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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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従僕42



 シトシトと降り注ぐ雨が窓を濡らす今日この頃。


 季節は雨季に突入した。


 じめじめとした湿気が体に纏わりつくので、雨に濡れながらの作業はそんなに嫌いじゃなかった。そんなことを言うと他の奴隷は可哀想な者を見る目でこちらを見てきた事が懐かしい。雨季に入ると気温も上がり出すので丁度いいと思うのだが水浴びと雨に濡れるのは違うそうで賛同は得られなかったなぁ、とそんな事を思い出す。


 お嬢様の自室で。


 少し遅めの朝食を終えたお嬢様が、白磁のティーカップを持ち上げて外を見つめていたので、ついつい視線を追ってしまい昔を思い出してしまった。


「雨ね」


「雨でございます」


 お嬢様の呟きに答えたのはメイドの一人。今日もかっちりと引っ詰めにした髪と鋭い視線を放つ青い瞳が性格を表している。


 ベレッタさんだ。


 お茶汲みも従僕にさせていたお嬢様だったが、先日のアレン騒動からお叱りを受けることになったお嬢様の立場は弱く、これはメイドの仕事だと言われれば否とは言えない状況に陥っていた。


 お嬢様は大変感情豊かなので、嫌とは仰られるが。


 ここに来てメイド様方の発言力は増している。


 お嬢様唯我独尊という趨勢を変えたのは一通の手紙だ。


 旦那様……というより奥様の手紙。


 そこになんと書かれていたのかは、従僕たる俺の知るところではないのだが、公爵家の淑女たらんという姿勢を取らせているところから察しはつこうというもの。


 アレン騒動と勝手に呼んでいるあの騒ぎから、一月が経った。


 大雑把に纏めると、手柄はマリスティアン公爵家にあるということになっている。


 なんとアレンは公爵家が送り込んだ王都の安寧を脅かす組織を内部より調べるスパイだったのだ!


 そういうことになった。


 実際にお嬢様が裏を受け持ち、その怪我を教会で癒し、更には特注で作られていた剣を授与されているとあっては、公爵家が無関係という方が嘘臭い。マリスティアン公爵家の元奴隷で、近年に至っては唯一売り払われていることも、何らかの作為を感じさせるものとなったとか。俺と会って食事したことも定期報告なんかに思われているらしい。


 いまや英雄のように扱われているアレン。なんせ任務遂行の為に手を切り落とし、お忍びでやってきていたマリスティアン公爵家の次期当主に命懸けの報告をこなし、追っ手である冒険者をことごとくハネ退け、分厚い壁を撃ち抜くような攻撃から身を挺して主人を守り、騎士団と合流して密輸されていた魔物を退治するという活躍ぶり。


 なんか今度唄になるそうです。


 寝ていたベッドが同じだった為か、色々と混同されている噂だ。しかし旦那様がそれを認めているので、それが真実ということになっている。


 俺としてはアレンが逃亡奴隷という枠から外れるなら文句はない。今は資金稼ぎの為に王都で冒険者をやっているそうだ。引く手あまただ。


 しかしある程度金が貯まったら村に帰ると、一度会いに行った時にそう言っていた。


 英雄と呼ばれてサービスだとツマミを一皿追加された時に酷く嫌そうな顔をしていた。そのツマミを無言で俺の方に追いやってムッツリとしていたので、帰る理由は聞きそびれてしまった。


 英雄って気難しい。


 もう一人の英雄も気難しいから、もしかしたらそういう者なのかもしれない。


 もう一人の難問ことお嬢様は、時の人として学園で脚光を浴びている。


 王都の知られざる危機を水面下で調査し、瀬戸際でそれを食い止めた公爵家令嬢として注目を集めている。


 この際に繋がりを作っておきたいとする貴族様の子女が隙あらば話し掛けてくる。食事しては囲まれ、休み時間には囲まれ、廊下を歩けば囲まれ、発言しては持ち上げられ、逃げたいと従僕に持ち上げられ、派閥加入へのアピールがひっきりなしにくる。


 お蔭でお嬢様のぼっちは加速していく現状だ。


 お嬢様の中のお友達の基準というのは従僕にはよく分からないが、近寄られる貴族様にはそれを満たされる方がいないようで。


 たまに寂しそうに、エヴァに会いたいわ、なんて言うものだから従僕はそれに笑顔で無理だと告げる役割だ。


 雨とか関係なく濡らされている。


 お嬢様のストレスを適度に抜くのが、今の従僕の務めとなっている。俺も冒険者になろうかな。


 寝る前に物語を語るのは相変わらず従僕だが、部屋での仕事はメイド方が主になっているため、お嬢様のワガママぶりも抑えられているように見える。もしかしなくとも……お嬢様って俺のこと嫌いなんじゃなかろうか?


 メイドの方々が鞭を貰ったところなんて見たことないし。


 まあ、その仕事ぶりは完璧で、食事の世話から髪結いまでキッチリとベレッタさんがやってくれる。リアディスさんに関してはノーコメントで。


 ただ、その信頼度の差なのか、お嬢様の近くで紅茶を煎れるベレッタさんに対してリアディスさんは部屋の入り口の扉の前で待機している。俺の横だ。主にお客様の対応がリアディスさんの仕事なのだが、幸いというべきか来客は皆無だ。欠伸なんかしてる。欠伸していいの?


 じゃあお前は? なんて言われると、近衛である俺も仕事がないのだが…………なんというか、あれだ。


 幸せだ。


 先代公爵様がどうにも厳しい方だったらしく、その公爵家のイメージを変える為にか、俺への栄誉(ムチ)が減った。マリスティアン公爵ブームが起きている今がチャンスとのこと。ずぶ濡れの言い訳は、急に通り雨に降られて、で通している。


 お嬢様との接触も最低限。どうしても暴発しそうな時にだけ、周りに人の目がなければという条件。部屋ではメイドの方々が、学園では取り巻いている貴族様方が、お嬢様と接している。


 なのでここ最近の従僕は、授業を眺め、お嬢様の後ろを歩き、扉の横に立ち続けるというサイクルを繰り返している。どことなく奴隷時代に通じる仕事ぶりだ。だからなのか、酷く懐かしいことを思い出していた。



 ずぶ濡れの悪魔が奴隷小屋を襲撃。



 いかんいかん。職務に邁進せねば。ははは。何をバカな。


 昔と今ではもう、何もかもが違う。


 従僕は奴隷からお嬢様付き近衛にランクがダウンし、お嬢様も立派な貴族令嬢となられた。


 トレント製の椅子に座られて物憂げに雨を眺めながら白磁のティーカップを傾ける様は一枚の絵画のようだ。傍に仕えるのは完璧メイド。フレームアウトしている従僕とメイドの立ち位置すら万全だ。


 相変わらず見た目だけは天使だ。思わず走り寄られる程の魅力だ。中身を知ってしまったら反対側にダッシュだ。


 お茶会攻勢の緩んだせっかくの休日が雨で残念な……あれ、残念な表情だろうか? 雨で残念なだけですよね?


 あの無表情は、あれだ。今まで何回も見てきたやつだ。


 お嬢様は何と言った? 「雨ね」と言った。なんてこった。それにベレッタさんは何て答えた? 「雨でございます」だ。少しは捻れ。


 いかん! どうやら今ので臨界点を突破したようだ。お嬢様の気に入る問答じゃなかった。


 ゆっくりと紅茶を飲み干したお嬢様に、冷や汗を掻いているのは従僕だけのようだ。どうにかしてここから逃げ出さなくてはいけない。


 しかし大魔王(おじょうさま)からは逃げられない。


 ティーカップを皿に置いて、テーブルの上へと戻したお嬢様がベレッタさんに振り向き告げる。


「だから外に行くわ」


 なんでだよ。


 久しぶりの暴発に見た目はキリッとしているが中身(たましい)で涎を垂れ流す従僕を除いたメイド様方は、話の流れが読めずに困惑している。


 あれだ、久しぶりに思うなあ。


 勘弁願いたい。


 神様はいい加減に聞き届けてくれていいと思う。



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