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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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従僕57



「そこのお前」


 門衛の兵士がこちらへと呼び掛けてくる。せめて他に人通りがあったのなら知らぬ振りもできただろうに。


 オドオドとしているが、実はのほほんとしてそうなアーロ様に平民はやはり奴隷じゃないんだなって思うよ。


 何を話していたんだろうか。


「ここは高位貴族様御用達の店だ。公爵家の使いだというのは本当か?」


 てめえアーロこら。


 ここで公爵家の名を出せばベレッタさんの知るところになってしまう。内密な調査がお嬢様のお望みだ。しかもこれはあくまで従僕の勝手な行動となっているのだ。無許可に公爵家の名など出せばどうなるか……。


 首が飛ぶのだ。


 知ってる。


 アーロ様には悪いがここは惚けさせて貰おう。わざわざ店の中に入る必要はないのだから。どこか目立たない場所で待って、店から例の人物が出てくるのを待とう。


「いえ、私は……」


「ああ、そうだ」


 俺の発言を遮ったのは、先程からこちらをジッと見ていたもう片方の門衛だ。警戒しているのだろうと思っていたが、どうやら違ったらしい。


「確か……ほら。今年入学の公爵家の方についている近衛様だ。最近、何かと噂になっていたから俺も見に行ったことがある。学舎の入り口で、馬車の扉を主の為に開けていたのを見た」


「……本当か?」


「ああ、間違いない」


 間違っているのはこの状況だろう。


 確認を取る門衛に、それを確かと頷くもう片方の門衛。嫌な空気だ。


「失礼しました! どうぞ、お通りください」


 左右に別れる門衛。


 何か中に入る流れなんだが……。ここで断って離れていっても問題ないだろうか。もしやなんらかの悪評に繋がるなら避けたいところだ。


 だって公爵家ってバレているし。


 ヒンヤリと首を撫でる感触は、むしろもう慣れて久しくなってきたところ。そろそろ本当に職を辞することも考えないと。いつまでも繋がってくれているとも限らない。


 仕方なしと黙礼をしてアーロ様と共に店内に入る。


 最初は狭い通路を歩かされた。向かいから誰かきたら、間違いなくすれ違えない狭さだ。貴族様相手にこの狭さはいいんだろうか。


 一本道の通路では誰に合うこともなく、突き当たりに自動で開く扉をくぐった。


 途端に明るく広い場所に出た。


 ホールの真ん中では貴族様方が談笑している。仕切りがセットされたソファーや別の部屋への扉なんかが端の方にある。丸く囲われたバーカウンターに、料理が並べられたテーブル。想像の中のパーティー会場がこんな感じだった。


 貴族様向けの店というのは……成る程。


 場違いだ。


 即座に踵を返してしまいたいが、扉の横に控えるメイドに躊躇いを覚えてしまう。既に入店したのに直ぐに帰るってやっぱり失礼に当たるのだろうか?


 いらっしゃいませの言葉もなく、ただ粛々と頭を下げて目線を合わせないようにするメイドにプロ意識を感じる。黒肌のスキンヘッドの方が馴染み深いなんて思ってしまった従僕はお嬢様に染められてしまったのか。


 黒と白のメイド服を着たメイド。黒いベストを着たボーイ。


 貴族様の間を然り気無く歩き回りご要望に応えている。


 一人テイクアウトしてお嬢様の面倒を見てはくれないだろうか? 見てくれは天使ですよ? という口説き文句で。


 後退できないので進むしかない。アーロ様がやらかさないように注意して前に。


 とりあえずはバーカウンターを目指す。あそこなら然り気無さを装える気がする。


 ドリンクを盆に載せたボーイに片手を上げて断りを入れる。どう見ても酒だ。従僕の後ろをついてきているアーロ様が物欲しそうな目をしていたのを察知して近づいてきたのだ。お前まだ十二か三だろうが。


 そういえばお嬢様も前に一度飲みたがって……従僕が苦労したなあ。もしかして魔術師の卵ともなると、学術的な興味なんかで欲しがったりするのだろうか。


 子供が全般そうであるとは言えないだろう。だって俺は欠片も興味が湧かなかった。


 カウンターについて度数の高い酒の瓶に注目しているアーロ様を見ていると、もしかするとお嬢様という人種だけそうなのかもしれないと思う。


 もうアーロ様が女性に見えてしょうがない。どうやって切り出して訊けばいいのやら。


 あなた女性ですか? とこう。


 危険だと培った『お嬢様センス』が囁いている。思い出すのはおどろおどろしい杖でのスイングだ。止めておこう。


「デドの実の絞り汁を二つ」


「畏まりました」


 アーロ様が何か飲みたそうなので先んじて注文しておいた。あからさまにガッカリしないでほしい。あんた自分の役割を忘れてないか?


「それで、アーロ様。どちらの方が……」


 それでも嬉しそうに絞り汁を飲むアーロ様だったので、飲み終わるまで待ってから訊いた。いつぞやお嬢様にもお酒と偽って薬草茶を出したことがあったな。今のアーロ様と似たような表情をされていた。


 お嬢様が成人した暁には、従僕は姿を眩まそうと決意したものだ。


 予定は早まるかもしれない。


「……うぅ、おいしくない……」


 今の従僕の状況だろうか? そんなの知ってるわ。アーロ様は制服なのでともかく、従僕の格好は微妙な物なので目立つ。制服でもなく、貴族様の私服ほど豪華でもなく。


 ああ、早く帰りたい。


 しかめっ面のまま周りを見渡すアーロ様。ようやく役割を思い出したのか、飲み物を残して早く出て行きたいのかは不明だが、従僕としても同じ気持ちなので問題はない。


 今日のところは顔の確認だけで一先ず退散といこう。


 これで個室に籠られているか、あの仕切りの向こうで談笑されているかだったらお手上げだったのだが、その心配の必要はなかったようで。


 アーロ様はまたも躊躇なく指を持ち上げる。


「……あ。あれ……です」


 ……本当に指差し止めてくれ。しかもあれて。


 咄嗟に指を掴んで下げさせる。素早く指差した方を確認。後は帰るだけだ。


 アーロ様が指差したのはホールの真ん中で談笑している貴族様だ。金髪の髪を五分分けにして垂らしている美丈夫。背は従僕より少し低く、赤い瞳をしている。青と白の豪華な服を身に纏い、同じく制服ではなくドレス姿の婦女子に囲まれている。


 私服であるのは問題ない。問題はそこじゃない。


 バッチリとこっちを見ていたことが問題だろう。


 柔和に笑っているが……。


 今の、見ていたかな?


 とりあえず笑っているのだ。こちらも笑い返しておこう。


 スッと目礼も入れておいた。するとどうだ。相手も仕方ないとばかりの苦笑を浮かべたではないか。



 そして突如として飛んでくる魔弾。



 青白く光る弾はパリパリと何処かで聞いた音を立てながら――――アーロ様を目指している。


 咄嗟にアーロ様のローブを引っ付かんで床へと身を投げ出す。するとこちらに合わせるようにして進路を変えてくる魔弾に舌打ちが漏れた。


 聞かれてませんように!


 目を白黒させているアーロ様を抱き寄せて胸の内に庇う。渇いた木材を踏み潰すようなバリバリという音と共に背中に衝撃が走るが、服を少し焦がしただけに留まる。こう見えて従僕の服は魔獣素材で出来ている。体を内側から焼かれるなどの例外でない限りは大丈夫だ。


 鞭を一発貰った程度の衝撃だ!


「賤しいネズミが紛れこんでいるようだ……。まさか許されると考えてはいまいな? 貴族を指()()などと……。本来なら我が杖は下賤へ向けるものではないが、これが誇りを汚されたとあっては仕方あるまい」


「お許し頂けないでしょうか? そのようなつもりは毛頭ございませんでした」


 多分。前髪を引っこ抜いてみるので勘弁頂きたい。


「ならんな」


「どうか御慈悲を」


「くどい」


「そこをなんとか」


 あ、やべ。


 サッと血の気が引くこちらの表情とは裏腹に、増々と笑顔を強める伯爵だが侯爵だか。


「平民の分際で取り立てられたからと自惚れたか? 直答が既に不敬」


 一秒の間を置いて、先程と同様の青白い光球が金髪の周りに浮かび上がる。


 その数は十。


 半端ない。


 アレンの病気が移ったのか? 直前にお嬢様と重ねたからか? なんで助けちゃったかな……。最近はわからないことだらけだ。今わかっていることは一つ。


 状況は最悪。


 お嬢様、交渉の余地が無さそうです。



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