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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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従僕64



 お嬢様の受ける授業の割当てを、俺は知っている。


 実際に割当て表を見たわけではないのだが、受けられる授業のローテーションは単純で、常にお嬢様に張り付いていたので看破は難しくなかった。


 協力も、俺が思っているよりは簡単に得られた。


 どう考えても貴族様との決闘なんて厄介事でしかないのに、割とあっさりと頷いてくれたアレンもそうだが……説得が難航すると思っていた貴族様の方も、問題なく協力してくれるそうだ。


 ……ダメ元で頼んだので、少し拍子抜けする程にスムーズだ。


 決闘を行うまでの道のりより、決闘そのものの方が大変だと思うので、手間取らなくて良かったとも思えるが……。


 予想を越えて問題だったのは、お嬢様だ。


 予想通りだ。


「じいいい」


 私は従僕にございます。


 休日を終えて、腹の決まった従僕は毎日をいつも通りに過ごした。


 ……と、思うのだが。


 どうやらお嬢様から見れば違和感があるらしく、最初は「どうしたの?」「なーに?」などと声を掛けていたのだが、従僕がこれに「何がでしょう?」「はいお嬢様?」と惚けて答えたことで、話すつもりがないと悟ったのか視線で圧力をかける方向へと舵を取った。


 わざわざ見ていることを口で伝えてくる。


 難儀な貴族様だな。そんなことしなくても、命令すればいいものを。


 遠慮なく嘘を吐き出すというのに。


 こちらを見つめてくるお嬢様に、いつもの一割増しで笑顔を返す。


「……じゅーぼくって、ウソつきよね」


「左様でございますか」


「わたし、主人なのよ?」


「承知しております」


「……さぎし」


「似たようなものかと」


 お嬢様の頬が膨れるのに一役を買う従僕を、メイドの二人は放置していた。


 ベレッタさんの対応は、前にも増して冷たいものとなった。従僕が誓いを上げて報告していた内容に嘘はなかったが、上手いこと躱されていたことに気づいたためだろう。空気のように扱うことにしたのか、無視を貫いている。リアディスさんも、それに引っ張られるように、従僕に接触してこなかった。


 好都合だ。


 そうなると、やはり面倒なのがお嬢様で。


 どうにかして従僕の口を割らんとしてくるのだが、基本はバカな餓鬼なので途中から目的を忘れることもしばしばあった。


「このゲームで負けた方は自分のヒミツを一つ話すの!」


「畏まりました」


「むう」


「私の勝ちにございます」


「えと、ヒミツ……あれ? わたし、ヒミツ、ない……」


「左様でございますか」


 ならベレッタさんに内緒で行ったこのゲームを秘密にしようと言うと、お嬢様は大層お喜びになられ、幸せそうに眠りにつかれた。


「ジークは、ウソをつかなくなるまで食事抜き!」


「畏まりました」


「なんで食事してるのよ!」


「お嬢様、従僕の部屋などに入ってはいけません」


「な・ん・で!」


「お嬢様、従僕は今日、ウソをついておりません」


「……そうね。ほんとだわ!」


「本当にございます」


 流石のメイド二人も、お嬢様が従僕の部屋に長々と滞在することを許す筈がなく、会話はここまでとなった。予想通り。この部屋の空気を吸うのも忌々しいと感じているように眉間にシワを寄せたベレッタさんと違って、リアディスさんはチラリチラリと興味深げにあちらこちらへと視線を飛ばしていたが、まあ概ね問題ない。


「従僕、この荷を持ち上げてあげて。できなければ、罰として胸の内を開かすことを命じるわ」


「はいお嬢様」


 よっこらせ。


「ありがとうございますマリスティアン様! 馬車の車輪が壊れるなんて初めてで……。あ、あの! お礼と言ってはなんですが、今からお茶会があるので、ご一緒しませんか? マリスティアン様が普段飲むものには劣ると思われるのですが……め! 珍しいものもあるので!」


「……珍しいの?」


「は、はい! ね、値段はそこまでにないというか、木っ端貴族の私たちじゃというか、で、でも! 帝国から回ってきた品で、和国産の赤くない紅茶なんですけど……」


「すごい。行くわ」


「あ、ありがとうございます!」


「なんであなたがお礼を言うの? わたしが言うのが本当よ? ありがとう」


「そ、そんな?! わ、わわわたしなんかがが……」


「……じゅーぼく、どうしよう。倒れちゃったわ」


「倒れましたね」


 段々と顔の赤さが増していたので、仕方ないことかと。


 帰り道。馬車の窓からどこかに無理難題はないかと眉をしかめていたお嬢様が、知り合いの同級生である貴族様を発見。山と荷物を積載した馬車の後輪が壊れ、しかも残った後輪もぬかるみにハマり困っていたとか。そこで天使の笑顔(わるいかお)をされたお嬢様が助けを請け負い従僕に振ったために起きた不幸だ。もうお前笑うんじゃねえぞ。


 お嬢様と子爵家のご令嬢だという貴族様は、お嬢様の馬車に乗って寮へ向かい、俺の方は荷物が積載された馬車の後輪を持ち上げたまま歩いて新しい馬車と交換しに学園の方へと戻った。


「もう! じゅーぼくが本当のこと言うまで、お話聞いてあげないから!」


「左様でございますか。それでは本日はこれにて失礼致します」


「え、お話は?」


 ああ、こいつバカなんだな。


「申し訳ございません。失念しておりました」


 お嬢様がバカということを。


「ちゃんとして、ちゃんとよ?」


「畏まりました」


 久しぶりに怖い話をしてやった。


「ジリジリと汗を流すナーク。その背に感じた視線の正体を見破らんと振り向きます」


「ああ……ダメ、ダメ……。ちがう、ダメ。……じゅーぼく、ダメ、こあい……」


 ふむ。


「しかし振り返った先には誰もおらず、耳に痛い沈黙と見通せない闇があるばかり……」


「……じゅーぼく、聞いてる?」


「慎重に息を吐き出したナーク。ふと光源に照らされた己の影が目に入ります。影は一つ……」


「じゅ、じゅーぼく!」


「二ぁああああつ!」


「いやあああああああああ?!!」


「お、お嬢様?!」


 乱入してきたメイドにお叱りを受けて、久しぶりの栄誉を賜る運びとなった。厳しく問い詰めてくるベレッタさんに理由を聞かれたので、これにお嬢様に忠実な従僕は正直に「ちゃんとせよ、との仰せだったので」と答えた。お嬢様の回数を増やす発言もこの後だ。真面目にお勤めをする従僕を労ってのものだろう。はは、よせやい。


 ちなみに面従な従僕は栄誉部屋で夜を明かし、お嬢様は初めてメイドの二人と一緒に寝たそうだ。


 いなくなってしまうかもしれない奴隷より、長く付き合うことになるであろうメイド様方との仲が深まって良かった。


 ……そいつの面倒は、本当に面倒ですけど、よろしくお願いします。


 そんなやりとりを続け、従僕の休み明けから四日が経った。


 休日の前日。週末。最後の受講日。


 つまり、魔術の実習がある日となった。



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