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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
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従僕8



 古顔の奴隷がいなくなりつつも、奴隷の総数は変わらない。


 新しく入ってくるからだ。


 ジュレールとミドとククレさんが涙ながらに抜けた去年。頻りに俺にお礼を言って去っていった元奴隷達。何故あんなにお礼を言われたのかは分からないが、そんなことより俺は心配だった。なんせジュレールもミドも体力がないのだ。外でやっていけるのだろうか?


 代わりに入ってきた農家のペレとテナーと狩人のジョシュアはあんなに体力があるのに。全員が若い男だから当然か。


 それに体力があることが良いことばかりとは限らない。


「なんだお前!」


「るさいんじゃボケカス!」


 有り余ってるからケンカが始まるんだろうし。


 最近入ってきた冒険者だったというアレンは、ここの環境に馴染めないのかよくケンカをする。今日の相手はジョシュアだ。


 別に今回が特別というわけじゃなく、こういうケンカはそこそこ起きる。いつもは奴隷頭の命令でタタルクが仲裁を務めていた。冒険者が生業だった奴隷が途切れないのは仲裁に当てる為らしい。


 ただ今回はその冒険者がよく騒ぎを起こすので……。


「おい」


「はい」


 仲裁役は俺が務めるようになった。


 今は馬の手入れの為に厩舎で掃除をする時間だ。奴隷頭が馬を草原に運動させに行き、その間に中を綺麗にして寝藁を変えてと忙しい、筈なのに……。


 取っ組み合いを始めた二人から馬が離れるので、宥めさせてこちらに纏めた。馬の手綱を束ねていた奴隷頭が視線で行けというので、俺が二人の仲裁に近づく。


 結構、怒っているようだ。


 アレンとジョシュアじゃない。


 奴隷頭がだ。


 なんせ馬だ。馬が怪我でもしようものなら旦那様の勘気に触れる。それは奴隷としてあるまじき行いだ。首の一つや二つじゃすまない。この二人は正気なんだろうか?


 アレンの方は、なんでも罠にハメられて奴隷にされたと喚いていて、ここは俺のいる場所じゃないとよく主張している。それでも奴隷紋を宿しているのだから、どうにもならないのは本人もよく分かっているだろうに。


 相手をしているジョシュアは、どうも人をからかう癖のようなものがあり、これがよく暴発するアレンとの相性が最悪だ。できれば仕事の役割を離しておきたいのだが、厩舎の掃除や不浄の処理なんて仕事は鬱憤が溜まりやすいので持ち回りだ。あいつらがケンカしそうだからと順番を飛ばしたら、それこそ他の奴隷の不満が溜まる。


 念の為にと俺も組み込まれたが、まさか本当に馬の近くで暴れだすとは。


 躊躇わず拳を振り下ろすアレンに、何を考えているのか腕を極めようとするジョシュア。お前ら明日からの仕事はどうするんだ。


 面倒だな。


「おい」


「「ああ?!」」


 二人が注意を逸らした一瞬の隙をついて、両者の顔面に七発ほど拳を入れる。後でゴネられても面倒なので、均等に。


 タタルクが言うには、人間は脳を揺らされると立っていられなくなり場合によっては気絶するらしいのでやってみた。でも魔物には効かないらしいので、あくまで格下の対人用だ。


 ジョシュアはまだ狩人なので分かるのだが、アレンは本当に冒険者なんだろうか? タタルクと余りに違う気がする。


 グッタリと意識を失った二人を重ねて持ち上げる。食堂に転がしておこう。ついでに水も汲んでこようと大瓶も、もう片方の手で持ち上げた。


「なっ?!」


 ん?


 振り向くと、お屋敷の前門へ向かう道の方に、見知らぬ誰かが立っている。


 その身形の良さと、帯剣しているところを見るに騎士だろうか。


 頭を深く下げて挨拶をしておく。幸いにも距離があるので失礼にはあたらないだろう。そもそもなんでこんな所にと疑問が湧いたが、馬を見に来たんだろうと直ぐに納得した。


 挨拶を終えると足早にその場を去った。なんせこの二人の仕事の穴埋めもしなきゃいけない。まあいないならいないで構わない。よくミドの代わりにやってたし。


 食堂で野菜の皮剥きをやっていた女奴隷に二人を転がしていく旨を伝え、代わりというかついでというか食堂の大瓶の水汲みもこなし厩舎に戻ると掃除を再開した。さっきの騎士はいなかった。


 やはり一人の方が仕事は楽だな。なんで何人も割り当てるんだろうか?


 一通りの体力仕事を終えると、庭の隅へ。最近はお嬢様の休憩時間として割り当てられる俺の自由時間。しかし減らない鞭の数。最近は「わたしも打ってみたいわ」なんて言い出すものだから、それに怒った旦那様が更に俺の鞭の回数を増やすという悪循環。俺、関係ねぇだろ。


 あと、お嬢様。期待を宿した目で鞭を持ってこないでください。そりゃ逃げます。そこで打たれようと打たれまいと後々に鞭を頂くのなら、そりゃ逃げます。


 俺には過分な栄誉です。


 お嬢様は昔っから追っかけっこがお好きで。奴隷はその度に泣いて喜ぶしかないのですからええ。


 あの時の鞭の回数は酷かった。次の日の朝、奴隷という奴隷が不思議そうに俺を見ていたな。そんなに打ち首じゃないのが不思議だったのか。


 そんな最近はドキドキするようになった庭の隅へ。サドメが事ある事に語っていたので、これが恋かと聞いてみたら、渋い表情で否定されたなぁ。じゃあこれはなんなんだろうか。お嬢様を見ると最近お腹が痛くなるんだけど。


 お嬢様がまだいらっしゃられないので、ジュレールに教えて貰った文字とサンシタに教えて貰った魔術言語を地面に書いて復習だ。まだ魔術は使えない。ああ、確かに得はしないなサンシタ。


 しばらくガリガリと地面に文字を書き綴っていると、茂みがガサゴソと揺れだした。


 お嬢様だ。


 もう四つん這いでないと抜けられない茂みのトンネルから顔を出したお嬢様が、ふうっと息を吐き出して立ち上がる。


「ごきげんよう、従僕」


「はいお嬢様」


 服についた葉っぱを取り除く。今日の装いは薄い水色のワンピースドレスに白いリボンを髪につけている。もう髪型を変える気はないのか、巻き巻きにした髪を左右に垂らしたいつもの髪型だ。


「そろそろ寒くなってきましたので、お召し物は厚くしませんと、お風邪を召されてしまいますよ」


「なーに? ケーラみたいなこと言うのね」


 それはもう。その風邪で俺の首が飛ぶかと思ったら。


 できれば外に出ないという選択でもいいと思います。


「心配?」


「ええ、心配です」


 何が面白いのか、お嬢様はクスクスと笑う。


「そう、そんなに心配なの」


「心が張り裂けそうです」


 ああ、俺の首、俺の首、繋がっていて。


「ねえ従僕」


「はいお嬢様」


「わたし、来年になったら王都へ行くの」


「おめでとうございます」


「そうかしら? めでたいかしら?」


 なんかこういう会話をいつぞやも交わした気がするな。いつだったかな。


「王都は危険がいっぱいらしいわ。道中は賊もわんさか、学校では悪い虫が飛び回っているそうよ」


 旦那様情報かな。


「お父様はそんなところにわたしを行かせたくないって、お母様に抗議してるわ。心配してるのね。従僕もわたしが心配?」


「勿論でございます」


 どうか、どうか何卒奥様が折れませんように……! ああ、鞭に打たれない生活がそこまで迫っているというのに旦那様このやろう。


「心配でどうにかなりそうです」


「そう。まあ、当然よね。なら問題ないわね」


 何が?


 お嬢様がニマーっと笑う。昔から変なイタズラを覚えて、それをする際にはこんな風に笑うのだ。鞭を打ちたい然り。奴隷小屋襲撃然り。


 自ずと汗を掻く。なんせ鞭の回数が飛び抜けるのは、いつもお嬢様がこの笑顔を浮かべた時なのだから。


「あなたも一緒に王都に連れてってあげる。喜びなさい」


「それは無理でございます」


 お嬢様の(まなじり)がつり上がった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ~ああ、俺の首、俺の首、繋がっていて。 何という切ない詩であろうか。 [一言] 毎回毎回じゅ……じゅーぼくーーーー!!! と叫びたくなる。
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