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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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従僕50



 主人に引っ付いていない近衛というのは、学園の中では当然のように存在する。割合でいうなら、そちらの方が多いので実は主流派だ。


 外的な勢力から主人の身を守るというよりも、内的な勢力への力の誇示が主な理由だからだろう。ベレッタさんが言った鎧であり剣であるという例えが、最近になって理解できてきた。


 理解したくなかった。


 学園の警備は万全とも言える魔道具と兵士、ついでに屈強な魔術が使える教師陣と揃っていて、砦のような外壁と相まって一国の戦力でも中にいる誰かを傷つけることは容易くないのではないかと思えるほど。実際に有事の際はここに立て籠ることも考えて設計されているとのこと。


 なので主から離れる近衛は多い。離れた近衛の主な活動は、鍛練であったり他勢力への牽制であったりと忙しい。


 今やいなくなって久しいが『伝説の二人』のような貴族様がいないとも限らないからだろう。それが抑止力になるのなら近衛の仕事としても間違っていない。


 ただし決闘は勘弁な。


 貴族様は決闘に誇りを賭けるそうだ。平民はどうするのかな? 埃でいいのかな?


 敗れた方は飲まされる約定に金銭の支払いなどで命を繋ぐんだとか。平民は?


 近衛付きは伯爵家以上を表しているため、家格の高さから迂闊な動きを封じているところもあるのだろう。レファイアス様も伯爵家以上には慎重な言動を取っている。子爵家以下の子分は多いが。


 だからお嬢様の下を離れても平気なのだが、これでなかなか従僕が離れる理由もないというのだから……。お嬢様が未だにどの派閥にも身を置かれていないのも一因だ。


 しかし今回は主の命令なので問題ない。あー、お嬢様にお仕えしていたいけど仕方ない、仕方ないなぁ。


 正直、年下の娘どもの後ろをついて歩くのにはゲンナリしていた。お嬢様に男性の貴族様が近寄って来ない理由もこれだろう。


 命令を受けて浮き立つような気持ちが湧いてくる……これが忠誠の喜びか。あばよ、くそ餓鬼ども。


 ひゃっほう。


 幾分いつもの微笑よりも笑みを強くして、未だにキラキラとした瞳でお嬢様の後ろ姿を追いかける前髪様に話し掛ける。あれは止めておいた方がいいよ?


「お初にお目に掛かります。シェリーお嬢様の近衛を拝命しているジークと申します」


 まずは自己紹介だ。そもそも前髪様の名を知らない。荷物を両手で抱えているので目礼でペコリ。優秀な方なのだろうが貴族様じゃないというだけで気が楽だ。


「…………え? あ…………あっ。……あ、あの……」


 あ、そういえばとばかりに視線を向けてくる前髪様。しかし直ぐさま視線を外し、再び合わせる。外したり、合わせたり。次第に顔が赤くなっていく。


 忙しいな、おい。……いや、そうか。


「失礼しました。私の身分は平民となっていますので、緊張されずとも良いですよ?」


 良いこと言うなぁ、俺。思わずニンマリ。


 しかし益々と赤くなり手をバタバタと振る前髪様。より重症に。なんでだよ。


 仕方ない。名乗りを聞くことは諦めて話を進めるとしよう。


「ところで、これはどちらまで運べば?」


「あ…………だいっ! その……ボクは……」


 ダメだこれ。クラスでの自己紹介の時はまだマシに思えたが……。そういえば自己紹介の時は生徒の方に背を向けていたなぁ。


 人見知りの激しい方なのかもしれない。


「こちらでよろしいですか?」


 とりあえず歩いてきた方向から予測した方へと足を進める。


 それにブンブンと勢いよく頷く前髪様。パタパタと駆けてきて隣に並ばれる。身長は従僕よりもお嬢様に近い。しかしこの年頃ならそんなものだろう。俺も昔は背が低かった……多分。あまり覚えていない。


 チョコチョコと歩く前髪様に昔を投影……は出来ないが、もし年下の奴隷が入ってきたらこんな感じだったのかも、なんて思う。いなかったからなぁ、年下。天使の皮を被った方以外。


 もし年下の奴隷が入ってきたなら、初の後輩だ。しっかり仕事を仕込んだだろう。まず朝食の仕込みを手伝って爺どもを起こして配膳。それから水替えに馬の世話に繕い物に畑の手伝い。倒れている奴隷の回収に仕事を代わって鉱石の箱詰め。休憩という名の悪魔の相手……。


「あ、あのっ!」


 ……おっと。どうやら行き過ぎたようだ。振り向くと曲がり角で前髪様が手をブンブンと振っている。


 今度は気を逸らすことなく前髪様の誘導に従ったのだが、一度道を外れたせいかこちらをチラッと見ては赤面して視線を外すという工程が加わってしまった。


 ごめんなさい。


 到着した場所は、随分と学舎の端の方にある塔の一角だ。


「……ど、ぞ」


「失礼します」


 鍵を開けてくれた前髪様に促されて部屋に入る。結構広い。


「こちらのテーブルで……」


 よろしいでしょうか? と言おうとしたのだが……視界の端に入ってきた意外な物に言葉を途切らせてしまった。別の部屋への扉が少し開いていてベッドが覗いていた。


 ……まさかここで寝泊まりしてらっしゃる? いやそんな……。


「……あ……あ」


 テコテコと歩いてきてベッドの置いてあった部屋の扉をパタリと閉める前髪様。もう、手の先まで赤い。


 得意魔術は火系統かな。


 気まずくなってしまったので、何か別の話題をと周囲を見渡す。そうですよね、男子寮は女子寮より遠いですもんね! 仕方ありませんよね!


 物珍しい器具や素材があるなかで、目についたのは一枚の紙切れ。


 懐かしい。神期言語だ。


「『如何なる(わざわい)も、その矛先を曲げ、如何なる福も、届くこと叶わず。常から離りては、永久(とこしへ)に交わらぬ…………』」


「読めるんですか?!」


 おっと。誰かな? 前髪様によく似ておいでだ。


 瞬く間に距離を詰められた前髪様は、今までの会話はなんだったのかという程に積極性を見せられた。


 具体的には俺の手を掴んで引っ張り、何かを記した紙の束が載ったテーブルを指差した。


「とりあえずこちらにあるのは全部神期言語で纏めてあるんです。解読をいつかしようと思ってたのでラッキーでした! というか法則も解法も全部デタラメな神期言語を読めるんですね? もしかしてどこかの遺跡に潜ったりしていましたか? あ、ディーダハル遺跡(ダンジョン)で見つかった最新の神期言語の解読ってお願いできますか! できればボクも読めるようになりたいので解き明かした法則性なんかを……もちろん有料でかまいません! シブライが残した解法とキエイマの翻訳の違いが学術会で問題になったじゃないですか? そもそもの、綴りに法則性がある、という解釈自体が間違っているって。でも一部の意味は通じるじゃないですか? ボクが考えるに複数の言語体系が交わりあって存在しているんじゃないかと……ええ、サマナ異説です。でもこれにはちゃんと理由があってですね」


 グイグイ来る。そんなに引っ張られてもテーブルと融合はできません。見てます、大丈夫見てますから。あと、体の大きさ的にその隙間に従僕は入れませんよ?


「そうです。神代の時代に存在した言語から、考えられるということです。確かに荒唐無稽かもしれませんが、可能性の一つには間違いないじゃないですか? ありえたんです。言語が証明の一助足り得ます。否定するために間違いを組むなんて信じられませんよ。あ、別に他の説を否定してる訳じゃないですよ? ただ異説ってつけるのはどうかと……」


 ニコニコと説明されていた前髪様が振り返り、ようやくテーブルの角に引っ掛かっている従僕に気付かれた。


 良かった。


「あ……その、ボク……アーロって、言います」


 良くない。


 もしかして今更自己紹介だろうか? 一先ず手を離すか、その細い隙間から出てからにして欲しかった。



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