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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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従僕45



 雨を避ける魔道具を持っているというのにずぶ濡れになった俺は、無心で床を拭いていた。衣服はある程度絞ったので水滴が落ちることはない。


 お嬢様の唱えた水弾の魔術は、異常だと言われるその魔力量を如何なく発揮し、一抱えじゃ済まない大きさに膨れた。


 ただやはり覚えたての魔術であったためか、制御がよろしくなかったようで…………怒りに我を忘れていたわけじゃないですよね?


 際限なく膨れていく水球にお嬢様も、あれ? 止まらない……と不思議そうな顔をされていた。


 天井に達しても未だに膨れ続ける水球。どうしたものかと見上げる従業員。おかしいわね? と杖をバシバシ叩き始めるお嬢様。すると加速していく水の量。


 外は雨だ。そんな訳ないのだが、もしや外壁の中が全て水没する程に育つとか……。不安が過った従僕は、お嬢様を避難させて全力で水球を殴ってみることにした。レファイアス様が唱える火弾の魔術は標的に炸裂して消えていたので、こちらも対象に当たれば消えるのではないかと考えた次第だ。あくまで魔弾の魔術なのだ。球じゃなく。


 思惑は上手くいった。


 しかし、それは効果がなくなった訳ではなく……。


 破裂した水球は激流を生み出し、店の出入口、窓、隙間という隙間から、通りに流れていった。その勢いに店内にあったテーブルから椅子から何からと流され、壊れ、消えていった。


「……ごめんなさい……」


 何も無くなってしまった店のステージの上に設置した、無事であった椅子に腰掛けたお嬢様が珍しくシュンとした様子で、店のオーナーだというVパンツにそう呟いた。


 それに実害を被ったVパンツは、気にするそぶりを見せずパタパタと手を振りつつも笑顔で応じるのだから人格者だ。


「あらー、ダメよお、そんな顔しちゃあ! ムラムラきちゃうじゃない!」


 破綻した。人格破綻者だ。


 頭の後ろで手を組んで脇を強調するポーズを見せる被害者を、従僕はどうすればいいのか。手にしている折れたテーブルの脚を投げれば解決しないかな。


 しかしそんなVパンツの奇行もお嬢様の気持ちを晴らすには至らず、困った笑顔を浮かべたVパンツ。今度は無事だったテーブルをステージに上げ、ムキムキのスキンヘッドメイドから茶菓子を受け取ってお嬢様の前に置く。先程のゲップを配慮したのか、今度の飲み物は紅茶だ。


「気にしないでちょうだぁあい。これでもあたしたち、荒くれを持て成す稼業なんだからあ。こーんなの日常茶飯事ってやつよお!」


 上流階級のお客様がお相手というのは何だったのか。ああ、でも意外とイコールなのかもしれない。


 これまでの半生やら決闘好きな貴族様やらを思い浮かべると頷けてしまう。やはり貴族様は違う。


 お嬢様とVパンツの会話を聞きながらも、手を休めることなく動かして掃除にあたる。お嬢様が謝罪された際に耳の穴をほじくった以外は止まっていない。


 お蔭で大分綺麗になった。ここの面々は服装こそ女物だが、その能力は高く公爵家の奴隷としてもやっていけるぐらいの力強さを持っている。テーブルや椅子の残骸を纏めて持ち上げ、手早く運び出す動作は確かに慣れているように見えた。


 ただ、一々力こぶを出してポージングしたりバチバチと音を立ててウインクをしなければもっと良かった。


 やらかす事の多いお嬢様だが、その被害というのは、実は従僕のみに留まる事が殆どだ。お屋敷や寮に学園では、意外とセーブされる方だ。何故それが俺には全開なのかが分からないが。


 今日は久しぶりの二人きりなので、あの庭の隅で過ごしていた時のように、ややタガが外れてしまったのだろう。最近はタイミングが悪く物語も聞かれていないしな。


「直ぐに家の者を呼んで代わりの物を……」


「本当にいいのよお! 元々そんなにお客様がくる店ではないし」


 少し来るお客様がどんな方なのか気になるところだ。


「いい筈がないわ。わたしの責任よ……そもそも魔術だって……」


 あれ、お嬢様? 本物ですか?


 水を吸った雑巾を絞り過ぎてブチブチと音がなっているが、お嬢様から目が離せない。そういえば……今日は珍しく従僕に気を使って近くのお店に入ろうとしていたような。いつものお嬢様なら「雨の中を歩きたいわ」からの「もう歩けないわ」という流れになりそうなものなのに。


 悔しげというか苛立たしげというか、拗ねているような表情をされているお嬢様にVパンツは優しく微笑みかけながら、対面にまだ壊れ方がマシな椅子を設置して腰掛ける。


「本当に大丈夫よお? あのねぇ、実はヒミツなんだけど、この店ってあと一月で閉めちゃうの。だからね? 新しいテーブルや椅子を貰うのって勿体なくなぁい? ねえ、悪いわよお。そんなことより、可愛い子には楽しくお茶して欲しいわあ。だからそんな顔しないでえ?」


「……わかったわ」


 そうか、閉まるのか、この店。


 色々と問題がありそうだからな、主に見た目の面で。隣を見ると目があった猫獣人の格好をした岩のような顔の男が投げキッスしてきた。本物のように動く尻尾がどこに繋がっているのか謎だが、知りたい訳ではない。


 そんなオーナーの説得が効いたのか、礼を失すると思ったのか、それからのお嬢様は笑顔で歓談されていた。


 切り替えの早さもお嬢様のいいところだ。早過ぎて誰もついていけない時があるが。


 ある程度の掃除を済ませると、オーナーはもう大丈夫だからと従僕も席に誘ってきた。なんで店の奥を指差すのかは分からない。お嬢様の後ろに立って会話に加わった。


 オーナーの話し方は上手く、会話を途切れさせないものだった。お嬢様のウケも良く、お茶一杯で長い時間を過ごされた。ええ、そろそろメイドの方々も心配する時間ですよお嬢様。ここに来た事が知れた時のお叱りは従僕が受けるんですね。わかりました。


「これも、これも、こぉおんなのもお土産にあげちゃうわ! お店をやってる間にまた来てねえ?」


「楽しかったわ。絶対、またくるから」


「あらあ? 期待しちゃうわあ」


「約束よ」


「まああ! 嬉しいわあ!」


 店を出る際にお土産を沢山頂いた。お嬢様はすっかりこの店を気に入られたようで。


 お嬢様が受け取ったお土産は、飴や菓子なんかの甘味に…………何故か穴の空いた下着。持ち運びは従僕がこなすのでまだ目を通されてはいない。


 そして従僕個人にもキスマークのついたメッセージカードを全員から受け取った。


 いいタイミングでまたお嬢様から魔術を受けよう。全て流してくれる。お嬢様の魔術は凄いなあ。


 再び避雨球で結界を展開して通りを歩く。


 従僕がとりあえず穴空きパンツをポケットに詰め込んでいると、お嬢様が考え深げに呟いた。


「……潰れるっていってたわ、あのお店」


「左様にございます」


「だから新しいテーブルも椅子もいらないって……」


「豪気な方々でした」


 ならば賠償を請求されるのが普通だろうと思うからこそ、その人柄が光っていた。


「つまりお店が潰れなければ、新しいテーブルや椅子がいるわ」


 何故そうなるのか。


「お嬢様?」


 そういうことじゃない。


「だから、お店を続けさせてから、新しいテーブルや椅子を持っていけばいいのよ。ね?」


 そうでしょ? と同意を求めるように見つめてくるお嬢様。


 ああ、また。我が主は本当に厄介事を好まれる。



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