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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
74/99

従僕62



 破裂した水球により、雨というよりは水の塊がお嬢様とミルフィー様に降り注いだ。


 水球の大きさもあって注目を集めていただけに、その身に被害を受けて水を滴らせる二人を、周りは無言で見つめていた。


 なんというか、声が掛けづらいのだ。


 髪や服が肌に張り付いている様も、中途半端に杖を上げたままの姿勢も。大丈夫なのかな? ショックなのかな? 声を掛けてもいいのかな? そんな気遣いで、お嬢様の同級生も見守っていた近衛も動けない。


 しかしそんな静けさのせいか。


「……フ。フフ、ククク」


 噛み殺したような含み笑いがハッキリと聞こえてきた。


 やっぱりというかなんというか……お嬢様とミルフィー様の近くにいたサンデドロ伯爵様だ。


 何が可笑しいというのだろう。


 口元を手で隠しているが、目がハッキリと笑っていて嘲笑を隠しきれていない。いや。むしろそのポーズが笑っていることをより際立たせている。


「ああ、失礼。余りにお粗末な魔術なもので、ついね」


 最初から礼など持っていないように、俺には思える。


「なに。気にすることはない。()()な魔術師が魔術に()()することは、よくある。ああしかし、もっと注意力を持った方がいいな。()()()()()被害は自身のみに留まらないぞ? こちらにも水飛沫が飛んできた。謝罪するなら受け入れるが?」


 その言い様は従僕とのいざこざを含んだものに聞こえた。しかしお嬢様には実はまだ報告していないので、裏の読み様がない。


 ダメだお嬢様。


 サンデドロ伯爵様は既に笑みを隠していない。周りもこれに気づいている。


 しかし俺が動き出す前に、言葉は口をついて出た。


 ミルフィー様から。


「はあ? なに言ってんのよ! 今のは明らかな『干渉』じゃない! しかも魔力のごり押しで技もへったくれもないわ。どの面下げて謝罪を要求してんのよ。謝るんならあんたからでしょう、サンデドロ。ふざけないで」


 啖呵を切るミルフィー様に更に注目が増す。少し離れたところで魔術の確認をしている生徒も、こちらに気付き始める。


 ミルフィー様に食って掛かられたサンデドロ伯爵様の眉間にシワが寄る。


「……その物言いは高くつくぞ」


「上等だわ」


「命乞いは聞かん」


「あなたこそ。我が国の王家の血脈に唾を吐いて、無事でいられるとか思ってないでしょうね?」


 睨み合う二人。どちらも視線を逸らさない。


 いや逸らす気がない。


 一気に高まる不穏な空気。静けさが余計に場を圧している。


 一押しでそれが決壊してしまいそうで、誰もが声を上げなかった。


 従僕もこれに一歩目をくじかれて動きづらい。


 ミルフィーの杖を握った手が上がろうとして――お嬢様に掴まれた。


「先輩、濡れてしまったわ」


 どこかのほほんとした声だ。


 いつもの声だ。


 周りの状況などお構い無しなのか、それとも気にならないというのか、お嬢様の瞳はミルフィー様を映して静かだった。


「……え、あ。そうですね……」


 それに毒気を抜かれたのか、凛として立っていたミルフィー様も慌てて頷く。


「敬語に戻ってるわ?」


「そ、そうね!」


「じゃあ、着替えに戻りましょう」


「……え、でも、…………あ、うん」


 コクコクと頷くお嬢様に釣られる様に了承されるミルフィー様。


 そして腕を掴んだまま学舎へと歩き出すお嬢様達。


 流石に堂々と濡れた服を着替えると言っている貴族の子女を止める人はいなかった。


 サンデドロ伯爵様も。


 駆け付けようとした教員も。


 サンデドロ伯爵様は授業中だというのに学舎へと帰っていくお嬢様を見つめて、白けたように鼻を鳴らした。


「逃げるのは上手いらしい。あの下僕にしてあの主あり……」


 聞こえよがしな独り言を呟いたところで、火球がサンデドロ伯爵様を襲った。


 これにサンデドロ伯爵様は、あの緑の結界を展開。結界にぶつかり火の粉を派手に撒き散らして消える火球。火炎の向こうで慌てることなく、むしろつまらなさそうに襲ってきた相手を見る。


 獣のような笑いを浮かべるレファイアス様が、杖を向けていた。


「ああ、すまない。なにせ未熟なもんでな? お粗末だったかな? はっはっはっ。……おいおい、どうした。未熟な魔術は笑えるんだろ? 笑えよ」


「意気がるのは相手を見るんだな。線引きも出来ないのか?」


「……本当にムカつく奴だな。謝罪したんなら受け入れるんじゃなかったのか? お前の器じゃ零れたか? なにせ年下の女性にしか強く出られない気性っぽいもんな」


「……この国の貴族は」


「いつでもいいぞ、帝国貴族」


「そこまでだ!」


 険悪な空気の中、どちらともなく杖先が揺れ動き始めたところで、教員様が止めに入った。


 しかしこれに両者共に聞く耳を持っていないのは、互いに顔を逸らさないことからも分かる。


 だからだろう。


「その辺にしておけ」


 白髪の帝国王子様がサンデドロ伯爵様の腕を、強めに叩いて制止した。


 そのせいか、魔術を行使しようと練り上げていた伯爵様の魔力が霧散した。


 これに眉間にシワを寄せたサンデドロ伯爵様の表情は、とても敬意を表している相手にするものではなかったが、それも一瞬。直ぐさま表情を戻して対応する。


「……殿下がそう仰るのならば」


「逃げるのが上手いな?」


「レファイアス! お前もだ!」


 一人が引いたことにより、相手が一人となったので教員様はレファイアス様に苦言を呈して止めに入った。


 それからのお説教に納得のいかない表情のレファイアス様だったが、歳を考えればそれも無理はないのもしれない。


 騒ぎが収まりつつある中で、俺はお嬢様が着替えているであろう学舎の方を見て、なんだか釈然としない気持ちに包まれていた。


 んー。なんだろうな、これ。


 なんというか……あまり気持ちのいいものでもないのだが……然りとて解消法にも思い当たらず。


 なんだこれ。本当にどうすればいいのか。


 ただお嬢様の姿を見れば和らぐ気がして、学舎の方を見続けていた。

















「あきらめるわ」


「は?」


 そんな間の抜けた声が出たのも仕方がないだろう。


 んん? なに? なんて言ったんですかお嬢様。もう一回言ってくれます?


 でなきゃ信じられないので。


 場所はお嬢様の自室だ。リビングルーム。


 流石に報告しない訳にもいかないので、集めた情報や被ったトラブルをお嬢様に話した。鞭覚悟で。


 ベレッタさんやリアディスさんも、これを聞いている。


 いずれにせよ今日の報告で嘘をつかない限りベレッタさんにはバレるだろう。なのでお嬢様にも許可を取った。そして予想通りに憤慨したベレッタさんが抗議するべきだと言い出したところで、俺はお嬢様がそれに乗っかるのではないかと鬱々としていた。


 しかしもしかしたら、従僕が原因であるかもしれないのだ。嫌とは言えない。最初から言えない。


 なので続くお嬢様の言葉に、驚きのあまり声が出てしまった。


「……何をですか?」


 訊いたのはベレッタさんだ。視線だけ従僕を咎めるように向けてきているが、話し掛けているのはお嬢様だ。俺は、お嬢様が何を諦めると言っているのかが分かっている。


「あのお店」


 そう述べるお嬢様の表情は平静で。


 いつもと変わりないものだった。


 しかし、何を考えているのかは……いやこちらもいつも分からないけど。


 少なくともお嬢様らしくないように思える。


「んしょ」


 驚きのあまり従僕が椅子を引くのも忘れてしまった為に、お嬢様が行儀悪く椅子から飛び降りる。


 これにベレッタさんの視線が増々と強くなる。


 それを望んではいないのだが……あれ。いや、あの、でも。


「ああ、そうだ。従僕」


 お部屋に戻ろうとしたお嬢様が振り返ってこちらを見る。その表情はあっけらかんとしていて、感情を乱してはいないように思える。


 少なくとも不機嫌ではない。


「……あ、いえ、はい。失礼しました。……はいお嬢様」


 つまりいつも通りじゃないとも言える。


「……どうしたの?」


「いえ、それが……」


 まただ。


 本当になんだろう。本気で嫌だな、これ。


 沸き上がる感情は感じたことのないような類いで扱いに困る。それをお嬢様に話して不快にさせては申し訳ないと、幼少の頃からの刷り込みよろしく口に出せない。


「あ、わかったわ」


「左様でございますか」


 マジで?


「つかれてるんだわ」


 流石っす。


「納得がいきました」


 うんうんと頷くお嬢様だ。憑かれているというのなら八歳ぐらいの頃からだろう。なあ幽霊。


「じゃあ、今からお休みをあげる!」


 ………………………………え? もしかしてクビ宣告だろうか。


 あれ、今の口に出てました?!


 しかし思っているほど軽く受け止めていないのは、体の鈍さからも理解できた。これが自身の体だとは思えないほどに自由が効かない。


 ショックだ。


 何にショックを受けているのか、わからないことがショックだ。


「いつもは二日だけど、今からなら三日になるわ。自由時間三日! うれしい?」


 ……………………あ、あー。いつもの。たまにくれるお休みか。あー、うんうん。


「……この身が張り裂けそうな程に」


「ふふふ、でしょー。じゃあ、ゆっくりしてね」


「ありがとうございます」


 頭を下げる従僕を背に、お嬢様は寝室へと引き上げていく。どうやら湯浴みの支度に掛かるらしい。続くベレッタさんは極寒の視線を浴びせてきたが、何も言われることなく扉は閉まった。


 よくよく思えば今夜の報告があれば叱責は間違いのないものだった。まさかお嬢様がそこまで気をつかってくれたとは思わないが、これは幸運なことだろう。


 ……そう、ツいてる。


 なのに……。


「……意外ですねー」


 部屋に残っていたリアディスさんが間延びした声で呟く。やはり他の人の目からでも、お嬢様の態度は意外に映ったんだな。


「ええ、驚きました……。まさかお嬢様が……」


 諦めるとか……お嬢様の中に存在してたんだなぁ。


「いえ、あなたが」


 え?


 同意を得ているものだと思っていたのに、予想外の方向から飛んできた言葉に、またもや意表をつかれる。


 思わず顔を見合わせると、リアディスさんは優しく、しかし悪戯っぽく微笑んでいた。


「なんかー、失敗したと思っている顔とかー。驚いてるのとかー。てっきりお嬢様の相手って、嫌なのかと思ってたんですよー?」


「……まさか。とんでもありません」


「そうですかねー?」


 クスクスと笑いながらも、お嬢様達を追いかけるためにリアディスさんも寝室へと向かう。


 その寝室への扉が閉まる前に、リアディスさんは然も面白いと言わんばかりの表情で捨て台詞を吐いた。


「だってー、動揺してるのか、初めてなんですよねー? あなたが、こっちの独り言に応えてくれたのって。わたしはー、その方が嬉しいんですけどー? 面白いしー」


 な。


 パタンという音と共に、反射的に出そうになった言い訳も封殺されてしまい、従僕だけが取り残された。


 ……わからない。


 色々とわからないことだらけだ。シュッシュから手を引くのは俺も賛成の筈だ……。ましてやクビの宣告なんて解放宣言だ。喜びしかない。


 動揺なんてしていない。


 確かに、リアディスさんも貴族様だ。忘れてなんかいない。しかし普段の気安い態度も悪いと思うのだ。ベレッタさん程とは言わないが、もうちょっと貴族っぽくしろよと従僕は言いたい。


 ……あー、ちくしょう。


 わからない。わからないがわからない。


 ……こんな時は……こんな時は? こんな時なんてなかったよ!


 そう、知らない。こんなのは知らないのだ。知らない事はどうやって解決してたかな?


「…………」


 奴隷仲間に訊いていた。


 じゃあ、そうしよう。



ESN大賞を期間中受賞


書籍になるそうで。

詳細を活動報告に上げます。

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