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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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アレン8



 人はそうそう変われない。


 そう気付けただけマシなのかもしれない。


 契約紋ごと手を切り取ったあの時。傷口を縛りながら酷く興奮していたのを覚えている。


 どうだ、ざまあみろ、俺だってこのぐらい、やってやった、見てろ、勝った、ふざけんな……。


 減っていく体力と人目を気にしながら何処を目指したのか。


 多分、冒険者ギルドだったんだろうな。そこにしか知り合いと呼べる者はいなかったのだから。


 運が良かった。


 あの時あいつが……ジークが、冒険者ギルドの前に居たのは公爵家のお嬢様に連れられてだというのだから、まさに神に選ばれたかのような運の良さだ。話を聞いてくれる知り合いというのも……今考えれば幸運だった。


 だからまた勘違いをした。


 自分が凡人だと認めた筈なのに、右手が治り魔術の込められた剣を賜り貴族の供をするという一事に、またのぼせ上がってしまった。


 案内役だという宿屋の娘と俺、そこに違いは無かった。


 護られる側、ただの平民だった。


 起きた時には事が終わっていた。


 負傷したジークの回収しかやることがなかった俺は、合流した騎士団を魔物が密輸されている倉庫に案内することで、疎外感というか寂寥感というか……晴れない気持ちを無理やり誤魔化すことにした。


 ただ役割が欲しかっただけの行動だ。


 それなのに、いつの間にか英雄のように呼ばれることになった。身に覚えのない実績に、どういう解釈でそうなったのか分からない噂話、周りからの反応、どれも自分なんかに相応しい物だとは思えなかった。否定したかった。


 しかし公爵様からの命令があった。


 口裏を合わせろと。


 本来なら逃亡奴隷である自分が、公爵家の後ろ楯のお蔭でその罪から逃れられているのだから、これに反するなど出来るわけがない。


 俺が公爵家の送り込んだ諜報員であるのなら、右手の治療費は経費ということになりますね、と公爵様の代理だという貴族が追い打ちの言葉をかけていった。


 治療費が金貨五十枚と聞いた時は、顔が青くなったものだ。


 元々お嬢様には恩がある。この剣も治療費もお嬢様から頂いたのだし、そんなに脅されなくとも言う通りにするさ。


 ただ酷くモヤモヤするが。


 俺がここでこうして滞在しているだけで意味があるそうだ。俺にはよく分からないが。なので契約が切れるまでは、この部屋で過ごす事になった。知り合いもいるし、いい部屋だ。不満もない。関係者を纏めておこうとしているのかもしれないが、俺には考えが及ばない。


 もうそれでいい。


 つくづく思い知ったから。


 俺が平凡であると。


 貴族間のパワーバランスや王家との関係なんかが入ってきているとかなんとか……。手に負えない話だ。


 作られた一時の英雄でもこうなのに、本物はどれほどの苦悩を抱えるのだろうか。まるで考えたことがなかった。


 お伽噺話や唄に歌われる英雄譚の主役は、大抵が平民だったり騎士だったりと、低い身分からの成り上がりが主だ。


 華やかで痛快な話に、個人の苦悩がどうこうなんて出てこない。


「俺が英雄ね……」


 呟いて残っていたエールを喉に流し込み、酔いのままにベッドに倒れ込む。


 何が可笑しいのか、笑い出してしまいそうだった。


 実績も。


 実力も。


 心も。


 何もかもが足りない……何も成していない。


 それでも目指したところに立っているらしい。


「……………………くそ……」


 自分の目標も自分自身も酷くちっぽけに思えて、これまでの生き方が無駄であったと言われているようで、英雄と呼ばれる度に苛立ちが募った。


 これが終わったら故郷に帰ろうという考えも、現状の居心地の悪さから逃げ出すようで、嫌だった。


 …………ああ、違うな。


 逃げ出すよう、じゃなく。逃げ出したいのだ。


 これ以上を考えたくなくて、酔いのままに意識を手放した。


 これも逃げだろうか? と考えながら。




















「おっ、ひる、だよー! アー、レン、さん!」


「ぐっ!」


 鳩尾を貫く痛みに反射的に体が折れ曲がり、強制的に意識が覚醒させられる。しかめていた瞼を薄っすらと開くと、腹の辺りで馬乗りになっている看板娘が笑顔を向けてきた。


 ぶん殴りたい。


 この笑顔に癒されたというのだから、やはり俺の目は節穴らしい。くそ、早くどけよ。


「えへへ、起きた?」


「……ああ、バッチリな」


 エヴァはこちらの返事を聞くと、反動をつけてベッドから降りた。必然的にまた鳩尾を強く押されて呻くことになった。


「……なんて宿だ」


「アレンさんが言ったんじゃん。昼前までに起きて来なかったら起こせって」


 こんな起こし方は希望していない。


 それでも身を起こして頭を振る。エヴァがテーブルに置いてあった桶を軽く叩く。来た時に置いたのだろう。


「ここにお湯、置いてあるから! じゃあ、頑張ってー」


 ヒラヒラと手を振りながら笑顔で去っていくエヴァを睨み付けて見送る。


 いつまでもそうしている訳にもいかず、服を脱いで体をお湯で拭う。なるべく体臭を消しておきたいので、仕事に出掛ける前に拭くのが習慣になってしまった。


 お湯が大分黒くなってきたところで服を着る。魔物の織り糸で作られた服なので鎧は着けない。下手な革鎧より防御力があるからだ。


 剣帯を腰に巻いて剣を吊るす。ボロボロのローブを上から纏い、枕の下に隠した銭袋を取り出す。


 紐を解いて中身を確認する。


 ……だいぶ貯まってきたな。


 討伐の報酬しか入れてないので銅貨と銀貨しかないが、それでもそこそこな重さになってきた。


 これとは別に公爵家から金貨を数枚頂いているが、そちらはギルドに預けてある。預り賃を取るので利用したことはなかったが、痛い目を見てからは考えが変わった。今ではそのありがたさから安く思える程だ。


 約束の半年の間に出来るだけ稼ごうと思っている。なんせ好景気だ。討伐単価もいい。


 一月が過ぎたが、マリスティアン公爵家は何も言ってきていない。ジークと個人的に食事に行ったぐらいだ。それが対外的なポーズなのかもしれないが、こちらに不都合もない。


 口止め料なのか支度金なのかは知らないが、半年を全うしたら更に金が貰えると言われている。


 このまま何事もなく過ぎてくれ。


 そう願わずにはいられない。


「……」


 それぐらい、俺は自分が信用できない。


 貰える物は貰っておこうという考えだが、剣だけは返還しようと思っている。


 昨日。絡んで来た冒険者から逃げる為に剣を握ったが……剣の力を借りてぶちのめしてやろうと、少しも考えなかったと言えるだろうか? そうならないように、慌ててその場から立ち去っただけなんじゃないか?


 わからない。


 これから仕事だというのに、既に疲れているような溜め息を吐き出して銭袋を懐に入れた。


 ローブを深く被って、今日も無理しないことを胸に部屋を後にした。



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