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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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従僕58



 お嬢様の魔力、その総量というのは莫大なものらしい。魔術学園で教えている講師の方が言うのだから信憑性は高い。だから割とポンポンと魔術を放てるらしい。


 魔術が使えない魔術好きの奴隷サンシタは、よく魔力を数字で表していた。幾度なく魔術を想い、幾度なく使うとなったらと考えてたどり着いた境地らしい。


「まず魔力ってーのは使えば無くなる。当たり前とか言うなよ? 事実の確認こそ真理への第一歩だ。まあ、俺ぁ使えねーけどよ。へへへ。で、無くなった魔力ってのは回復するんだが……これが大体半日かかる。しかも回復する量ってのは総量に比例するっぽいんだ。だから魔力の総量が多い奴の一割と少ない奴の一割じゃ、多い奴の方が回復量も多い。……持てる者ってのは、いっぱい持ってるもんだよなぁ。……あん? いや全然ちげーだろ。魔術ってのは、その術によって使う魔力量ってのがちげーからよ。長期戦になったら魔術の回数にありありと差が出るぜ?」


 使えなくとも魔術の話となると嬉しそうだったサンシタ。


 そのサンシタ理論では。


 魔弾の魔術に必要な魔力量は十。無詠唱なら掛かる魔力量が倍になり、威力は二分の一に落ちるという話だ。簡易詠唱なら掛かる魔力は一,五倍だが、威力は無詠唱と同じだという。


 しかし習得の難易度でいうと、簡易詠唱の方が遥かに覚え易いとか。


 この帝国貴族様が呪文を唱えた様子はない。無詠唱で間違いないだろう。


 となると十発。二百。最初の魔弾も込みで二百二十。サンシタは冒険者をやっている魔術師の平均は二百程だと言っていた。つまり貴族様はその倍ぐらいの魔力総量だと思う……。お嬢様の例もあるが、珍しいと聞くし。とにかくこの十発……。



 受ける。



 種切れ狙いだ。これで魔力が切れるならよし。もしかして溜飲も下がるかもしれない。鞭打ち十発でチャラが公爵家の日常だと考えれば納得できる。いやできないけど。可能性はあるだろう。あってくれ。


 お嬢様は別として、魔術師というのは魔力切れを極端に嫌うそうだ。なんかウエーっとなるらしい。魔弾を浴びる度に、ぜひお嬢様にもウエーっとなってほしいと笑顔で思ったものだ。


 アーロ様を背中に庇い立ち上がる。前に出て魔弾が破裂した時の影響圏内からアーロ様を外す。


 使う系統は雷だろう。あのビリビリは雷だ。……雷……。なんか嫌いな系統になりそうだ。物語に出てくる勇者が好んで使う上に特殊系統なので人気が高いらしいのだが。


 やっぱり水だろう水。なんたって体に優しい。


「ははは、いい度胸だな。曲がりなりにも近衛、度胸だけはあるか。平民同士のデートには場違いな所だっただろう? 高くついたな。後悔は裁きの神の前でするといい」


「……どうやらこちらの事をよくご存知のようで」


 会話の端々から、どうも知っているのは従僕だけじゃないようだと感じた。


 つまりアーロ様ってやっぱり女性なんだろうか。アンネ様?


 ……あ、しまった。


 従僕の反論を受けて帝国貴族様の表情が消える。よくよく考えてみると「あなた平民にお詳しいですね」と言ったようなもの。


 誤解だ。


 恐らくは各王家の血を継いだ生徒が集まるクラスの情報収集を行った際に、使えそうな生徒や近衛の実力なんかも調べたのだろう。


 だから「よく調べ上げておりますね」と言いたかったのだ。情報収集の大変さは、身を持って知っているから。いや同じだ。どちらも上からに聞こえるもの。


 お気付き遊ばれないお嬢様とは違うというのに。


 やっちまった。


「死ね」


 返答は軽く手を振るというもの。


 それだけで残光を曳きつつ十の魔弾が襲いくる。


 素手はマズい。


 具体的には痛い。


 一撃を喰らったことで、従僕の服がある程度の範囲で魔術を防ぐことが分かった。ならば服のある部分で受けたい。


 腕で防ぐように受ける。眩い輝きと共に四散する魔弾。しっかりと衝撃は残していくが、鞭程度だ。この服に感謝だ。値段を知りたくない。ああ全く! 外の世界はお金がいるね、奴隷頭!


 あの呆れ顔も今なら分かるというもの。


 衝撃に押されないように踏ん張って、八発までは腕を動かし体をズラして受けた。しかし残り二発の軌道が従僕を越えて弧を描くものだった。


 狙いはアーロ様か!


 振り向いてステップイン。


 握りしめた拳で魔弾を打ち落とす。間に合った。ビリっときたが、いつぞやの体を内側から焼かれた時と比べればなんてことない、いや痛い。いてーよ。


 アーロ様が口をポカンと開けてこちらを見てくる様が、幼少の頃の誰かと重なり思わず微笑んでしまう。


『すごーい! すごい、じゅーぼく! じゅーぼくだ!』


 そうですとも。


 当然ながらアーロ様は笑顔を見せる様子はなく、驚いた表情のままだ。まあ、この状況で思わず笑ってしまう従僕の方が可笑しいんでしょうけど。


 しかし振り返ったことで従僕の笑顔も消えた。


 なにせ今乗り越えたばかりの光景が、再び展開されていたのだから。


 帝国貴族様の周りに浮かぶ十の光球。パリパリと渇いた音を立てているのが、現実にそこにあると証明している。


 立ち寝しちゃったかな?


 ざわざわと驚くだけで逃げる様子を見せなかった他の貴族様方も、今は静かに沈黙を保っている。しかしそれは面白い見世物を見ているような緊張感。だって先日の避雨球のような結界を各自で展開しているのだ。


 なるほど。攻守共に魔術師ってズルい。


 忽然と姿を消したのはボーイやメイドだ。その逃げ足の速さを学びたい。


「面白い芸だ。しかしそれだけで近衛としたのなら……やはりマリスティアンは落ち目と言わざるをえない。噂の一つ二つでのぼせあがったか? 神に選ばれているこの私に、魔術程度も使えないこのような者を差し向けるなど……。不快だ」


 面白そうに見つめてくる貴族様の中で、対峙している帝国貴族様だけが忌々しそうにしている。防いだことで不興を買ったか? 当たったことは確かなのに。


 これで四百二十。やはり貴族様と平民の魔術師を比べることに無理があったかなぁ。


「ネタ切れか?」


「その通りでございます。この辺りでご勘弁願えればと……」


「ならば早く死ね」


 ちょっとお話にならない。お嬢様に話すのは無理なキャラクターだ。


 再び振られる帝国貴族様の手に、従僕が拳を握りしめる。


 十回は……繰り返せると思うが……。


 回り込むような軌道の物ばかりだ。狙いをアーロ様に絞ったようだ。


 ああ、ちくしょう。


 固唾を飲んで見守る観衆。憂鬱そうな従僕。もはやつまらなそうな帝国貴族様。


 最初の魔弾が従僕に当たろうかという時に、パチンという指を鳴らしたような音が聞こえてきた。



 その瞬間。



 全ての魔弾が破裂して稲光がホールを充満した。アーロ様は影響圏にいなかったので無事、従僕も服で防げた。


 これは?


 疑問に思って帝国貴族様を見るも、あちらも驚いた表情をしている。どうやら帝国貴族様の思惑ではないらしい。


「ふははははははは! 私、見参!」


 仕切りを押し倒してコールズマン伯爵がワイングラスを片手にチーズの食べ滓を口の端につけて現れた。


「んんん! 正直夢見心地だったのでうるさいなぁとしか思ってなかったのだが、よく見ると我が研究員じゃあないかね。事情はよく分からないが、仕切りの間からこそこそと様子見をしていたところ、攻撃されているようだったので防がせて貰った! 間に合ったようじゃないか! これで私の株も上がり! ……ついてはお怒りもお納めくださると信じているとも」


 ツイッとワイングラスを傾けるが中身は入っていない。しらーっとしたアーロ様の視線で脂汗を流しているが……。


 コールズマン伯爵、従僕はカッコいいと思ってますよ。


 奴隷になれる。



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