表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
59/99

従僕47



 お嬢様がご就寝なされたら、そこからは仕える者達の時間となる。


 メイドや近衛はこの間に食事や入浴を終わらせて眠りにつく。この時にも当然だが身分による早い遅いが存在する。近衛なんかは身分の上下が激しいため、メイドより早く食事をするどころかメイドに食事を用意させるところもあるようで……その存在の重要さがわかるというもの。


 例え男爵家出の近衛だろうと呼ぼうと思えば寮で働いている平民のメイドを呼べるのだが、そこはプライドなのかなんなのか側仕えのメイド以外を呼ぶ貴族様というのは滅多にいないらしい。


 女子寮の話であって、男子寮と騎士寮ではまた別かもしれないが。近衛が住む騎士寮なんかはもっと危なげな話も聞くし……。


 しかし我々はそういった事と無縁であった。


 部屋が分けられているのが大きい。


 仕える者用の部屋に専用のキッチンや浴室が連なっているので序列や格付けでその順番が決まるのだが、俺に与えられたのはリビングに繋がる本来なら物置に使用される個室であるために、そういう目に合う事がなかった。


 そこそこな広さだと思うのだが、貴族様には耐えられない広さだという。


 食事は部屋に持ち込んで済ませ、入浴も湯を貰ってくるなどすれば、貴族様であるメイド方と同席する必要もなくなる。



 …………の、だが。



 何故か今日はメイド方が食事をする部屋に引っ張り込まれている。


 それも珍しくベレッタさんから声を掛けられて。


 朝食の際にはよくある。お嬢様が目覚めた気配を察知する従僕を、ベル代わりにとリアディスさんが部屋に入れてくれるからだ。メイド方が食事をされているのを見ながら部屋の隅に立っているのが朝の風景。


 今日の夜もそうなるとは。


 しかしどうしたことか。静かだ。


 リアディスさんが喋らないせいだろう。何故か。ベレッタさんが難しい顔をしているからだろう。もしや。それに従僕が関係しているなんてことは……。


 あるだろうなあ。じゃなきゃ呼ばれたりしない。


 そこら辺をリアディスさんも察しているから、黙って様子見をしているのだろう。少し嬉しそうなのは気のせいだと思いたい。流石はお嬢様が見いだしたメイドだ。一味違う。


 スープを掬いお肉を切り分けパンを千切って口に運ばれている。それはとても静かでマナーに沿ったものだ。リアディスさんも貴族様だったんですね。毎朝のテンションと違うせいかやれば出来る雰囲気。ただ食事が終わりに近付くに連れ、従僕の嫌な予感は膨らんでいく。


「リア」


 ナプキンで口元を丁寧に拭っていたリアディスさんにベレッタさんが声を掛けた。


「はい」


 慌てることなくナプキンを脇に置いて返事を返すリアディスさん。その声は静かなのだが、やはり少しワクワクして聞こえる。


「先に入浴を済ませてください」


「ええー!」


 あ、全然マナーとかなかった。


 喰い気味に声を被せて叫ぶリアディスさんからは序列とか格付けなんかを微塵も感じさせなかった。眉間に皺を一本増やして耐えるベレッタさんと合わせて姉と妹のように見える。


「リア」


「……はーい」


 渋々と席を立つリアディスさんが誰かと被る。ちょっと惜しそうにこちらを振り返り振り返り部屋を出ていく。あれは主人が悪影響なのか主人に悪影響なのかわからないなあ。


 そんな事を逃避気味に考えていたら、ベレッタさんがこちらを向いた。


 本題らしい。


「座りなさい」


「はい」


 二人なので名を必要とはしないのだが、ベレッタさんは頑なに俺の名を呼ばない。お嬢様も未だに従僕呼びが抜けないので俺としては気にならないが。それが今は威圧的に感じる。気のせいであってほしい。


 一歩分の距離を置いて片膝を床につける。近衛という職務が平民という立場の上にあるので片膝でいいそうだ。両膝をつく立場に戻りたい。


 同席しない俺をベレッタさんは注意したりしない。むしろ当たり前だと受け入れている。貴族様と平民ならこの距離が許されるだけでも凄い事だろう。


 今は仕える者達の時間なのだから。


 ベレッタさんが体をこちらに向けてくる。真正面からの対峙だが、上と下、その身分はハッキリとしている。


 何を言われるのだろうか。今から首を刎ねますとかじゃないよね? せめて今から鞭を打ちますであって欲しい。


「あなたの忠誠はどこにありますか?」


「シェリー・アドロア・ド・マリスティアン様に捧げております」


 これにベレッタさんはやや面食らったように見えた。


 何か間違っただろうか?


 初っぱなから気が重くなるような問答だなぁ。


「……その通りです。しかし間違えてはいけないのが、あなたの近衛という職責です。あなたの職責は誰から与えられていますか?」


 ……会話の流れからして、お嬢様という答え以外を求めているんだろうな。だとすると……。


「マリスティアン公爵家ご当主様であらせられる公爵様から賜っております」


「ええ、そうです」


 お、正解っぽい。旦那様の名とか覚えてなかったから良かったよ。胃が痛いなあ。


 不意にベレッタさんの目力が強くなる。


「公爵様から職を与えられ、公爵家から給金を得ています。その事は理解していますね?」


「はい」


「であるのなら、良いでしょう。あなたに新しく仕事が追加されました。簡単な仕事です。その日一日のお嬢様の行動をわたくしに報告するというものです。今日から始めてください」


 …………おいおい。それは……。


 ベレッタさんは過去に俺に命令しようとしたことがある。それ自体は変じゃない。貴族様が平民を使うのなんて普通だ。しかしこれにお嬢様がえらく敏感に反応されたのも記憶に新しい。お嬢様はあくまで従僕を自分専用だと捉えている。その命令系統は独立しているものと考えられている。


 なのに従僕を公爵家という枠組みに嵌め込んでの命令。


 しかも内容はお嬢様を裏切るようなものだ。


 聞いても聞かなくても首が飛びそう。


「何か問題ですか?」


「これは公爵家からの令でしょうか?」


 行儀見習いに来ているとはいえ、ベレッタさんは他家のご令嬢。せめてもの抵抗だ。頼むぅ。


「勿論です。わたくしは奥様からお嬢様に関する躾の全権を委任されています」


 懐から手紙を取り出して広げるベレッタさん。恐らく予期していた質問なのだろう。一瞬で撃沈だ。


「他には?」


「いえ、ございません。大変な失礼、平にご容赦の程を」


 押印された家紋とベレッタさんの目力に条件反射となった笑みが浮かぶ。俺もお嬢様に鍛えられたなぁ。


「構いません」


「ありがとうございます」


「それでは、今日の報告を」


「はい、畏まりました」


 ……覚悟を決めなくては。


 一日に何度決めるとか制限を課して欲しい。貴族様はよくよく俺を死へと追いやるのがお好きなようで。


 軽く息を吸い込み、話し始める。


 さあ、今日の物語だ。


「今日は……私めが避雨球を使用して、お嬢様は雨の降る通りを散歩しておりました。外に出る事自体が目的だったのか、どこかに向かう様子は見られませんでした。ですのでお嬢様に一番通りにある喫茶店に向かわれてはどうかとご提案させて貰いました」


「主に意見を求められていないのに口出しするのは、褒められたものではありません。今後は控えなさい」


「留意致します。その後、お嬢様は私めの意見を取り入れたのか()()()に入られました。出される料理に飲み物に、見た事がない()()が数多くあったようで……お嬢様の興味を引いたらしく、時間を忘れて楽しまれておりました」


「……ここには他国の風習を取り入れた喫茶店も存在するでしょうから……お嬢様の気質を考えると仕方ないのかもしれませんが……あまり遅くなるのは良くありません」


「私の落ち度にございます。店の方々も今後も懇意にしたかったのか贈り物を多数くださって帰宅の途につきました」


「……他にどこかに寄ったり、なんらかのご指示を頂いたりはしませんでしたか?」


「ございません」


「…………とすると、お嬢様の関心を引きたいだけで……お嬢様も物珍しさがあってあのような……。…………なるほど。わかりました」


「はい。それでは今日の報告を終わります」


 どうやらお嬢様の興味が一過性の物だと判断したようで、目に見えて緩まれるベレッタさん。甘い。この方はこの方で大変だな。


「ああ、待ちなさい」


 従僕は従僕で大変なようだ。


 上げ掛けた腰を再び降ろして拝聴の姿勢をとる。緩んでいたのはベレッタさんだけではなかったらしい。ひやりとしている内面を気取られないよう、落ち着いた声を出す。


「はい」


「……クロの選択とは、何ですか?」


 そうですよね。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ