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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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従僕59



 俺とアーロ様を守るように、正面から帝国貴族様と対峙するコールズマン伯爵様。その背中は正に威風堂々だが、気のせいかアーロ様の視線から逃げるようだったことを言い添えておきたい。


 まるでどこぞの従僕のようで。


 親近感というやつだ。


「おお! なんと! サンデドロ伯爵ではないかね? 噂に名高い『無限砲』にご挨拶できるとは、光栄の至り! ……ああ、挨拶の仕方を忘れてしまったな。しかし構いやしないだろ? なんせここは魔術学園! 我々は魔の深奥を覗かんとする学術の徒にして同士であるのだから! 知識を欲するかね? ならば与えよう! 我が名は!」


「これはこれはコールズマン伯爵。かの『魔術狂』と名高いあなたに出逢えたことを、運命の女神に感謝しよう」


「君。様式美というのは重要なことだよ?」


 あれ? 伯爵?


「失礼。あなたとの()()は、のちほど。先に片をつけてしまいたい案件がありまして……なに。直ぐに済みます。大してお待たせしません」


 言葉を終えると同時に練られた魔力が魔術へと姿を変える。生まれ出た光球は十。サンデドロ伯爵様は顔色一つ変えられない。


 見立てが甘いなんてもんじゃない。なぶり殺しの未来もあった。


「……まず一つ」


 しかしこれに慌てることなくコールズマン伯爵様がワイングラスを適当に放り投げる。


 放物線を描いて飛んで行くそれに、誰もが砕け散る様を想像した筈だ。


 それが合図になることも。


 しかし。


「私は……どうせ呼ばれるなら『知識狂い』と呼ばれたいものだ。きょう、という言い方が何々卿と名乗る(サー)に失礼じゃないかね?」


 コールズマン伯爵様が指を鳴らされるとワイングラスはその方向をテーブルへと変え、音もなく綺麗に着地した。


「……っ!」


 それに戦慄を禁じ得ない。


 ()()ところ、恐ろしく静かで短い魔力の動きだった。魔術の発動は素早くムラがなく、それと目にしているのに見逃しそうなもの。


 練度が桁違いだ。


「ああ。それと二つめだ」


 次の魔術は、圧巻だった。


 何が起こっているのか掴めない観客気取りの貴族様方が張る半透明な結界。


 それがコールズマン伯爵様の指鳴り一つで、全て砕けた。


 そこでようやく、今しがた魔術を行使しているのが誰かとの理解に及んだようで。


「ふはははははははは! 周りに被害が及ぶが構わんかね? 我ら現代に現れた彼の二人の再来となろうじゃないか! ふは、ふはははははははは!」


「……なるほど……これは」


 流石のサンデドロ伯爵様も驚いて、視線を知り合いであろう貴族様へと飛ばしている。受け取った貴族様が詠唱して結界を張り直してみても、直ぐさま砕かれるという結末に。周りの貴族様の顔も青くなる。


 これには参ったとばかりにサンデドロが首を振る。暫しの沈黙の後に、コールズマン伯爵様を見て笑みを浮かべた。


「フ。そうですね。今回は止めておきましょうか。ここでは……場所が悪い」


「やらないのかね? それは残念」


 伯爵こら。


 そういう挑発は止めてくれ。本当に。相手がいいって言ってるんだから。どっかのお嬢様じゃないんだから。親近感も遥か向こうですよ?


 本当に残念そうな顔をするコールズマン伯爵様に、手を振って自信満々に引き上げていくサンデドロ伯爵様。あれを見てまだ自信を持てるというのが信じられない。


 貴族様って……本当に人間か?


 奴隷間では使う者のいなかった魔術の真の威力に驚愕だ。


 いつかお嬢様もあのような魔術をお使いになるんだろうか?


 そんなこと考えちゃダメだ……!


 未来に希望がないと生きていけないってジュレールも言ってたじゃないか。それまでにはきっと――素敵で暖かい貴族様の家で奴隷をしているに決まってる。


 サンデドロ伯爵様がお連れの貴族様を率いて出口へと歩き去るのを見送った。どうやら入口とは別に出口があるようで、あの通路の狭さも納得がいった。


「よし。我々も引き上げるとしようじゃないかね」


 そうしましょう、そうしましょう。


 ……しかしこんな所に従僕が来るもんじゃないな。


 騒ぎが収まった辺りで戻ってきたメイドやボーイが、文句を言うことなく片付けを始める。観衆となっていた貴族様方もワイワイと今しがたの出来事についての雑談をしている。


 その光景に何故か酷く奴隷小屋が恋しく思えた。


 きらびやかな空間だというのに何処か空々しく響く声に、ガヤガヤと無秩序に騒ぎ立てるあの食堂での喧騒の方がマシだと思う俺は、どうにも奴隷根性が染み付いているようで……。


「それで?」


「はいっ」


 ……いつもの癖でお嬢様と言い掛けてしまった。別の出口を通り抜けている最中にコールズマン伯爵様が振り向いて訊いてきたのだ。それはアーロ様と従僕、どちらに投げ掛けたのか分からないような問い方で。


 つい条件反射が出てしまった。


 お嬢様相手だと話を聞いていなくとも返事をしてしまうので。


「何故こんなところに来たのかね? 確かにここは帝国貴族が多くを締めるサロンだが……成る程。知識の探求だな!」


 ああ、それは言い得て妙だな。


「アーロ様と交わした約束で、シュッシュの土地を欲しがっている貴族様を教えて頂けるとのことだったので」


「んん? 私はてっきり……名や特徴について教えるだけだと思っていたのだが? 顔の確認も含んでいたのか……確かに確度の高い情報を求めるというなら然り!」


「あ、いや」


 そこでアーロ様が肝心の相手の名を知らなかったので、知っているという顔だけ確認したことを告げた。


 お店を出た辺りで話し終え、聞き終わったコールズマン伯爵様がなんとも言い難い表情でアーロ様を見つめ、アーロ様はそれに目を合わせないように逸らすという。


 今までとは逆のパターンの対応となった。


「……だって先輩なら知ってるから。でも先輩いなくなったから。だからあそこに誰々がいたって先輩が言ってたの思い出して」


「……アンネ氏」


 ブフー、とこれ見よがしに溜め息を吐き出すコールズマン伯爵様。額に指を押し当てて首を振り振り。まるでなっちゃいないと言わんばかり。今までの鬱憤を晴らしているのか。


 明らかに煽っている。


「いやはや失礼したね? では()()な後輩に代わって私が知識の伝授役を引き受けようじゃないか! ふは、()()な! ふはははははは! 後輩に代わって!」


 通りにこれでもかと笑い声を響かせるコールズマン伯爵様に、赤い顔をしながらも今回は自分のミスであるとその禍々しい杖を握って耐えるアーロ様。


 いやアンネ様?


 ある程度満足のいくまで笑っていたコールズマン伯爵様が切り替えるように笑いを納める。


 これは後で酷いパターンだろう。なんで分かんないかな?


「さて。サンデドロ伯爵についてか。まずは名だな。カノーヴァ・エジャナ・フォン・サンデドロ。帝国の伯爵で、確か継いだばかりだったかな? ああ、名乗りが至国の物なのは、帝国が独立まではあの国の領地だった名残だ。拝領したので国に帰るかと思えば、何故か学園に残り、学生であることを継続するという変わり者だ」


 折れた剣先が戻ってきて突き刺さってますよ。


「『無限砲』という二つ名が在学中についていてな。とあるスキル持ちで、あれだ。魔力切れを起こすことがない魔術師として有名である」


 突き抜けて俺にも刺さった。


 ……なんだって?



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