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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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従僕48



「クロの選択というのは選択式の……」


「そのような事を訊いているのではありません」


「失礼致しました。それでは、その……どのような?」


 困惑したような顔で、声で、どうしたらいいのか迷っている雰囲気を出す。ベレッタさんはキッチリとしたタイプの方だ。奴隷でいうならジュレールタイプ。こういう言い方をすれば曖昧な質問で答えを引き出すような問答から、具体的な正解を望むものに移行してくれるだろう。


 それと気付かずに。


 従僕の困惑が伝わったのか、己の中で考えを纏めるように口に手を当てるベレッタさん。演技だとバレないようにしなくては。


 やがて聞きたい事が纏まったのか、ベレッタさんが口から手を離す。


「……お嬢様は何故、あの物語を聞きたがったのですか?」


 それは大丈夫な質問だ。


「本当のところは私めなぞにはわかりませんが……お嬢様があの物語を聞きたがる時は、大抵物事がご自分の思うようにいかなかった時にございます」


 今回が初めてですけど。


「ああ、それで……」


 納得しかけるベレッタさんに従僕は辛抱強く待つ。あまり突っ込まれると危ないとわかっているのでハラハラしっぱなしだ。受け攻めを幾つか用意しておかないと……。


 ベレッタさんの瞳が強く光る。


 ほら来た。


「……お嬢様とあなたが予め決めていたサインという訳ではないのですね?」


「え? あ、失礼致しました。そのような事はございません」


 これが自然な反応の筈。即答するのも間を空けるのも、どことなく怪しさが残る。予想外のことを聞かれて思わず声が漏れたという態で。ここまで貴族様に接する言葉使いだったのに素の反応を返したことで、その事がより強まるだろう。首を刎ねられる程じゃないが、鞭を打たれるぐらいには失礼なものだが……。


「……そうですか。ここでの報告に嘘はないと誓えますか?」


「何なりと」


「それなら神と主に誓いなさい」


 本気かな? 


「主神と主人の御名に於いて、虚偽の報告をしていないと誓います」


 これは最上位のそれだと習った。懸けるのは魂と命だと。本当に俺が嫌いなんですね。


 心臓の上に手を当てて宣誓する従僕を、ベレッタさんは油断なく見守る。


「……よろしい。もう行っても構いません。ああ、この事をお嬢様に伝えても構いませんが、訊かれてもいないのに喋ることはありませんよ? 多弁は銀、沈黙は金と覚えておきなさい」


「はい。それでは失礼致します」


 表面上では涼やかに退出したが、内面では酷く汗をかいていた。


 自然と誰もいないリビングを通り抜ける足が早くなる。


 自室の扉を開けながら、今のやりとりを反芻する。


 ……大丈夫だ、嘘はついていない。って、それで済む筈がないのだ。事が露見した日には、ベレッタさんのお怒りは目に見えている。


 ()()()()()()()()()()喋っていないのだから。


 多弁は銀、沈黙は金、しかし石ころを金に変えれる術があり、だったかな?


 ……なんだかんだとサドメの話術は役に立つ。公爵邸に帰る時には土産の一つでも持っていかなきゃなあ。しかし今でこそ終身奴隷の身の上だが、あいつが気ままに外の世界をうろつき回っていたことに脅威を感じる今日この頃だ。そもそも貴族家のご令嬢に手を出して極刑を免れるって……。


『言葉は最も簡単で難しい魔法さ。だから取り扱いには気をつけなきゃならない。なーに、ビビるこたない。活かすも人生、転ぶも人生だ』


 楽しそうに酒を飲むサドメ。もしかして自分もそのルートに乗ってないだろうか。貴族様を上手いことやりこめ……れないルートに。


 こんなことなら終身奴隷となった話を聞いておけば良かった。奴隷落ちで済むならそれでいい。


 むしろそれがいい。


 どこか現実逃避するようにそんな事を考えながらも、着替えを持って部屋を出るというルーティーンをこなしていた。


 なにせお嬢様の命だ。今日は湯を貰うのではなく、サウナに入る必要がある。


 食事は出来たら取る、でいくべきだろうな。飯抜きかあ。


 なるべく長く入って、なるべく多くの人から話を聞く必要があるのだから。


 そう。


 クロの選択、などという物語は無い。


 俺の話す物語は全て自作のでっち上げなので、無いというなら全部無いのだが、そういう話ではなく。


 過去にお嬢様に語った物語の中に『クロの選択』なんて話はないのだ。


 しかしクロという人物が出てくる物語は存在する。


 他国に捕まった英雄を救うために裏で動くスパイが、そういう名だった。名付けは適当だ。


 英雄が困難を知恵で乗り越えるという変わった話なのだが、お嬢様はサポートで出てくるスパイの方がお気に入りでした……。


 そのスパイの癖というか、行動を起こす時の手順というか、何かをする前に必ず頭の中に選択肢を思い浮かべてそれを選ぶといった事をするのだ。


 ベレッタさんが聞いたクロの選択に出てくる選択肢や物語は、お嬢様がどれを選んでも同じオチとなるようにした。選択肢の中身も、それだけで主従が意思の疎通を図っているとはわからないようにしてある。重要なのは選ばれた番号だ。


 これを元の物語でクロが思い浮かべていた選択肢に当てると……。


 情報収集、金、買う、といったものになる。


 正直、細かいニュアンスなんかは覚えていない。この話をしたのは七、八年は前だ。覚えているお嬢様の方がどうかしている。


 クロの物語、なんて言葉が出てきた時は二つの意味でヒヤリとした。お嬢様が何を望んでいるのかがわかったから。髪を指に絡ませるのは悪役の姫が出した合図だった筈ですが?


 大変よくお似合いでした。


 意訳すると『こっそり情報収集して金で店を買え』といったものになる。


 ……お金はどうやって稼ごうか。公爵家に頼るとバレてしまう。となると出すのは従僕ということになると思うのだ。


 …………平民の方が稼ぎがいいと聞いていたんだけどなぁ……。出てく方も奴隷の比じゃないという意味だったのかなぁ……。


 そこら辺は時間を作ってお嬢様と相談する必要がある。もし「どうにかして」とか言われたら身売りしようと思う。主の許可もあるし構わないだろう。


 勿論これは全て従僕の妄想である可能性もある。予め決めていた合図(サイン)なんかではないし、即興に過ぎるというものだし。


 しかしお嬢様なのだ。


 凄いパワーワードだ。これに比べたらサンシタが知っていた古代魔術言語の一節も色褪せる。


 男サウナ室についた。脱衣場に入るとカゴは一つも埋まっていなかった。誰も入っていないらしい。服を丁寧に折り畳んでカゴに入れ、手拭いを持ってサウナ室に入る。焼石に軽く水を掛けて端の方へ座る。


 五分程して扉が開く。


 入ってきた人物に軽く頭を下げる。


「お、近衛さんじゃねーか」


「近衛は止めてくださいよ。こんばんは、ネガーさん」


「おう!」


 手を上げて応えてくるのは、頭の真ん中が禿げ上がった腹の出たオヤジだ。ここの料理長を務めているネガーさん。こういう体型は奴隷にはいなかった。料理はククレさんや女奴隷がやっていたが、やっぱり料理人となると違うようだ。


 いい物を食べている! と全身で表しているのだろう。


 俺の情報収集となると基本こうなる。


 貴族様相手でも問題ないのだが、平民の方が情報の集まりはいい。


 気も楽だし。


 さあ頑張ってお嬢様が納得出来る情報を集めるとしよう。


 できれば全部従僕の勘違いであって欲しい。これが全くの徒労でも従僕は構いませんよお嬢様。



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