態でも動いたのに……。
距離を取ったサンデドロが肩で息をしている。
……! そうか。あの魔術は体力まで強化されるわけじゃないのか。
チャンスだ。
そう……チャンス。あ、と一撃……………………。
まるで伸ばせば掴めると言わんばかりに、フルフルと手が上がり、
――――焼け焦げた真っ黒な小指が落ちた。
……あれ?
咄嗟に左手で拾おうとして、体を支えきれず両膝をついてしまう。手をすり抜けた小指が地面へと落ちていく。
しまった。回復されてしまうぞ。十秒だ。いや、今なら、一秒だけなら、魔力はない。ここだ。これを待った。早く。立ち上がれ。いくんだ。一秒が。お嬢様の。あのくそ野郎に。……?
地面に転がったと思われた小指がない。
その質量をなくして崩れ去ってしまったからだ。
轟々と音を立てて耳の傍を風が薙いでいく。
荒く吐き出される息や、未だに焼ける草の音など、こんなにもうるさいというのに。
体の中は酷く静かだった。
……十秒……十秒……今……?
混濁し始める意識とは裏腹に、聞こえてきていた呼吸音は徐々に落ち着きを見せた。
「大した抵抗装備だな? 腐っても公爵家か……侮った。事前の準備無しに敵対するべきではないようだな」
サンデドロ。
そう、こいつが邪魔だ。こいつがお嬢様に…………。
サンデドロの魔力が今までにない高まりを見せる。
その体を覆う全ての魔力が練り上がっていく。
バチバチと帯電を始める空気に、急速に空を覆い始める雷雲が、これから行使される魔術の大きさを示している。
「まさか最大限に魔力を込めた雷の嵐で、その程度のダメージしかないとはな。ふん。装備だけはまともなようだが? それだけで貴族に勝てると思われては業腹だ」
渦を巻いていた風が上空へと吹き上がる。
茂みがザワザワとゆれる。
雷雲がとぐろを巻く。
「塵と消えよ」
練り上げられたサンデドロの魔力が上空へと伸びる。
茂みからお嬢様が飛び出してくる。
「じゅー、ぼくっ!」
…………はいお嬢様。
視界を埋め尽くす光が空から落ちてきた。




