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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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従僕65



 最後かもしれない朝がやってきた。


「……」


 意外と平気なのは、この首がいつとれるとも知れない生活を送ってきたからか。


 つまりはくそ餓鬼のおかげ、とか本当にやめてほしい。むしろくそ餓鬼のせいと言われた方がしっくりくる。


 今一度冷静に考えてみよう。


 上手いこと段取りをつけたので、予定通りにやる。もはや撤回の効かない段階だ。やっぱりやめたなんて言えない。確実に死ぬ。


 その理由というのが、なんかモヤモヤするからというもの。


 大丈夫だろうか、俺……。


 アレンが言うには、俺はムカついているそうだ。


 サンデドロに。


 お嬢様にも。


 ……これは的をハズしているとも思ったが……思い当たることがなくもない。


 特にくそ餓鬼については昔から思っていたし。


 しかしサンデドロについては……別に? といったところ。


 貴族様が理不尽なのは今に始まったことではなく、当たり前なことだ。幼い頃に理解した、この世の(ことわり)というやつだ。雷撃を食らわされたとしても、それが貴族様なら文句も出ないと思っていたんだが。


 ……ムカついている? 俺が? 本当に?


 そこが疑問だったのだが……アレンに、サンデドロの方をぶちのめせばスッキリすると言われて、その言葉がいやにストンと胸の内に落ちた。


 そう。他意はない。他意はないのだが……。


 びしょ濡れになったお嬢様と、何が楽しいのか笑い声を上げるサンデドロを思うと……。



 ああ、やっぱりモヤモヤする。



 この気持ちを抱いて生きる、それはとてつもないストレスな気がする。


 どんなキツい仕事よりも、どんな理不尽な命令よりも。


『ぶちのめせ』


 簡潔な回答を与えてくれた英雄に笑みが零れそうになる。最後かもしれないというのに何を考えているのか……。愚かだなあ、俺。いやいや、割と昔からこうだった気もする。


 まあ、構うことない。鞭みたいなもんだ。


 痛みは一瞬で、次がないだけの。


 残った迷いを吐き出してベッドから起き上がる。カーテンを引くとガラス窓の向こうの空はまだ暗かったが、雲は見えなかった。


 決闘びよりだ。















 お嬢様との接触を極力減らした今日。


 無事に昼の休憩を挟んで実習の時間となった。


 割と緊張する。


 お嬢様は学園の中では人の皮を被っているので大人しい。まるで貴族のご令嬢のようです。


 おかげで授業中に昼の休憩と、近衛の仕事を全うできた。


 むっつりとした表情で後ろをついていく、を。


 これが貴族様間でのパワーバランスに繋がるというのだから貴族様ってのはわからない。


 実習の授業は、最初に整列から始まる。


 きちんと整列した二クラスの中に、目当ての人物を見つける。ちゃんと出席するようだ。よしよし。


 出席の確認が終わると、それぞれのペアになって森へと向かう。これは狩場が重ならないようにするために、先生によって振り分けられている。


 お嬢様の授業の時間割を管理する従僕として、実習の行われる場所は事前に知っていた。


 この実習が行われる前から。


 なので計画は立て易かった。


 実習に向かわれるお嬢様とミルフィー様。


 これに於ける近衛の立ち位置というのが、ある程度離れてついていくというもの。これは俺だけでなく、他の近衛もそうだ。


 出現する魔物、もしくは動物に、例え卵であろうと魔術師が苦戦するレベルのものは出ないと言われている。そのための間引きも学園の管理で行われているとか。その上で上級生も同行しているのだ。これに危ないとは言いづらい。


 しかし近衛としては、主人の安全を確認できる位置にいたい。これに学園側が出した答えは、邪魔しない程度の距離を空けてついていけ、というもの。


 近衛が代わりに魔物を倒さないよう設けたルールだった筈だが、この学園では貴族様の意見の方が強い。


 つまり自己申告の黙認状態のようなものなのだろう。


 ガバガバに見えるルールだが、貴族様は誇りを掛けているから大丈夫とのこと。


 いやガバガバだろ。


 おかげで平民は容易く隙を突かせて貰えます。


 ちなみにお嬢様たちを追いかける近衛は俺一人だ。


 ミルフィー様は男爵家なので、ということもあるが四年生になると近衛を外す生徒も多い。


 なんでも数多ある魔術学園の卒業課程、その期間を通常は三年ほどで終えるそうだ。しかしトライデントは六年の期間を設けている。


 これが実は三年間の二期制であるらしく、最初の三年を終えれば通常の卒業資格を貰える。そこからは家の都合などもあるが、本人の希望により在学か卒業かを選べるとのこと。


 そして在学を選んだ生徒は、十二歳から通う当校に於いて三年の月日を過ごしているので当然、成人している。そして通常であれば一人前の魔術師の資格を有していることからも『一杖』と呼ばれるようになる。


 これにより近衛をつけたまま残る生徒は『殻付き』『枝付き』などと呼ばれて揶揄されるため、一部の王族なんかを除けた殆どの生徒が近衛を外すそうだ。


 そう。サンデドロに近衛はいないのだ。


 講師が確認を取りながら生徒を門の外へと出している。その流れに乗って俺も学園の外へと出る。公道から来る荷を積んだ馬車を避けながら、生徒がそれぞれ指定された森へ入っていく。そこには興奮と期待が満ちている。


 それは男子生徒に、より顕著に表れている。


 俺の主人はというと、どちらかと言えばミルフィー様との会話を楽しんでいるようで。森歩きもお手の物だ。


 まずは獲物を探さねばいけないのだが、間引きによりそこが最も困難なようで、お嬢様とミルフィー様は魔力を練り上げながらも魔術を放てずにいた。


 暫く歩くと、ようやく茂みが揺れるのを確認し、両者ともに杖を構える。ミルフィー先輩に至っては周囲も確認している。


 しかしお嬢様にとってはハズレだろう。


 最近会ったばかりの気配を感じた俺は、ゆっくりとお嬢様たちに近づく。


「……あれ、テナシ?」


「……アレンです」


「……知ってる奴なの?」


 茂みからは両手を上げた英雄が出てきた。


 お嬢様、倒せば大金星ですよ。


 知り合いと分かっても警戒も緩めないミルフィー様。流石だ。サンデドロ相手に啖呵を切っていただけある。優秀なのだろう。


 故に邪魔だ。


 ここは予定通り排除させて貰おう。


「ミルフィー様」


「なに?」


「少しお話が……」


 マズイと言わんばかりにチラリとアレンに視線を飛ばし、内緒話の呈でお嬢様との距離を空ける。表情に動作で、空気を読んでくれることを期待する。


 都合のいいことにお嬢様は両手を上げたアレンを杖でつついている。楽しそうだ。


 これにミルフィー様は何か事情があるのだと勘違い。大人しく従僕についてくる。よし。といってもそこまでの距離ではない。互いに互いが確認できる程の近さだ。


 だから油断したのだろう。


「実は……」


「なあ、アッ?!」


 振り向き様に拳を腹部に叩き込んだ。衝撃が体を突き抜けたことだろう。ミルフィー様の体が死角となっていて向こうからは確認できない位置だ。


 ガクガクと足を震わせながらもミルフィー様は必死で掴みかかってきたが、それ以上意識を繋ぎ止めていられなかったのだろう。最後の抵抗とばかりにキツく睨みつけてきた。


 それに従僕は申し訳なさそうな顔を返す。


「少々眠っていて貰いたいのです」


「さい…………て……」


 ガックリと力の抜けた体を優しく抱き止める。


 もしかして最低と言おうとしたのだろうか?


 その通りだな。


 奴隷ってそういうもんだ。


 アレンが来て、ミルフィー様を眠らせて、これで……。


 計画の第一段階は終了した。



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