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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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従僕68



 開始の合図と共にサンデドロが十発の雷球を顕現させる。小石を握ったまま最高速で右斜め前へと姿勢を低く駆け出す。


 一瞬にしてサンデドロの視界の外へ。


 最後の一歩で飛びすさり、体を左に開いて小石を撃ち出す。


 狙いに違わず、サンデドロの全身に目掛けて小石が飛ぶ。


 しかし着弾を前にして、サンデドロの体から雷が蛇のように伸びてきて小石を食らう。それはまさに一瞬。小石の速度を遥かに凌駕して、激しい炸裂音が遅れて聞こえてきた。


 ――確実に知覚範囲になかった筈だ。


 その証拠に、顕現した雷球はパリパリと音を出したまま滞空しサンデドロ自身は俺を見失って驚いている。


 決闘前の魔術はこれだろうか?


 あの緑色をした半透明な結界を展開される前にと思ったのだが……やはりそうそう上手くはいかないようだ。


 今ので魔術の効果を切れたと見るべきか……迂闊に突っ込んでいけば塵と化した小石の後を追うことになってしまう。


 着地の勢いのまま転がり、止まることなく駆け出す。


 雷球が更に十発増える。


 コールズマン伯爵様は言っていた。


『彼が『無限砲』などという大層な二つ名で呼ばれるのには、勿論理由がある。それは魔力の回復量に起因する』


 サンシタの理論で言えば、魔力の回復に掛かる時間は半日。それに間違いはないそうだ。


『魔力の自然回復には半日という時間が掛かる。それを短縮するには睡眠が必要なのだよ。睡眠時であれば回復に掛かる時間は半減する。薬や魔術や道具を使わずに、自力で回復量を上げる方法は他にない。――()()であれば、だがね』


 試しにもう一発、小石を飛ばす。


 先程と同じ結果を辿った小石に眉を潜める。魔術は切れていないようだ。ずっと効果が続くのだろうか?


『魔力自然回復量上昇(超)もしくは超回復(魔)と呼ばれる技能(スキル)がある。歴史にある大魔導師や神期時代を題材にしたお伽噺などに出てくるこの技能は、有名でね。魔力の回復量が上がるのだよ』


 だとしたらマズい。


『聞いたところによる魔力の回復量は――――一秒で一割になるそうだ』


 あの魔術をどうにかしなければ、なぶり殺しになってしまう。


『ふははははははははは! なので彼と長期戦をやるのは自殺行為なのだよ! ふはははは! 命拾いした! 危ないところであった! まあ、正確なところというのは本人にしか分からないのだろうがね。知っての通り、技能(スキル)の名称や効果は、持ちうる本人にしか分からない。だが、彼の場合は逸話がある。上級魔術を無詠唱で行使した後に、魔力の枯渇症状が出たにも拘わらず、十秒後に再び無詠唱で上級魔術を放ったらしい。本人もそれを否定せず延々と魔術を使い続ける様から、その二つ名『無限砲』と呼ばれるようになったのだよ』


 反則だろ。


 聞いていた情報だけに驚きはないが、実際に対峙すると始末に負えない。時間と共に増える雷球から、確かにその魔力は無限なのかと勘違いしてしまいそうだ。


 再び十発、計三十発に雷球が増える。


 何故十発なのかというと、それが一秒に回復できる量なのだろう。


 常に上限の魔力を保ちつつ、余剰分を雷球に回しているようだ。


 そちらが『超回復(魔)』なら、こちらも奴隷技能を使わせて貰おう。


 魔弾による追尾を嫌って視界の外に外に逃げていたが、どうやらこちらを捉えられないと判断したのか、溜めた雷球を放ってきた。


 全方向に。


 両手を握り締める。


 この魔術の破壊力は知っている。問題ない。問題なく痛いだけだ。


 こちらも技能を使うと決めたところ。


 お見せしよう。


 その進路を直角に変更して向かってくる雷球へと飛び込む。その属性のせいか、他の魔弾と比べると雷系統は速度も威力も一歩先をいっていると思う。


 故に奴隷技能との相性がいい。


 着弾前の雷球を拳で打ち落とす。破裂した雷球が(いかずち)を撒き散らし衝撃に速度を殺される。拳の皮膚を焦がし体の深奥へと電流が走る。すかさず技能を発動した。


 『我慢』だ。


 お嬢様に文字通り叩き上げられた技能が硬直する体を叱咤して足を前へと走らせる。伊達に十年と鍛えられていない。泣きそうなのは痛いからだ。


 舞い上がる土埃を突き破って加速する。


 しかし足を止めたせいか、サンデドロがこちらを見つけた。


 いいや、もう遅い。


 再び全速力に乗った体を勢いのままに突っ込ませる。


 ガン、と。


 鈍く、しかし大きな衝突音と共に目の奥で火花が散る。一瞬だけ視界が暗くなる。それは覚悟していた雷撃ではない。もちろん、目論見通りにぶつかれた訳でもない。


 明滅した視界に飛び込んできたのは、半透明な緑色の壁だ。


 ほんとに魔術師って奴は。


 ニヤニヤとした笑いを浮かべるサンデドロ目掛けて拳を振るう。ムカつく。腹に響く重い音と共に拳が阻まれるが、お構い無しに殴り続ける。


 何発目かで、ようやく罅のようなものが生まれたが、時間を掛け過ぎた。


 潰れた鼻先へと杖が向けられる。


 練られた魔力から放たれる魔術を推測する。


 魔弾ではなさそうだ。


「『雷の嵐』」


「がっ?!」


 直後に走った衝撃は、二月ほど前に体を焼かれた時に匹敵するものだった。


 サンデドロを中心として円上に無数の雷が走った。


 範囲内に捉えた草は巻き上げられて炭と化し地肌が見えた土面は黒く焼け焦げた。


 それは当然ながら俺にも襲いかかってきた。


 膨張した血管が破裂して赤い霧を吹き出し、焼けた空気が肺を焦がす。電流を浴びた筋肉が痙攣を促され、本人の意図しない方へと暴れ出す。


 我慢だ。


 無理矢理に歯を喰いしばり、抜けかけた力を逃がさないようにと再び拳を強く握る。


 もう一発……。


 罅の入った結界はあと少しで崩れそうに見える。大丈夫。お嬢様はどうだ? もっと酷いじゃないか。ならやれる。ここを越えさえすれば……。


 と、結界の罅が巻き戻るように塞がっていく。


 修復できるのか?!


 突き出しかけた拳を胸の内で回しバックステップを踏む。全力で後方へと飛びすさる。


 有効範囲から抜け出た直後に、再び『雷の嵐』が吹き荒れる。発動に一瞬の溜めが必要なのか、魔力を練り上げるのに時間が掛かることが幸いした。


 ……いや、そうなのか?


 コールズマン伯爵様の魔術と、サンデドロの魔術の発動速度は違う……。


 それは魔力の動きからして明らかだ。


 しかしそれが分かったとして、相手の防御を突破しないことには勝ち目がない。あの緑の次に雷蛇が待ち受けていることを考えると帰りたくなってくる。


 開始から十秒ほどの攻防だが、打つ手がなくなってしまった。


 奴隷技能『謝罪』の出番だろうか?


 なにせ焼け焦げた地面の中心に立つサンデドロは一歩も動いていないというのだから。


 こうして息を整えている間にもサンデドロの魔力は回復していっているというのだから。


 ほぼ最初の位置に戻ってきているというのに、片方はボロボロで、もう片方はお変わりないというのだから。


 やっぱり反則だろ、それ。


「どうした? もう休憩か?」


「ああ、すいません。考えごとをしているので黙ってて頂けますか?」


 余裕を見せるサンデドロに微笑み返す。


 サンデドロの眉間にシワが寄る。攻撃の合図だな。


「……なに、遠慮することなどない。ゆっくりと休むといい」


 今度は一度に三十発の雷球が顕現した。


「永遠に」


 言葉尻と共に雷球が放たれた。射線から逃れるように横へとステップを踏む。


 先程と違い、従僕の動きに沿って雷球が軌道を変える。追尾型のようだ。


 小石の残弾は無くなり、体は痛い。服も度重なる直撃に少し焦げてきている。攻撃は効かず防御を抜く方法も思いつかない。時間は相手の味方で、地形も良くない。


 どうしよう、これ?



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