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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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従僕67



 目的の人物は森にポッカリと空いた草原にいた。


 そこは、従僕に不利で伯爵に有利な立地だろう。


 森の中なら遮蔽物に困ることはないというのに……。この話に乗ってきた時点で少しは味方をしてくれるかもと思っていたのだが、帝国は帝国ということだろうか。


 まあ、構わんけど。


 今の気持ちを損ないたくなかったので、勢いのまま森から飛び出した。


 激しく地面を叩く音と共に着地。陥没させた土が足の前で盛り上がる。膝は曲げず、腕で衝撃を殺してミルフィー様に被害が及ばないようにする。


「それは予想外だったな」


 声を上げたのは、帝国の第四王子。


 カーマイン・フォン・ドマネスク。


 お嬢様と同じクラスの白髪癖毛は、驚いたというよりは面白いと言わんばかりの片頬を軽く持ち上げる笑みを見せた。


 今回の協力者だ。


 これにサンデドロは訝しげな表情で、しかし杖を抜いている。そしてこちらが飛び出した時点で、肌が焼けた紫髪灰眼の近衛が従僕が来た方向とは逆の方向から王子の下へと走り寄っていた。


「……殿下?」


 臣下というには冷たい声でサンデドロが王子に声をかける。


 それも仕方ないことだろう。


 サンデドロ伯爵は第二王子派と言われる、帝国の別派閥の幹部なのだから。


 体面上は頭を下げる立場にあるが、その忠誠は別の王子へと向けられているらしい。


 今回の指導も、なんらかの弱みを見つける、もしくは貸しを作れないかと思案してのものだろう。


 帝国貴族は派閥に帝国貴族しか入れないのではなく、身内で固めて継承問題に関する情報が漏れないようにしているそうだ。実際には他国の貴族で協力している者もいるかもしれないが、それと分かるように接触はしていないとか。


 翻訳と引き換えに聞いた情報が、まさかこんなところで活きてくるとは思わなかった。


 ならば決闘のセッティングに協力しては貰えないかとダメ元で頼み込んだのが先日。


 了承を貰えたことに驚いた。


 確かに俺が勝ってサンデドロが潰せるのなら、これはカーマイン王子にとって大きなことだろう。立ち会い人を引き受けたことで借りを作ることにもなる。


 しかしそれは勝てばの話である。


 負ければ第二王子派から睨まれ、俺は死ぬだろう。借りもくそもない。


 それを言ったのなら、勝ったとしてもやはり俺に待ち受けるのは死なのだが。


 今と同じような笑みを浮かべて、カーマイン王子は決闘の立ち会い人となることを了承した。


 サンデドロの視線の質が変わったことに気づいている筈の王子は、しかし気にすることなく顎をしゃくって近衛を促す。


「なに、あちらの近衛がお前との決闘を所望だったのでな。立ち会いを了承しただけだ」


 促された紫髪の近衛がこちらに近づいてくる。今日は鎧を着込み大剣を背負ったフル装備のようだ。かなりの重量に思えるのだが、先程の風のような動きからも重さを感じない。


 差し出された手から、どうやらミルフィー様を預かると言っているだろう。


「無事に」


「請け負おう」


 深く響く声だ。


 ミルフィー様を受け渡して、半ば埋まってしまった足を抜く。


「……決闘? バカな。このような下賎と杖を交えろと言われるのですか?」


「そうだ」


「……何を考えているのだ? 結果は見えている。私を侮辱する気か?」


 もはや言葉を飾ることすらしなくなったサンデドロが忌々しげに王子を見つめる。


 そうだ。


 粛清と違い、決闘は互いの誇りをかける。


 つまり対等であると認めることになるため、サンデドロのような貴族は、貴族同士ならともかく平民との決闘は避ける傾向にある。


 しかしこれに王族が立ち会い人となるのならば別だ。


 王族が決闘を認めている。それに異を唱えるには余程の理由がいるのだ。


 正面から決闘を申し込んでも断られる可能性があった。その時は気の狂った近衛を伯爵が成敗、もしくは独断で伯爵を害した近衛を処刑というストーリーになったのだろう。それでも良かったが。


 王子はサンデドロの問いには答えず、手振りだけでミルフィー様を抱えた近衛を森と草原の境まで下げさせた。これにサンデドロの顔が憎悪に染まる。


 どうもサンデドロはこの決闘が王子の策略か何かだと思っているようだ。


 無理もない。


 しかしそれは良くない。


 変な方向に争いを持っていかれても困る。


 従僕にはチャンスが今しかないのだから。


 今にも王子に対して魔術を放ちそうなサンデドロの注目をこちらに向けなければ。


「おいサンデドロ」


 俺の呼び掛けに、王子とサンデドロが何か不思議なものを見るような目を向けてくる。それは意表をつかれたという表情で、呆気にとられたと言わんばかりに。


「王子には敬語を使え」


 常識だぞ?


 俺の言葉にサンデドロの表情がゆっくりと引いていった。やがて能面のようになったサンデドロとは対称的に、王子は顔を伏せて笑いを堪えている。


「くっくっくっ……ふ、ふははははははははは!」


 堪えてなかった。


 これにサンデドロの目元や口元が痙攣したようにピクリピクリと動く。白皙の美貌に青白い血管が浮かぶ。杖を握っている手が力を入れ過ぎて白くなってきた。


「――ははははは! っはあー……。これを聞けただけで価値があった。一応訊いておこう。やめるか?」


「ご冗談を」


「……私にそんな口を利いたのだ。どちらにしろ死は免れんと思え」


「そうか。残念だ――――両者、離れろ」


 ガラリと口調を変えた王子に従ってお互いに距離をとる。五十歩程の間を空けて対峙する。


 全力で動いても距離を詰めるのに二秒は掛かる。


 しかも何らかの魔術が使用された。練り上げられた魔力が解放されていくのが見える。


 こちらを害していないが、まだ開始の合図が出る前だ。


 確認の意味合いで王子に目を向けるも、そこに非難の色はない。どうやらこれは貴族の決闘に於いて当たり前の行為のようだ。


 なるほど。魔術師が有利に出来ている。


 再び魔力を練り上げるサンデドロを、王子は真剣な目で見つめている。


 ふと過った考えに、もしや自身は当て石なのかもしれないと思った。


 カーマイン王子にとって第二王子派の幹部は、いずれは敵対する可能性がある貴族だ。今のうちに性格を見るにしろ手の内を探るにしろ、他国の近衛など体のいい当て石だろう。


 フル装備で来ていた近衛にも違和感があった。


 王子は従僕と違うストーリーを描いているのかもしれない。


 関係ないな。


 やることは決まっているのだ。


 王子が右手を上げた。


「名乗りを」


「ドマネスク帝国伯爵、カノーヴァ・エジャナ・フォン・サンデドロ」


 それを受けてサンデドロが杖を逆手に持ち、その拳を胸に当てる。


「ジーク」


 俺も左手をポケットに突っ込んで小石を握った。


「ちっ。……猿どもが」


 忌々しそうに呟くサンデドロが杖を回して順手に持ちかえる。


 それを待って、王子が手を振り下ろした。


「始めろ」


 俺はポケットから左手を抜いた。



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