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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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従僕61



 翌日。


 少しばかり不機嫌なメイドの二人に見送られて登校してきた。流石に思うところがあるらしい。男に寝顔を見られたからではないと思いたい。


 従僕は全ての後片付けが済んだ後で帰ってきたことになっている。


 実際は各々の寝室まで従僕が抱え上げて運んだんだが。


 世の中には知らない方がいいこともある。主に俺の安全面のために。


 従僕はお嬢様に逆らえないのだ。運んであげてと言われたら、運ぶしかないんだ。なんでこの餓鬼は一々俺の首を危なくするのか。


 しかしお嬢様も乙女? 寝ている女性を寝室へと運ぶことがどれだけ危ういのか理解しているらしく、


「寮のメイドが運んだことにするから」


 なんて言ってのけるのだから、ありがたくて従僕は泣きそうです。


 じゃあそうしろよ、とは言っちゃダメなんだろうなあ。そうしない理由を「めんどうだから」と返された日にはお前の方が遥かに面倒だわ、と返してしまいそうなので黙るしかなかった。


 そんな訳で、初めてメイドのお二人の部屋に入ることになった。


 お嬢様も一緒に。


 ですね。こんなチャンスを逃されるほど甘くないですよね。


 楽しそうなお嬢様と共にメイド様達をベッドにと横たえた。


 それだけに一時間も掛かったのは、公爵家のご令嬢の部屋を荒らした強盗と一緒だったからだろう。従僕は何も見てないし聞いていない。棚をがさごそと漁る強盗が何かを見つけては「大人ね」「かーさまと一緒の!」なんてほざくのなんて……。


 身につけるべきではない知識が増えてしまった。


 もちろん、お嬢様は取り出した物を元の場所に戻されている。しかし位置が微妙にズレていたせいか、今朝方のメイド様達の疑いの視線にも納得がいくというもの。


 俺じゃないのに。


 ただ、意外というか予想通りというか……。


 片方の部屋はキチンと整理されており、片方の部屋は恐ろしいほど散らかっていた。


 どちらがどちらの部屋などとは言うまい。なんせ従僕はメイド様の部屋の中など知らないのだから。


 しかし両者共に棚の中の乱れに気付いたのは流石と言わざるをえない。


 しかし物が物だけに訊けないし、言えないのだろう。ただ従僕を見る目や距離感に少しばかりの変化があったように感じるのは、気のせい……だといいなあ。


 ほんと、余計なことが好きだな。この餓鬼は。


 せめてもの抵抗に、今日の授業中はお嬢様のつむじをずっと見つめていることにした。地味に嫌なのは奴隷時代に経験済みだ。誰よりも背が低かったので。


 お昼前に、お嬢様がやや困った顔で振り返ってきた。


 問答しないと決めているようだったので、これは珍しい。はて、なんだろう。従僕にはまるで心当たりがない。


「ねえ。今日、わたしのこと見すぎじゃない?」


「お嬢様(の将来)が心配で……」


「相変わらずの心配性ね」


「しっかりと(お嬢様を)警戒せねばと力が入りまして……面目ありません」


「学園の中なのよ? だいじょーぶよ」


「以後、(警戒を緩めないように)気をつけたいと思います」


 主従の会話が終わるのを見守っていた男爵家や子爵家のご令嬢方が、従僕が頭を下げたのを切りにお嬢様を食事へと誘い、お嬢様がそれに応じて席を立つ。


 お嬢様はこの昼食をことのほか楽しみにされている。今までがボッチだっただけに同年代同性の食事やおしゃべりが楽しいのだろう。


 それは良いことだと思う。


 ……ただその後ろをついて回るのがややキツい従僕がいるというだけですとも。ええ。


 お嬢様、そろそろ本当に女性の近衛をお求めになったりしないだろうか。













 午後からの授業は、人気の高い実習だ。


 しかも入学から二月。今日は初めての実戦となるそうで生徒のボルテージは上がりまくりだ。


 と言っても、別に大物がいるわけじゃなく。森での狩りは低級の魔物か動物が相手だという。動く獲物に魔術を当てる訓練だとか。


 しかもそれぞれに引率の上級生がつく。


 その時点でなんか嫌な予感はしたのだが………。


「お初にお目にかかります、マリスティアン様。私はグステン男爵家が次女。ミルフィリア・ドーマ・ド・グステンと申します。本日は――」


 杞憂であったらしく、学園の四年生だという美女が引率についた。緑のおかしいのや金のおかしいではなく。


 ミルフィリア様は金髪を三つ編みに肩から垂らしている。紫色の瞳から放たれる視線はやや鋭く、ベレッタさんのような印象の生徒だ。学園の指定制服をキチンと着こなしているところからも生真面目な性格が見てとれる。四年生ともなると着崩している生徒もちらほらといるのだから。


 金のおかしいのとかね……。


 そう。お嬢様のクラスの引率は四年生が受け持っているらしく、あの男も素知らぬ顔でいるのだ。受け持ちは帝国の白髪癖毛の王子だ。当然ながら目をやったりはしないが……。こちらに気づいているのだろうか?


 引率の上級生は同じ国のなるべく近い位の貴族様が選ばれているらしく、平民には平民をあてがっているところを見るにトラブルが起きないように配慮されているのだろう。それでも人数的に厳しいせいか二人を受け持ったり教員が頑張ったりしている。


 流石に王族や公爵家にはマンツーマンだが。


 しかし、その理屈でいくと、ミルフィリア様の家格では足りない。


 つまり、あれだ。この人はハズレを引いたというか、押し付けられたというか……面倒を背負わされたといったところか。


 うん。その理解で合ってる。


「ミルフィー先輩ね」


「――御身の……はい?」


「ねえ、ミルフィー先輩」


「は、はい。なんでしょうマリスティアン様?」


「わたしの方が後輩なのに、なんで敬語なの?」


「そ、それは」


 平等というのがあくまで建前の理念ですからね。


「敬語じゃなくていいと思うわ」


 そういう無茶を言う娘なんです。


「そ、そう? ……なら、あたしもその方が楽だわ」


 ……あれ?


「……んー。なんていうか、とっても意外だわ。ちゃんと先輩呼びするのもそうだけど、あなたって……もっとこう」


「なまいき?」


「そうそう! ……って、ああ。ごめん。やっぱり敬語にした方がいいかしら? あたしって地だとこんなものよ?」


「ううん。とってもいいわ」


 ですよね。


「じゃあマリスティアン様。まずは……」


「シェリーよ」


「え? ……いや、流石にそれは」


「シェリーがいいわ」


「う。……そ、そう? えと……じゃあ、シェリー?」


「なあに、ミルフィー先輩」


 ニコニコと嬉しそうなお嬢様に顔を赤くされるミルフィリア様。


 破壊力ありますよね、お嬢様の笑顔。従僕なんかは向けられると青くなりますから。


 こんなやりとりを他でもやっているんだろうか。


 狩りに出向くということなので、我々は当然ながら外にいる。


 実習に使われる草原だ。


 ここで一先ずの自己紹介とどの程度の魔術が使えるのかの確認が行われている。


 いざとなったら引率の上級生が介入して、代わりに魔物や動物を退治するためだ。


 なのでそこかしこで名乗り上げや簡単な魔術の使用や属性の確認なんかをしている。


 上級生を赤面させている下級生は、見たところ他にはいないが。


 ミルフィリア様もどちらかと言えばリアディスさん寄りの方のようで、従僕の人物眼も大したことないことがハッキリした。薄々そんな気はしていた。


「そ、それじゃあ! まずは……魔術の確認からね!」


「はい、ミルフィー先輩」


「……フィリア先輩にしとかない?」


「でも、リアとカブっちゃう」


「そ、そう。それなら仕方ないわね……。あー、うー、でも……なんか可愛いすぎない?」


「かわいいわ」


 同意を得られたとばかりにコクコクと頷くお嬢様。そういうことじゃない。


 しかしこれ以上は無駄な足掻きだと思ったのか、ミルフィー様は諦めて杖を取り出した。もしくは生意気な下級生をシめてやろうと思っているのかもしれない。お願いします。


 ちょっと距離があるので従僕は間に合わない。なんて悲劇だ。


 ちなみに今回の授業には近衛が帰ってきている。流石に外に出ての実戦だ。役割というものを考えれば当然だろう。


 しかし近衛の集団は、生徒の集団からだいぶ離れている。お嬢様とミルフィー様の会話を聞き取るのも至難の距離だ。


 あくまで授業の一環なので、近衛が狩りを手伝わないようにするための処置らしい。動く標的に魔術を当てるための訓練なのに、近衛が捕まえてきた獲物に魔術を当てる生徒がいたせいだとか。酷いのだと、近衛が獲物の脚を剣で切り取り、生徒が至近距離で魔術を撃つも外し、しかし出血死した獲物を倒したと豪語する例もあったそうで。


 それでは魔術の腕が上がらないと、このような形にしたらしい。


「魔弾は習得しているのよね?」


 ミルフィー様がまず、人のいない方に杖をむけて水球を生み出した。当然のように無詠唱だ。


 やはり無詠唱になると規模は小さくなるのか、生み出された水球は握り拳程の大きさだ。


 それに続くようにお嬢様が呪文を詠唱する。


「――アル・ウェオニアス」


 呪文を詠唱しきったお嬢様の前に、一抱え程の水球が生まれた。……どうやら膨れ続けてはいないようで、従僕的にはホッとした。


「うーん……魔力の込めすぎね。まあ、効果範囲が広いからいけないってことはないけど。制御はできる? ほら、こう」


 ミルフィー様が杖を動かすのに連動して小さな水球も動く。そんなこともできたのか。すげーな魔術。


「やってみる」


 握り締めていた杖をお嬢様が動かす。これ以上膨れないようにと力んでいるせいか、水球は動かない。


 しかしそれも無理はない。


 なにせお嬢様の()()()迸っている。無意識に注ぐというより、注がれてしまっているんじゃないか?


 あれじゃ止めるのも大変だ。


 もしかしてお嬢様って魔弾を飛ばせないんじゃないかと思いながら水球を見ていると、魔力の塊が水球の近くを飛んでいった。


 学園にいるので分かっていたが、魔力そのものに害のようなものはない。少なくとも感じたことはない。


 水や、下手したら空気よりも意味がないものだと思っていた。ましてや今は、そこかしこで魔術を使っている魔術師で溢れている。


 そのせいで出遅れた。


 魔力の塊はどんどんと飛来し、魔力の雨のようなものに変わり、ミルフィー様が異変に気付いた時には、お嬢様の水球が割れてしまった。



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