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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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従僕44



 店内は明るかった。


 しかし、間接照明なのにピンクや黄色なんかの激しく主張する色を使っているせいか、酷く目に痛い。


「ささ、こちらへどぉーぞお!」


 店員ほどじゃないが。


 店の奥の方にスポットライトが当たる大きなステージがあり、後は飲み物を頼めるバーカウンターと幾つもの丸テーブルが置かれている。


 その内の一つの椅子を引いて先程のVパンツが手招きしている。


 やだこあい。


 客は他に見当たらず、ここの店員であろうメイド服や露出の高い黒い服を着ているのが数人ほど目につくだけとなっている。


 ただし全員がマッチョな男性だ。


 こういう時の対処法は習ってこなかったな。どうしよう。


 想像の中のサドメが無念そうに首を振っている。使えない奴め。落ち着け。冷静な対応をするならジュレールだ。ダメだ。これ系の店で借金を作って奴隷落ちした奴を信用してどうなる。必死になって首を振っている姿が思い浮かんだ。いいや同じ系統だ。ならばミドだ。『流れに身ぃを任せぇ』爺。えらいことになるわ。身を任せたくないから方向を探っているというのに。


 ピンときた。タタルクだ。


 皆殺しだ。


 何故か、タタルクが頭を抱えている時を思い出した。どう指導したらいいのやら、と戦闘訓練を受けていた頃だ。


 グイグイと背中を押されていることに気付いた。なんだこれ。まさか魔術が仕掛けられていて引き寄せられているのだろうか? 罠か。嫌だ。行きたくない。


「もうー、じゅ、う、ぼ、くっ! 招かれているのに立ち止まるなんて失礼でしょ?」


 お嬢様だった。一言毎に背中を押されている。そうだ危険があるといけないからと、背中に庇っていたのだった。


 どうやら気を失っていたようだ。不覚だ。


 えーと……そうだ。


「まさか。ありえません。不思議な魔道具だなと思っていた次第で」


「……だいじょぶ? じゅーぼく……」


 いえダメです。


 珍しく真顔のお嬢様だ。


 それでもグイグイと押す力を緩めないところが、いつものお嬢様だ。この餓鬼は分かっててやっているんじゃないだろうな?


 勘弁願いたい。


 しかしいつの日も祈りは届かない。


「やだ、もう~。なんでお店の中に入ってまで立ち話してるのよっ! ささ! 座って座って~。あんっ! ……あ。もしかして………………あたしに座りたいとかそういう?!」


「お嬢様、どうぞ」


「ええ」


「んも~、照れちゃって! かーわいい!」


 いつの間にか近付いていたVパンツががっしりと肩を掴んできたので、思わず手を振りほどいた。なんだ……肌がブツブツになっている。なんらかの毒だろうか。


 クネクネと怪しげな動きをし出したところで離れた。しかしお嬢様が帰る気配を見せないので、仕方なく椅子を引いてテーブルにつくことに。何かあってはいけないので、従僕は後ろに立って待機だ。いつでも逃げられるようにとかじゃない。


 まあ、俺も冷静ではなかった。よく考えてみれば、学園の中なのだ。無認可、いわゆる『モグリ』の店のように感じてしまったが、ここも学園にきちんと認められたお店であることには間違いがない。


「さあさあ! 遠慮なく食べちゃって! あたしも食べるときに遠慮なんてしたことないんだから!」


 筈だ。


 やたら腰を振りながら、そのくせ片手で持つ盆は小揺るぎもせず、近付いてきたVパンツが差し出してきたのは、ガラスのコップに入った緑色の飲み物と、オレンジの香ばしい薫り漂うムギのような物だった。緑色の飲み物はプクプクと泡が生まれては消え、毒の沼を彷彿とさせ、ムギも一粒一粒が大きくテラテラとしている。


 なにやってんの学園。


 絶対に毒だ。


 ニコニコと微笑むVパンツは、皿とコップを並べると、当人もお嬢様の対面の椅子に腰を降ろした。何を考えているのだろうか……貴族様と同席するのもそうだが、こんなあからさまな毒物を誰が口にするというのか。


「珍しい飲み物ね。わ、パチパチー。これ、すごいおいしー」


 くそ餓鬼様?


 止める間もないほど素早く、というか止められる前にと考えての行動だったように思えるんだが……お嬢様は緑色の飲み物をゴクリ。それを見ていた従僕がビクリ。


 死んだ。


 お嬢様が? ううん。ダメな近衛が。


 まさか毒味も果たせずお止めすることも出来ないとあっては近衛失格どころか従者としてもどうなの? 流石に学園の店などで毒味をしている貴族様はよっぽどいないが、ゼロではないのだ。


 そのゼロではないが、公爵家以上の家格を持つところとあっては従僕の首の未来も透けようというもの。


 そんな従僕に構わず、お嬢様は飲み物をゴクゴク、瞳がキラキラしている。お蔭様で従僕はビクンビクン。


 しかし本当の恐怖はまだ始まってもいなかった。


「あ、そんなに一気に飲んだら……」


 そこまでずっと笑顔であったVパンツが、お嬢様の飲みっぷりに、どこか困ったような気遣わしげな表情を浮かべた。


 やはり!


 時すでに遅く、空になったコップをお嬢様がテーブルに置く。


「おいしかったわー。……ァァェェエエップ!」


 …………。


 バッと、咄嗟に口を両手で押さえるお嬢様。その後頭部を見つめる従僕はこう思っていた。


 お嬢様の耳ってこんなに赤かったかな?


 視界の端で、組んだ手に顎を乗せるVパンツが苦笑いを浮かべているのが見えたが、もうそんなに恐くなかった。普通の男だ。服装が個性的なだけで。


 今から現れる大悪魔(アークデーモン)よりよっぽどマシさ。


 ゆっくりと……まるで手を離した隙に自分の意思とは無関係に出る何かを警戒するように、顔を起こすお嬢様。どこからかドッドッドッと聞こえてくる命のカウントダウン。早くないだろうか? ああ、なんだ俺の心臓の音だ。


 お嬢様がクリンと首を向けてきたので、全く一緒のタイミングで同じ方向に同じように首を回す。グキリという音が鳴りこれ以上は無理だと抵抗する俺の首。お嬢様の首の可動域はどうなっているのか。


「ねえ、従僕」


「はいお嬢様」


 お嬢様の顔は赤く、従僕の顔は青い。


 ただ共に無表情だ。


「聞こえた? なんて、訊かないわ。聞こえてない筈がないもの。すごい音だったもの?! ……ただ、そうね? ど、どどどどういう? なにが? そう、なにが聞こえたのかしら? わたしに言ってみて」


「罰は如何様にも」


 勘弁してください。


「わわわわたしは、なにが聞こえたのかって! ききき訊いてるの! 言ってって、言ってるの!」


 ガタリと立ち上がったお嬢様に、一歩後ろに下がる私は近衛。


 何って、あれだよあれ。


「私が聞いたのは……そう。大気を喜びで満たす生命の息吹、祝福を与えん女神の吐息、終わりを告げん終末の鐘――」


「うそをつかずに」


「大きなゲップが」


 にこりと微笑んだお嬢様は、杖を取り出して呪文を唱え出した。


 お嬢様、成長されましたね。



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