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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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従僕54



 数日の攻防の後に、翻訳が終わった。


 あからさまに増えていく紙束は無視させて貰った。いや終わらないから。翻訳している量より増える量の方が多いなんて隠す気ないな前髪。


 それでも無視されている事は理解したのか、その次から翻訳中の紙束の中にさりげなく混ぜるという手段をとってきた。お蔭で翻訳の前の選別という一手間が加わったのだから堪らない。


 一枚置きに別の神期言語が書かれた紙を混ぜる。書きかけの翻訳途中の紙をすり替える。ごっそりと別の翻訳して欲しい神期言語の紙束を置いておく。さも前からそうであったとばかりに床に穴を空けて紙束を続かせる、等。


 最後のは学園から怒られたりしないのだろうか。


 ことごとく無視して初日に置かれていた分しかやらなかったら、昼の休憩時間にやってきて時間ギリギリまで隣に座って見つめ続けるなんてこともやられた。


 当然、無視した。


 そして今日。


 アーロ様の研究室に置かれていた分が終わり、『奇人街』にあるという研究機関の神期言語の蔵書の翻訳のみとなった。お嬢様から許可を得て向かっている。


 シュッシュが閉店撤退するまで後二週間といったところ。このまま時間切れになってもおかしくない進み具合だ。もうそれでいいのではとも思う。


 しかしお嬢様の機嫌が思わしくなかったので、従僕はその意見を控えた。


 そろそろ限界なんだろな。


 ベレッタさんの締め付けがキツいのと、出来れば今日の『奇人街』の研究室訪問に一緒したかったのだろう。好奇心が湧けばドラゴンの尻尾だろうと踏む方ですから。いや生ぬるい。「ブレスってなんで火が出るのかしら?」と口を覗こうとする方だ。もちろん、口が閉じないように支えるのは従僕だろう。


 ……ブレスかぁ。耐えれるかなぁ、俺。


 そんな未来がこないようにと願わずにはいられない。


 きっと信心が足りなかったんだ。次はちゃんと洗礼を受けてタリスマンを得て教会で信者になろう。なんせアレンの手も俺の傷も治ったのだから。奇跡はきっとあると信じなければ降りてこないのだ。


 食前の祈りだけでなく就寝前の祈りもやるようにしよう。


 だから神様。お嬢様がこれ以上やらかすことは……何卒、何卒ありませんようお取り計らいください。


 道端だが祈ろうか? そんな事を考えていたら、以前見掛けた解体屋という店から叫び声が聞こえてきた。


「い、いやだあああああああああああ!」


 神よ。


 ……いやいや、偶々だろう。


 そう、偶々。きっと解体屋の息子か何かが解体屋を継ぐのを嫌がっている現場に居合わせたとかそんなとこだ。あと静かになった解体屋から急に血の臭いが漂ってきたのも、きっと親子の肉体的なコミュニケーションで鼻血が出たとかだろう。あるある。俺も奴隷時代はよくアレンとかジョシュアとかに鼻血を垂らさせたもんな。


 しかし一応祈っておこう。


 尊い命が今御下へと……じゃなかった。神様、そんなこと言わずに。


「……あ、の。……なに、やってるん……ですか?」


「弔いを」


 こそこそと近寄って来ていたアーロ様に振り向かずに答える。祈りの方が大事だ。さ迷える魂になったらどうするのか。


 お嬢様が飛びつくぞ?


 しかしそれも血臭が酷くなってきたので、アーロ様を引っ張って足早に離れることとした。


 見てはいけないものは見ない。それが奴隷だから。


 見せてくるのがお嬢様だけど。


「……あ、ここで」


「はいアーロ様」


 地図を渡されていたのでシュッシュと近いのは知っていたが、通りを挟んで一本なら成る程。その近況が耳に入ってきても可笑しくない立地だ。


 どういう状況でどういった訳でどんな貴族様がシュッシュを閉店撤退へと追い込んでいるのかが聞けそうではある。


 しかし……。


 『奇人街』という立地のせいなのか、はたまた研究している内容故か、案内された研究室は小さいものだった。まだここに来る途中の他の店の方が大きいだろう。


 しかもボロい。


 扉は木製で年季を感じる。石造りの四角い建物……というか小屋だ。塗装が剥げて下のレンガが見えている。奥行きもないようなので……本当に小屋に見える。ここが貴族様がやっている研究機関の研究室だと……言われても信じられない。


 というか怪しい。


「あ……どうぞ」


 本当にグイグイ行きますねアーロ様。その見た目と積極性のギャップはどうにかなりませんか?


 一応錠はついていたのか、アーロ様の手には鍵が握られている。


「それでは……失礼します」


 アーロ様が扉を抑えている前を通って研究室へと入る。


 研究室は暗かった。採光をしていないのか……そもそも窓がないようだ。


 しかし入り口の光から真ん中に置かれたテーブルの上で誰かが仁王立ちしているのは分かった。アーロ様が入ってきてガチャリと鍵を掛けた音が聞こえてきた。


 室内は真っ暗になった。


 それでも気配で相手の輪郭なんかは分かる。アーロ様が何も言わずに俺の隣に並ぶ。


 そして突然のライトアップ。


 照らし出されるテーブルの上の人物。


 不敵な笑みを浮かべる男性で、緑色の長い前髪を横に流して視界を確保している。そして珍しいことに色のついた丸眼鏡を掛け、白い……ローブ? マント? 見たことのないデザインの白い服を着ている。


 魔術で光源をとっているのだろう光の球が天井に浮いている。


 おもむろに、しかし緩急をつけて指を突きつけられる。どこからかズビシッという音が響いた。


 これも魔術なのだろう。


 どういうことかとアーロ様に視線で問い掛けるが、アーロ様の瞳は何も映しておらず無表情で諦めが場を染めていた。


 馴染み深い雰囲気だ。


 従僕の目だ。


 ということは……。


 再び視線をテーブルの上の人物へと向けると、それを待っていたかのように口を開いた。


「ふはははははははは! よぅーっこそ! 我がけんっきゅぅううううううしつへ! 汝! 力を理解と求むる者ならば!」


「この人はコールズマン伯爵。こう見えて拝領している立派な貴族で六年生デス死ね。この研究機関を立ち上げた本人でトップで変態なので死ね」


 コールズマンと呼ばれた貴族様の台詞に被せるようにアーロ様が喋り出した。それはいつものアーロ様らしくない言い方で、言葉が口から垂れ流れているようでした。


 しかし相手は貴族様ですよ?!


 アーロ様の言葉を受けてコールズマン伯爵は、片手をワキワキとさせ残る片手で己が頭を掴んでフリフリと振って笑い出した。


「ふははははははははははははははは!」


 すげぇな、貴族。



定めなのです

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