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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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アレン10



 ……なんでこうなったんだ。


「あ、あたしシズンの薬茶でお願いします」


「ラキ。なんでテメーはこういう時に、酒を飲まん? しかも薬茶か? なーにが美味いんか、あんなんの」


「えー、美味しいですよ。あたしも宿ならお酒でもいいんですけど。ほら、ギルドで酔っぱらうとか? 危ないじゃないですか」


「ハッ」


「ぶっ飛ばしますよ」


 そして始まるいつもの争いに、瞼を揉んだ。


 そう、いつものだ。


 もう止めたりしない程度には慣れた。無駄なのだから。


 あのオークメイジから助けられた時から幾日かが経った。それからずっと一緒にやっている訳もなく、感謝の言葉と共に獲物を譲りギルドで別れた。


 しかし翌日。俺が利用している狩場でこいつらに再び遭遇した。


 その実力を思えば可笑しな話だ。


 ハーフドワーフだというタタルクという冒険者の方は、どう低く見積もっても中級上位クラスの実力がある。ラキという女の方はよく分からないが。


 雑魚狩りしか用のない狩場に出向いてくる理由はなんだ?


 これは、公爵家が散々注意を入れてくる他の貴族家の接触なのではないかと怪しんだ。ギルドで始まるケンカなどから絡んでくるのも、その手法の一つらしい。


 冒険者になる者の自尊心をくすぐるのには有用な方法なんだとか。揉め事を力で解決させ、その感謝の印と嘯いて近付いたりギルドを間接的に用いたりと、関係を持つのには最適だと聞いた。


 明かされる舞台裏のようで、頬が引き吊ったのも記憶に新しい。


 そういうのに憧れを抱いていなかったと言えば嘘になるのだから。


 ケンカする冒険者もグルで金で雇っていたり、ギルドから褒めそやされてランクを知らしめる為にと受けた依頼なんかも、その依頼主が関係を持ちたがっている貴族だったりするそうだ。集まるパーティーメンバーなんかにも息が掛かっていて、取り込み工作としてはよくあることらしい。


 最初のケンカに関わらないことが肝要だと言われた。


 そんな話を聞かなくとも、俺はゴブリンやはぐれオークなんかを狩って過ごすつもりしかなかったし、揉め事に首を突っ込むつもりもなかったが、どうもこの剣の事もあって過大評価されているようで意外と細かく注意された。


「あ、糖蜜パイ食べましょうよ糖蜜パイ!」


「バカ、こっちゃ酒飲むんだぞ? 肉に決まっとろうが!」


 つい今の今までケンカしていた筈なのに、次の瞬間にはメニューを見て盛り上がっている。ケンカは通過儀礼みたいなものだと認識している。


 最初は狩場を譲ろうとしたんだ……。他にも狩場はあるし。しかし、本当によくかち合うので流れでパーティーを組んでしまった。流石に何日も続けて狩場を譲れない。


 それに恩に着せるんなら最初の出会いが既に最大のチャンスだったはずだ。その後の言動からしても俺を知らないのは分かったし、取り込むどころか……少しおかしな行動は距離をとってくれと言わんばかりで……。


 ある時なんか『繕い物十着』という低級も低級。雑事のような依頼を受けてギルドの隅で真剣にやっているのを見て警戒するのがバカらしくなった事もあった。


 俺が何をしているのかと訊いたら、ラキが「繕い物得意なんですよ」と。タタルクが「うむ。糸を紡ぐのは得意だ」と器用に手を動かしながら答えてくれた。


 絶対に貴族は関係ないだろ、こいつら。


 そんな思いもあって、俺は一時的にパーティーに誘おうと決めた。


 しかし、そう思ったのが運の尽きだった。


 俺だってパーティーを組んだ方が安全なのは知っている。腕のいい奴なら狩場も効率のいいとこに行ける。しかしどういった奴が近付いてくるか分からない状況だったのだ。そこに貴族と無関係っぽい腕のいい流れの冒険者が来たのなら……飛び付いても仕方ない判断だと思うんだが……。


 流れの冒険者だというのは自称じゃないようで、向こうの方から王都には長くいないからその間だけでいいか? と言われた。


 そこに油断が生まれた。


 クエストだけを一緒にしてギルドで別れるというこちらの都合ばかりに合わせて貰うのも悪いと、偶に食事を共にするぐらいのコミュニケーションを取ろうとした……のだが。


 そこが愚かな考えだった。


 ハーフドワーフだというタタルクの巨体は目立つ。しかしそういう冒険者もいない訳でもない。少なくともギルドの入り口を屈んで入られなければならない程ではない。ラキなんか普通の村娘過ぎて逆に目立ちそうだが、繕い物の依頼などを受けるのだから変ではない。ギルドカードを作って兼業する冒険者もいる。


 だから大丈夫だと? バカなのか俺は。


 こいつらとはギルドの前で別れる上に換金なんかも任せていたから知らなかったのだが……。


 異様に目立つ。


 その風体じゃなく騒ぎ方が。


 慣れてしまっていたので気づかなかったが。


 なんというか……静かにする所では静かにするのだ。だから気付くのが遅れたのだが、騒げる場所では騒ぐ。


 暴れる。


 冒険者ギルドの酒場だ。荒くれ共が集まればケンカはまさに日常茶飯事だ。受けなきゃそこまでないのだが、暴れていいのならとばかりに暴れる。


 特にラキが。


 そしてタタルクが仕方なしに参加すれば常勝無敗。


 俺より目立つ二人になっていたのだが、知らなかった……知らなかったんだ、本当に。


 これからはある程度の情報は仕入れた方がいいと学んださ……。でなきゃ、


「とりあえずテキトーに頼んだからね、アレン」


「テメーはエールだろうが、アレン」


 こいつらみたいになるんだ……。


 顔を隠してもここまで堂々と名を呼ばれれば意味なんてない。そしてこいつらは本当に俺がどういう奴かなんてどうでもいいんだろう。少しは情報収集してくれよ。


「……ああ、エールでいい」


 フードを外して奥まった席に腰掛けるが、注目は避けられない。しかしもうバレているのは間違いないので構わない。それに、


「おい、あれ『壁砕き』だぞ」


「道理で……」


「化け物の仲間も、やっぱり化け物かよ」


 誰も近付いて来やしないだろうしな……。


 原因は床に転がる冒険者だ。


 なるべく目立たない席がいいという俺のリクエストに、ラキが奥の席を抑えてくれたのだが、その際に酔った冒険者がラキの尻を撫でた。掴んでいた椅子をそいつに叩きつけるラキ。倒れる冒険者のマウントをとって殴るラキ。殴り続けるラキ。手が痛くなったのか近くにあった物を引っ付かんで殴り続けるラキ。


 あまりにあっという間で……しばらく呆然としてしまったものだ。


 それはボロボロにされた冒険者の仲間もそうだったらしく、慌ててラキを攻撃しようとした。


 それがラキを止めるぐらいなら問題なかったのかもしれないが、相手が剣を抜いたのを見てタタルクが動いた。


 タタルクは素手で軽く払っただけのつもりなのだろうが、仲間の冒険者は木っ端のように宙を舞った。


 それから二人は自然と席について、当然のように俺の名を呼んで手を振ってくるのだ。周りなどお構い無しに。どうしたらいいのか。


 この二人の口喧嘩に……一方的にラキが殴るケンカに慣れてしまっていたので、反応が遅れてしまった。そうだ。よく考えればあの小さなハンマーでも殴られて無事で済む、もしくは笑って済ませられる人間などタタルク以外にどこにいるというのか?


 冒険者ギルドは相手が剣を抜いたところを見ているだろうし、こっちは素手だ。ラキも一応は素手だ。ケンカを咎めたりはしない……少なくとも何らかの罰を与えられるものではないだろう。


 だからウエイトレスが注文を取って引っ込んでいくのも見送るしかないんだろう。


「とーみつ、とーみつ」


「ツブブ鳥か。焼き鳥もいいがよ、どっかで唐揚げをやってねぇもんか……」


「そういえばツブブ鳥ってこっちの方だけですね? もしかして特産だったんですか?」


「知らん」


 マイペースな二人に再び瞼を揉む。


 流石にこんな騒ぎに毎度付き合ってはいられない。


 今日限りだ。


 いや…………恩もある。まずは予定を訊いて、一月。いや、は、半月以内に王都から移動すると言うのなら……。


 …………よし。


「……なあ」


「おう、きたぞ!」


「わーい!」


 決断が遅かったのか、料理が早かったのか、ウエイトレスが持ってきた皿を並べタタルクが受け取ったジョッキを渡してくる。


 ……まあ、何も食事前に雰囲気を壊すような事をするもんじゃないな。俺だって痛々しい過去から学んだものがある。


 そうだ。食事は重要だ。


 食える時に食っておく。村にいた時には……いや奴隷にならなければ気づかなかったが、意外と真理だ。


 タタルクからジョッキを受け取りぶつけ合う。


「おう、乾杯! ってなあ。うはは!」


「毎度思うんですけど、なんでお茶のが遅いんでしょうね?」


「……注文が少ないからじゃないか?」


 ラキのぶすくれた質問に適当に答えながらジョッキを傾けようとした。


 そんな時に。


「見つけたぞ『黒戦斧』!」


 ギルド中に声が響いた。


 そして俺はジョッキに口をつけることなく置いた。


 嫌な予感がしたからだ。



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