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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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従僕52



「つまりあの前髪がうっとうしい子が、立ち退き要求してる奴だったの?」


「ああ、それは違います」


 お嬢様の寝室で、報告をしろと言うのでこれまで従僕が集めた情報をご報告中だ。


 もちろん、ベレッタさんの事もリアディスさんの事もチクった。見たもの、聞いたことを報告をしろと言われたので仕方ない。


 ベレッタさんの密告要求も、リアディスさんのお菓子のチョロまかしも、お嬢様は大変嬉しそうに聞かれていた。いや、ほら。従僕は悪魔と契約しているので……。


 そういう人を信じる時点で諦めて頂きたい。


 こんな従僕ですいません。


 本命であったシュッシュの撤退に関する報告を上げている間も、お嬢様はご自分の意図や要求を話されることなく大人しく聞き役に徹していた。自分から何か言い出さなければ、それは従僕の自由意志での行動ですもんね。ベレッタさんへの報告にも載りませんしね。


 くそ餓鬼かな?


 ちなみにベレッタさんやリアディスさんはお嬢様の学用品や日用品の買い出しの為に留守にしている。


 これは、学用品の買い出しと偽って大量の金貨を持ち出されたお嬢様への対応策となっているので断れない。だって実際に使われた使い道が逃亡奴隷の欠損の治療と近衛だけど平民の治療というのだから頭の痛い出費だ。


 従僕を使えばお嬢様の意志が混じるのでダメ。なら寮のメイドを使えばいいのでは……という従僕の考えもダメだそうだ。どこの息が掛かっているか分からないメイドは使えないから、ご実家から態々連れてきているというのに、とのこと。


 お蔭でお嬢様は邪魔者がいない時間を手に入れました。ここまでが計算されてのものならお嬢様は悪魔なんてもんじゃありません。


 くそ餓鬼だ。


 お嬢様はベッドの縁に顔を向けてうつ伏せに寝転がり、腕を枕に足をパタパタとさせている。ベッドの横には従僕が運んできた小さな丸テーブルが。その上にゲームボードを設置して、ボードに載った駒を手に取って動かしている。


 なんでも紳士淑女の嗜みとして流行っているらしい戦争盤(ボード・ウォー)というゲームだ。あの纏わり付いていた小娘どもに聞いたらしい。


 この対戦相手を仰せつかりながら、今回のご報告となった。


 従僕の立ち位置はお嬢様の斜め前で、ボードを見下ろしながらのゲーム参戦だ。


「ふんふん……じゃあ関係者かしら? それとも喫茶店の従業員?」


 お嬢様が考えながら一手打つ。


「どちらでもございません」


 お嬢様の差した駒を従僕の駒が取る。


 お嬢様の眉がやや寄る。手加減無しとの仰せだったので。


 どうしろってんだ。


「じゃあ、なぁに? なんで『歴史』は『前髪』と一緒にいるのを納得していたの?」


 お嬢様はいい手を見つけたと端の方の駒を走らせる。それは本筋から離れた手だと思う。


 有効的じゃない。


 従僕は勝利を目指そう。


「歴史の担当教員様は、あまり『奇人街』にお詳しくなかったようでして。どうもアーロ様は『奇人街』にも研究室を……正確にはとある魔術を研究している一派に属されているとかで。そのお蔭で『奇人街』に詳しくなったアーロ様は交渉したいと言っている喫茶店について知っていて驚き、教員様は『奇人街』に詳しいアーロ様を伴っていたことに納得された、ということです」


 従僕の打った駒をお嬢様が口をへの字にして見つめる。そうですね。お嬢様がやろうとしていることに、その駒は邪魔になりますね。


「なにに驚いたのかしら?」


 潰れて当然の店を存続させたいと知ってじゃないですかね?


 お嬢様が仕方なしと従僕の打った駒を取る。


「わたし、前髪嫌いかも」


 散髪すれば?


 容赦なくお嬢様の王に詰め寄る。


 一手無駄にするからそうなるんですよ。


「むう」


 お嬢様がチロリと見上げてくる。何が言いたいのか全くわかりませんね。


「いじわる」


 知りませんでした?


 真剣にボードを見つめていたお嬢様が意を決して王を掴み取った。


 ――――そして駒を盤外へ。


 これでお嬢様の負けは無くなりましたね。バカか。


「これは、バンカイの一手というのよ」


 お嬢様に濁る点はないらしい。濁りきってますもんね。真っ黒。見ようによっては純粋。


 その澄ました表情からして、掟破りであることは理解しているようで。


「従僕の番よ」


 勝ちのなくなった従僕は盤面を見つめながら報告を続ける。


「アーロ様からシュッシュに関する情報を得る為に出された交換条件が、神期言語の解読となっていまして……」


「そう。ならそうしてあげて」


 どれだけあると?


 ここらで諦めませんか? という従僕の意見は通じなかったらしい。ちくしょう。


 いいや、まだだ!


「学舎の研究室にある碑文の翻訳なら、お嬢様が授業を受けている間にもできるのですが……。どうやら『奇人街』に置いてある方も条件に含まれているようなので……」


 そんな時間が従僕には、ね?


「……ふんふん。じゃあ、わたしが寮に帰ってからの時間を従僕の『自由』時間にしてあげる。それなら学園が終わってから奇人街に行けるわ」


「左様でございますか」


 まるで我が意を得たりとばかりにニッコリと笑って――――。


 従僕は自らの王をお嬢様の駒へと差し出した。


 知ってたよ。お嬢様に勝てないことぐらい。


 タイミングよくノックされる扉にお嬢様が許可を出す。


 帰ってきたベレッタさんがいち早く主人の下に顔を見せにきたようだ。そこでチラリと従僕を見つけては眉を潜める。


「……お嬢様。あまり寝室で男女が二人きりになるのはよくありません。近衛であろうともです」


「ゲームの相手をしてもらっていたの」


「よろしければ私がお相手を務めますが?」


「ほんと? じゃあ、お願い」


 嬉々として駒を並べ直すお嬢様。お役御免となった従僕は部屋に入ってきたリアディスさんと共に壁際に待機だ。


 ちょっと興味深い一戦だ。


 隣のメイドもそう思ったのか、もの珍しげにゲームボードを見ている。


 なにせこういう遊びにベレッタさんが参加されることは全くと言っていいほどないから。


 しかし見た目から圧倒的に知的な雰囲気を放っているベレッタさんに誰かが敵うとは思えない。ベレッタさんに報告をする際には、黒い羽と尻尾を生やしてデフォルメされたお嬢様がケケケと笑っている様を幻視するが。


 そういうゲームとは使うところが別だから。


「手加減はナシよ」


「畏まりました」


 誰にも最初はそう言うんですよね。


 シメちゃってください。



 十分程経って。



 酷く残念な表情のお嬢様と…………目をグルグルと回して汗を掻くベレッタさんがそこにはいた。


「ベレッタ、よわい……」


「うっ」


 その一言が全てを物語っていた。


 なんというか……恐ろしく弱いのだ。それ以外に言いようがない。それを動かしたらあれが取られるよ、とか。そこを空けたらあれの通り道が出来ちゃうよ、とか。


 態とかと心配になるような一手ばかりなのだ。


 普通なら主人に勝ちを譲ろうとしているのかと考えるのだが、ベレッタさんの反応がそれを否定している。お嬢様もそれに気付き不満から困惑へと表情を変化させ、最終的にはちょっと心配になっている。


 なにせこれで二局目なのだから。


 いくらなんでもあんまりだろう。


 何とも居たたまれない雰囲気の中、ゲーム終了を迎えた。これ以上、幾らやったところで楽しめるものではないからだ。ゲームって本来は娯楽である筈なのに……。


 今後のあれこれが不安になるような未来を現した一局とならないことを祈るばかりだ。


 いい加減聞き届けてくれていいと思う。


 ああ神様、勘弁してください。



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