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私の従僕   作者: トール
 閑話 1
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ある女奴隷の話 2



 チビ、坊主、坊、ガキ、子供、ワラシ、あいつ、それ、ちっこいの、ぼん。


 彩り豊かな呼び方で呼ばれる黒髪黒目の子供。ちなみにあたしはチビって呼んでる。うちのチビどもと同じぐらいの背丈だし。実際年齢も一緒だという。ほんとかよ。


 チビはともかく、あたしの奴隷生活は凄惨を極めた。


 朝夕の食事はキチンと施され、昼間は休憩が約束され、寝床も男女がしっかりと別けられ、仕事で倒れたら食堂の長椅子に横たえられ、重い日はなるべく負担のない仕事が振られ………。


 どういうこと?


 あれ、奴隷ってもっとあれがそれな感じになるんじゃないの?


 なによこれ。下手したら実家より楽じゃない。お給料も貰えるし。公爵様って雲の上の人だからどうこう考えたことなかったけど、凄いんだ。ちゃんとあたしみたいな下々の事も思ってくれてるのね! ちぃ。ほんと性奴隷でワンチャンあったな。


 まあ、労役にされたんならしょうがない。ここで頑張っていくしかないもんね。頑張ろう。


 労役といってもそんなに大変なもんじゃない。


 まず朝日が昇る前に起きて奴隷の朝食を作る。これは大抵が女奴隷の仕事だ。夜の見回りや不寝番なんかは戦闘奴隷とか男奴隷が持ち回りでやってる。適材適所ってやつね。なんか奴隷頭が言ってた。


 朝の食事も夜の食事も戦場のようだ。


 ここで食べられないと食事は抜きになるので、それも仕方ないっちゃ仕方ないけどね。仕事優先。あたし達奴隷だもんね。


 辛いのは歳くってる爺どもなんだけど……それがここでは大丈夫なようで。空中をフワフワ浮いてるように食堂に入ってくる。中にはまだ目を開けてないのもいる。


 チビが担いで運んでいるのだ。


 終われば次は洗濯。洗濯そのものよりも、井戸で水を汲むことの方が重労働…………なんだけど。


 その水もチビが汲み上げるのだ。


 その速さはほんとに水が入ってんのって疑うぐらい。なのにそこで使う水だけじゃなく、食堂やお屋敷の水瓶も纏めて入れ換えるっていうんだから、ちょっと信じられない。


 なんか別の生き物なんじゃないだろうか。


「…………いはひんはけろ?」


 だから捕まえて頬っぺたを引っ張ってみた。うそ。あたしより柔らかいんだけど。生意気な。


 更に捻りまで入れたのは乙女のプライドを守るためだ。


 その後で繕い物をする。ここでもチビがついてくる。そしてまたしても信じられない速さで布を縫っていく。そんなんしたら手に穴が空いちゃうわよ! 横で縫ってるとプレッシャーを感じたので、チビの手を針でつついてやった。


 刺さらない。


「…………あの、なにしてんの?」


「黙ってて! 集中してんだから!」


 こうなったら刺さるまでと両手で押し込んでいたらチビがそう声を掛けてきた。あ、ほらー。力が変な方に入って針曲がっちゃったじゃん。あ、ククレさん。チビが邪魔するんです。


 何故かあたしが怒られた。げせぬ。





 そんな生活を八年も続けた。


 いや、八年って。労役で八年って。


 ちょうど刑期が二十年だったタタルクさんと同じ年の解放になった。タタルクさんというのは古顔の戦闘奴隷で、ハーフドワーフだそうだ。その巨体からはどちらかと言えばハーフジャイアントなんじゃないのとは皆が思っていることだけど、恐いから言えない。なんせ依頼主を殺して刑期をくらってるんだから。


 でも良い人なのよね、タタルクさん。


 今年で五十八らしいんだけど、あまり老けた感じはしない。ずっと髭モジャのハーフドワーフだ。ただ力加減が微妙。背中を軽く叩かれただけで、ぶっ飛ばされ、転がり、気を失ったこともある。もしかして依頼主もウッカリ殺したとかじゃないよね? ありそうで困るんだけど。


 そしてあたしも今年で二十二。行き遅れと呼ばれる年齢に入ってきた。


 焦る。


 ククレさんとかも結構いい歳の筈なんだけど、若い雰囲気はまんまだ。魔族なんじゃないの? サドメさんとくっついてるので余裕がある。


 顔で選ぶんなら断然チビなのよねー。あいつよく見ると美形。しかももうチビとは呼べないほどデカくなったし。十を越えた辺りから背が並ばれたのよねー。でもモーションかけても全然靡いてこないし。


 あげくの果ては「腹でも痛いのか?」とか言うから。そら包丁持って追い回されても仕方のないことなのよ。その時は奴隷頭とタタルクさんに鞭打ちを倍にしてって嘆願したのもいい思い出よ。


 ……八年、八年かぁー。


 生き残っちゃったわよ。どうすんのよ。


 流石に八年も経てば親と兄に対する苛立ちも無くなる。全殺しから半分にまけてやろうって気にはなってる。


 ……多分。恐らく。


 親の顔を一目見て、凹ませて、村に残るべきか働き口を見つけるべきかというところなのだ。


 しかしその後はどうしよう。


 この八年間の俸給とご主人様の心付けで、支度金には困らないけど。


 ……まあなんとかなるわ! なにせあたしにはこの衰えぬ美貌があるんだし!


 少ない自分の持ち物を袋に入れて部屋を後にする。一緒に解放されるタタルクさんが外で待ってる。あたし達は解放だけど、他の奴隷には仕事があるので見送りは奴隷頭だけだ。


 馴染んだ食堂を通って外に出る。まだまだ寒い冬の日だけど、お日様が暖かく送り出してくれるような青空だ。


「いくか」


「はい」


 タタルクさんと鉱石の詰所まで一緒に歩く。ここに初めて来た道のりを逆に辿って。


「オメー、これからどうすんだ?」


「あたしですか? 村に帰りますよ?」


「そうか。…………途中まで一緒に行ってやろうか?」


「いいんですか?! うわ、嬉しい! ありがとうございます! もしかしてあたしのこと狙ってます?」


「やっぱ一人で帰れ」


「うそうそ! うそですよ!」


 やいのやいのと言い合いながらも、タタルクさんは村まで送ってくれるそうだ。やっぱり良い人だ。いやハーフドワーフさえ魅了するあたしの美貌のおかげかな? ああ自分の魅力が恐い。


 鉱石の山に腰掛けていた奴隷頭がこちらに気付いて立ち上がる。それにタタルクさんが歩み寄る。


「よう。長い間ご苦労さん、もう戻ってくんなよ」


「おう。テメーも、なんだ…………達者でな」


 ガッシリと握手を交わす両者。そこには不思議と寂しさが感じられた。


「ラキ、お前も、もう売られてくんなよ」


「もう頼まれても来……………………」


 ニヤリと笑う奴隷頭。差し出された手を掴もうとして、言葉に詰まる。


 綺麗な小川に池がある。林には動物なんていない。鉱石が運びこまれきて選別する。お昼の食堂では皆が寝てて。芋がギッシリ詰まった樽。ひょこひょこと動く黒髪に。新年はお酒で乾杯した。収穫の手伝い。針が曲がったり洗い物が破けたり。全部が庭だと聞かされて。馬車道の雪かき。女奴隷部屋での語らい。チビに女心を説いて。鞭打ちに意識が飛んで。スープにお肉が入ってると嬉しくて。いつもキツい仕事は代わってくれた。お互いの顔が煤だらけになって笑って――――



 感情が追い付かない。


 気付けはボロボロと涙を溢していた。


 掴もうと差し出した手は、そのまま顔を押さえつける。それでも涙が止まることはなく。


「ック、スン、ウェ、ぁぁぁぁぁぁああああああああああ!」


 なんで自分が泣いているのかも分からなかった。


 タタルクさんと奴隷頭が困ったように笑っている。


 そこに、いつかのように鉱石を詰めた木箱を持ったチビが通り掛かる。


 会った時と変わらない、面倒そうな顔で、木箱を置いて近寄ってくる。


 ……なんだろう。何を言うんだろうか。


 これが最後かもしれない一言。


 別れの一言。


「腹でも痛いのか?」


「…………こ、いつぅ!」


 そのまま胸にすがり付いてボスボスと腹を殴ってやった。ほんとにこいつはダメだ。全然ダメだ。全くダメだ。これっぽっちもダメだ。


 …………まあでも、避けなかったから、許してやるか。


 これからのあたしの人生への激励にしては、ややロマンチックさに欠けるけれども。


 お嬢様は大変だなぁ。


 ある冬の晴れた日、あたしは奴隷から解放された。



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