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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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アレン7



 丈の高い草の生える草原で、俺は腰を降ろして待っていた。


 握り締めた剣から力が流れこんでくる。


 剣の振りに体捌き、力強さから防御まで強化される。とてつもない代物だ。少なくとも店売りで買った前の剣とは比べ物にならないだろう。


 それだけに自分()()()が持っていていいのかと不安に思う。


 頭を軽く振って余計な考えを追い出す。そんな余裕を持てる程、自分が強くないのを知っているから。


 しばらくその姿勢のまま待っていると、森からゴブリンの集団が出てくるのが見えた。七匹。ギリギリの数だ。


 最近は仲間を狩られ過ぎて知恵をつけたのか、少し警戒しながら歩いているように見える。盛んに首を振って周りを確認している。


 アーチャーやメイジなどの上位種はいないようだ。ならば想定の範囲内だろう。


 警戒といっても、所詮はゴブリン。ドタドタと草原を突っ切る様に知能は感じられなかった。


 だから罠をしかけられるというのもあるが。


 向こうからこちらは見えない。微妙に高低差があって死角を作り出している所に身を伏せているからだ。


 先頭のゴブリン二匹が転び、直ぐ後ろを歩いていた奴も足を取られる。草を結んだだけの簡単な罠だ。


 今だ。


 身を低くして駆け出す。剣も草原の草に埋もれるように。前に注目が集まっている内に数を減らす必要がある。自分の体とは思えない程の速さでゴブリン集団の最後尾に追い付く。剣を一閃、二閃。瞬く間にゴブリンの首をハネる。この剣ならそれが可能だ。三匹目の首に剣が掛かったところで、態勢を崩していた四匹目がこちらに気付いて声を上げた。


「ゲギャア! アギャ」


 三匹目の首が飛ぶ。四匹目と五匹目がこちらに棍棒を振り降ろしてくる。受けることをせずに大きく下がる。他の魔物が森から出て来ていない事を、チラリと後ろを見て確認する。


 大きく弧を描きながら走る。当然だがゴブリンよりよっぽど速く、奴らは追い付かんとする為に直線的に追ってくる。


 何度となく同じ動作をこなしているのでその実績は確かなのだが…………こう、何度も引っかかるゴブリンを見ていると、その視線に呆れが混じるのは仕方がないように思える。


 最初に罠にハマった二匹と入れ替わるように、追い掛けてきた二匹が罠にハマる。


 直ぐさま方向転換を果たし切り返す。倒れているゴブリンの内、一匹は首を踏み折り一匹は胸を突く。


 立ち上がって仲間が減っていることに騒ぐゴブリンは残り二匹。


 油断せずにいこう。



















 ボロボロのローブを身に纏って冒険者ギルドに足を踏み入れる。顔を隠す為にフードは深く降ろしている。


 冒険者ギルドは今日も盛況なようだ。


 王都周りに雑魚種の魔物が放逐されている状況だったので、その討伐単価を上げたのが影響しているのだろう。非公開の情報だが、それには冒険者ギルドの手落ちが関係している。


 数年に渡る魔物の情報の改竄と冒険者の死亡率の隠蔽など、王国は冒険者ギルドに対するカードを手に入れた。そして冒険者ギルド側も、王国との折衝とは別に幾分かの責任を取るというアピールで魔物討伐の単価を上げ、事態の収拾を図っている。今後の冒険者ギルド職員の採用試験とやらも見直されるらしく、内部は慌ただしい状態だ。


 しかし冒険者にとってそんなことはどうでもよく。


 雑魚と呼べる魔物の討伐単価が高く、本来なら生息圏にない筈の魔物が王都の周りで狩れるとあっては、ルーキーからベテランの区別なく冒険者が集って来ている。


 ギルド併設の食堂に入り切らない冒険者は酒場に繰り出し、そこも満席なら食材を買い込んで宿屋に持ち込みと、王都は空前の好景気を迎えているのは何の皮肉か。


 混雑する冒険者ギルドの端を遅々と進み、カウンターへの長蛇の列に並ぶ。 


 ここ最近はいつ来てもこうだ。大人しく並んで待つのが手っ取り早い。


 待っている間に今日の成果を思い浮かべる。


 オークなら一匹、ゴブリンなら三匹。これが俺の正面から狩れる限界値だろう。相手の後追い増援無し金属製の装備無しという条件もつくが。


 この剣を装備したのならもっといけるのは分かっているが、安全に狩れる範囲を越えないようにしている。


 …………まあ、今日の最後はちょっと無茶をしたが。罠ありなら倍はイケる、なんて考えていたせいだ。だから反撃に転じられた。オークならはぐれ以外は狩らないようにしているが、ゴブリンも五匹までとしておこうか……。


 今日は合計で十六匹。全部ゴブリンだ。


 単価は魔石込みで銅貨五枚だったが、今は倍の十枚、大銅貨一枚で取引してくれる。恐らく銀貨一枚大銅貨六枚になるだろう。


 パーティーを組んでいないため良い報酬に見えるが、本来なら初心者の一日の生活費分ぐらいだ。そもそも普通なら、そんなに頻繁にゴブリンに遭遇しない。ここの今の異常さを表している。


「冒険者ギルドにようこそ。依頼達成報告ですか?」


「ああ」


 いつの間にか自分の番が来ていたが、これも何度も繰り返したやり取りのため、自然と返事して行動できた。


 小さな布袋に入れていたゴブリンの魔石をカウンターの箱の中に広げる。受付の、若い猫獣人の職員が数を数えて直ぐさま貨幣を出してくる。計算も貨幣の用意も早い。一日に何百回と繰り返しているからか。


 魔石を入れていた布袋に貨幣を突っ込んで早々にカウンターを空ける。長居は無用だ。


 いや長居は、したくない。


 だというのに。


 突然、巨漢の男が飛んできた。咄嗟に左手で剣を逆手に握り、強化された身体能力を活かして身をかわす。


 男はそのままカウンターの下にぶち当たり、受付嬢が驚きの声を上げている。


「なんでえ、てんで弱っちいじゃねえか。今度から相手を見てケンカ売りやがれ。あ、今度とかもうねえか。ぶははははははは!」


 飛んできた巨漢の男は顔を腫らして気絶しているようだ。バカ笑いしている男も似たり寄ったりな体格だが、怪我は少ない。どうやら装備していたガントレットによって、その勝敗を分けたようだ。


 ……ただのケンカか。


 それでも巻き込まれまいとそそくさと身を翻したが、相手を確認した時に目が合ってしまった事が気に食わなかったのか、バカ笑いしていた方の巨漢が俺の進む道を塞ぐように歩き出した。


「おーいおいおい、ちょっと待てよ兄ちゃんよ。なんだ? なんか文句あんのか?」


「……いや、ない」


「あー、兄ちゃんは無いのか。でも俺はあるんだよなあ。いやいや、なに避けてんだよって話な? なんだ? 少しばかりヒラヒラ避けたからって勝った気か?」


 勝つも何も、元から勝負なんかしていない。


 近くで見るとその顔は少しばかり赤く、酒の臭いを漂わせていた。


 酔っぱらいのケンカか。


 どうにかしてくれとバカ笑い男とテーブルを同じにしている、恐らくはパーティーメンバーを見るもニヤニヤと面白そうにこちらを見るばかりで止める気配はなく、いずれギルド職員が出張ってくるかもしれないが、その頃には俺も顔を腫らしてそうだ。


「どこ見てんだ、よ!」


 隙をついて巨漢が俺のフードを引っ張る。


 隠していた顔が周囲に晒される。無駄かもしれないが直ぐさまフードを被り直す。


 巨漢の男とそのパーティーメンバーは気付かなかったようだが、隣のテーブルの冒険者パーティーが気付いた。


 俺も有名になったもんだ。


 皮肉げに笑いたかったが、しかめっ面にしかならないだろうと止め、フードを押さえて駆け出した。


「おい! なんだ逃げんのかあ!」


「止めとけ。あれ、『壁砕き』だぞ」


 追い掛けてきた声に、やはり気付かれていたかと表情が曇る。厄介な事になる前に素早く通りに出て人の群れへと身を潜ませる。


 ローブの内側で剣を握り、足早に人の間を縫って泊まっている宿まで急いだ。


 宿の入り口には忙しく働いている看板娘が、帳簿から顔を上げて出迎えてくれた。


「あ、アレンさん! おっかえりー!」


 トレードマークのポニーテールを跳ねさせながら元気な笑顔を振り撒くその姿に、強張っていた表情が自然と和らぐ。


 エヴァだ。


「今日はどうする? 何か買ってきた?」


「いや、今日は無い。夕食は部屋に頼む」


「ほいほい。アレンさんやったね、ラッキー。今日はツブブ鳥が入ったからお肉あるよ。エールはどうする? 銅貨五枚!」


「いや、高くないか?」


「四枚!」


 値下げが早いところを見るに、どうやら余分はエヴァの懐に入る勘定なのだろう。もう一絞り出来そうだが、ささくれた心をその笑顔で癒してくれたので、苦笑しながらもカウンターに夕食の分とエールの分の銅貨を置く。


「えー、一杯?」


 これ以上は笑えないぞ。


 撤回しようと俺が手を伸ばす前に、素早くエヴァの手が伸びてきて銅貨を掴む。


 変わらぬ笑顔でエヴァが言う。


「はーい、まいどありー!」


 …………商売人って奴は…………。


 いや、どうも交渉に置いても俺はその才能がないようだ。


 しかしそのやり取りに冒険者ギルドでの事も追いやられたと考えれば得かもしれない。なんて自分を誤魔化しつつ、半年という長期契約を結んだ二階にある一室へと足を運んだ。



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