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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
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従僕7



 今日から十五歳になった。成人だ。


 成人して然して何が変わるということもないが、今日から俺には給金がつく、らしい。今まで金なんて使わなかったので、それが必要かどうかは別として。


 借金や刑期を終えた奴隷は奴隷から解放されるが、それ以外の制約のない奴隷というのは一定の金額を払えば平民に成れるらしいので、金を使うとしたらそれぐらいか。奴隷紋の無い俺は、身分奴隷というらしい。


「なんだかなあ」


「どうした、酒は口に合わんか?」


 元冒険者だというタタルクが隣に腰掛ける。手にはエール。俺も同じ物を握らされている。


 年越しの聖誕祭と俺の成人の祝いとあって、奴隷頭が振る舞われる酒とは別に酒を仕入れてくれたので、例年より遥かに騒がしい食堂だ。


 タタルクは髭面の巨漢で、そんな姿だからか仕事がかち合う事が多い。主に力を使う系の仕事だ。大瓶の水を汲んでくるだとか、巨木を運んで薪にするだとか。戦闘奴隷だから、それとは別に外の仕事もあるが。


「ああ、あんまり美味いとは思えない」


 なにがいいんだ? 美味くないよな?


「ガハハハハ! やれ成人したと言っても、まだまだお子様よ! これの良さが分からん内は、大人とは言えんな!」


 加減無しにバシバシと叩いてくるタタルクに顔をしかめて見せる。それに追従するように頷きながら、赤ら顔の女奴隷のラキが対面を陣取る。


「そう! そうらのよ! あんたぁ、まだごとも! あらしのみりょくにじづかないなんて、まだどとも!」


「……ラキ。てめーはそんぐらいで止めとけ」


「酒って飲み過ぎるとこうなるのか。やっぱり好きにはなれないかも」


 手に持っていたコップを離すと、それにフラフラと迷走しながらラキが手を伸ばしてくる。それを真顔のタタルクが横から奪い、一息に飲み干す。甲高い悲鳴を上げるラキをククレさんが引っ張っていく。


 ラキもタタルクもいつもよりハメを外しているように思える。やはり解放されるというのは、嬉しいものなのだろうか?


 仕事を始めて十年。


 解放される奴隷は幾らでもみたが、みんな嬉しそうな顔で奴隷紋の無くなった部分を俺に見せてきて、


 笑顔で去っていく。


 奴隷頭が放つ「戻ってくるなよ」というお定まりの文句と共に。


 今年はタタルクとラキが解放される。タタルクは冒険者に、ラキは村に戻るらしい。


 奴隷のままじゃ駄目なんだろうか?


「解放されるのってそんなに嬉しいことなのか?」


 わからない。


 ふと呟いた言葉だったので、返事を求めたものではなかったが、聞き咎めたタタルクが呆れた表情を浮かべた。


「そりゃ嬉しいだろうが? なんせ生き残ったってこった! 自由になれるってこった! ……まあ、てめーはここ以外の環境を知らんから、無理ないとも言えるが……」


「そうか。やはり旦那様はお優しいってことか」


 ここ以外の奴隷がどういう状況なのかは伝え聞いているので、旦那様の奴隷の扱いが良いってことだろう。親バカな旦那様がねぇ。そういえばまだ打ち首になったことはないな。


「そういう意味で言ったんじゃねえがな。まあいい。てめーも成人したんだ。なんか先のこととか考えてねーのか?」


 またか。


 こういう語り口は、解放される奴隷に多い。ジュレールが言うには、そこに希望を見た者は余裕が生まれるから、だそうだ。余裕があると俺の先が気になるのか?


「狩りが出来るようになって、毎日の食事に肉を混ぜる」


「かああああっ! なにかと言やぁそれだ! もっとあんだろ? 騎士になりてえだ、伝説の冒険者になりてえだ、そういう餓鬼っぽいのがよ。叶う叶わんは置いといてよ」


 成人したんだが?


「じゃあ、鞭で打たれたくない」


「そりゃ無理だ。現実を見ろ」


 なんだってんだ。











 今年の聖誕祭に、旦那様はお嬢様を連れていった。


 正確には奥様がお嬢様を連れていったらしいが、体面の上ではそうなるらしい。真実で言うと旦那様は激しく抵抗した。


 しかし貴族という者は貴族間の繋がりを重視して派閥を形成するらしく、その縁や国内の情勢の如何によっては、身内となることも厭わないとか。


 要するに、娘を嫁に出したり出されたり。


 その顔合わせではないが、幼い頃から社交界に出るのは慣習なのだそうだが、これに旦那様が酷く反発。もうそらえらい反発。なんせ末端の奴隷が知っているくらいの反発。終いには、娘は嫁に出さない! いやパパを置いて出る訳がない! 婿は殺すから娘が誰かの嫁になることはない! はい論破!! 必要ないー、社交界必要ないー。という発言をして夫婦水入らずの会話に発展したとかしないとか。簀巻きになった旦那様が馬車に運び込まれるのを見たとか見ないとか。


 纏めると、旦那様がお嬢様を王都の聖誕祭に連れていったということらしい。


 行ったので帰ってくるのは道理。これでタタルクとラキの奴隷紋が消えるという訳か。


 ジュレールとミドとククレさんが来年には出ていく。その後で数年したらサンシタ。ずっと残るのは奴隷頭と俺とサドメぐらいか。サドメは生きてる限り奴隷という刑期だ。本人は気にしていないが。


 なんとなく切なさを感じながら庭の隅へ行くと、お嬢様が壁を背に立っていた。


 正直、居るとは思わなかった。


 社交界デビューしたお嬢様の忙しさは増したそうで、奴隷との雑談の為にわざわざメイドの目を誤魔化してまで、この寒空の下、こんな庭の隅まで来ないだろうと思っていた。


 白いコートで立つお嬢様は、絵画から抜け出てきた天使のようだ。


「あ、従僕」


 その頭に葉っぱをつけていなければ。


「はいお嬢様」


 半ば慣習となった受け答えを繰り返し、こちらも慣習となった葉っぱ取りを行う。穴が空いてしまった茂みもサイズが合わなくなってきているのに、なんでこの穴を通ってくるんだろうか、こん餓鬼は。


「わたし、社交界デビューしたの」


「おめでとうございます」


「そうかしら? めでたいかしら?」


 これに返す言葉は「勿論でございます」と決まったようなものなのだが、お嬢様の表情はどこか浮かないものだった。だから黙り込んで対応だ。余計な一言で鞭が増えることを、俺は学んだ。


「つまんなかったわ。退屈だった。息が詰まるし、目眩もしたわ。こんなのを事ある事にやらなきゃいけないなんて、うんざり。すり寄ってくる誰々さんと交わす会話も、く、くく……痛い?」


「苦痛?」


「それよ。知ってる? わたし、今年で十歳なんだけど、後二年したら王都の学校に入るんだって。そんなの死んじゃうわ。あんな会話を毎日毎日…………バカじゃないのかしら」


 大分ストレスが溜まっているらしく、今日はいつもより多弁だ。いつもは俺のでっち上げ物語をねだられるので、どちらかと言えば俺の方が話すというのに。


 そんな気分じゃないのだろう。


「どのような会話でしょうか」


「ハッキリ言いなさいよハッキリ、って会話よ。えーと、まずは挨拶ね。ごきげんよう、とか。光栄の至り、とかなんだけど。それにいちいち、『まあ! ご挨拶するのは初めてでございますわね? 気にはなっていたのですが、一度も挨拶に来られないので、私と仲良くしたくないのかと……気を揉んでしまいましたわ』とかつけるのよ! そんで挨拶は返さないとかなんなのよ! こっちは散々練習したのよ! 仲良く? したいわけないでしょ!」


 お嬢様が荒ぶっていらっしゃる。


 割りといつもそう。


「そうですか」


「そうなのよ!」


 だからいつも通りの対応でいいだろう。


 大仰に手振りしながら右手を胸に左手を腰へ、左膝を地につけ右膝を立てる畏まったポーズを取る。そのままお嬢様へ誘うように右手を前に。顔を上げるとお嬢様は驚いていた。


「お初に御目に掛かります姫君。その美しい(かんばせ)には天界に住まう男神すら引き寄せられてしまい、その溢れ出る気品には魔界に潜む悪鬼すら道を空けることでしょう。ああ、これにお目通りが叶うなど望外の幸運。生涯の運を全て使い果たしたとしても悔いがございません。どうか、どうか出来ることならこの私めに、パーティーの案内役を務めさせて頂けたらと」


 これにお嬢様がニヤリと返す。


「なあに、それ。名乗り上げが抜けてるじゃない。それにエスコートはダンスの時よ」


 だって奴隷だし。


 お嬢様は微笑みながらスカートをチョンと持ち上げて挨拶を返してくる。


 確かカーテシーだったか?


「過分じゃない評価をありがとう、従僕の若君。ええ、もちろんよろしくてよ。わたしの前に立ち塞がる有象無象を排除して食卓までの道を作ってくださる?」


「残念ながら荷が重いようです。前門までならお送りしますが?」


「ちょっと! 演じるなら最後まで演じ切りなさいよ! それでも騎士なの?」


「いえ従僕です」


「知ってるわよ。やーよ、まだ帰らないわ。迎えも来てないし、今日はまだ一つもお話を聞いてないわ」


「そうでございますか……では――――」


 パーティーに乱入した賊を、隠れていた騎士が倒すという話をした。


「パーティーの顧客リストを手にした賊が、賊の親玉に言いました。『これで全員です』親玉が頷いて合図を出します。見せしめに一人殺せというものです」


「誰が死んだのか細かく話して欲しいわ。出来れば髪を下品に盛ってる女性とかがいいわね」


「パーティーの顧客リストを手にした賊が、賊の親玉に言いました。『これで全員です』それに応じた親玉が言います。『見せしめにそこの髪を下品に盛っている女を殺せ』」


 お嬢様の心に毒されたのか、空から雪が落ちてきた。


 溜め息を吐き出したい気分で、雪がお嬢様に当たらないように払いのけながら、迎えが来るまで話を続けた。



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