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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
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従僕40



 それでも長くは持たない。


 なんせ視界に星が飛んでいるのだ。


 お嬢様が誕生日の贈り物だという絵本を踏みつけられた時も飛んだものだ。やあ、綺麗だなぁ……………………。


 おっと、危ない。


 今の隙に斬りかかられたら死んでいた。大丈夫。相手は無防備にも背中を晒しているのだ。しかも女性。一発ぶん殴って終いだ。頑張れ。


「……落ち着いて聞いて欲しいんだが……」


 穴が空いた右手を握りしめて後ろに引くと、その気配を察知したのかロゼルダが剣を掴んでいない左手を上げて制止してくる。


「何か誤解が生じているようだ。私は何も――」


「それ、ここに近付いてくる三人と関係してる?」


「……」


 ピクリと僅かながらな反応だったが、それが真だと証明してくれた。


 時間稼ぎか。


 通行人であって欲しかったが、相手はどうやら後詰めも用意しているらしい。この冒険者連中は雇っただけか、もしくは信用を得る為の捨て駒か。だとすると詰めて来ている三人が本命なのだろう。


 その実力が、斬られた冒険者より上であることは間違いない。


 モタモタしていられない。


「言っていることが、よくわ――」


 会話の途中で振り向き様に剣を横薙ぎに振るってきた。それは先程見せた歩法のような相手の呼吸を外すものだった。振るわれた剣も速くはないが、ただ真っ直ぐと一分の乱れもない斬線が攻撃を避けにくくしている。


 飛び込むように身を低く、半歩前へと踏み入れる。そのまま右拳を相手の右脚へと叩きつける。激しい破砕音と共に膝当てが凹み、握り込んだ拳から血が舞う。


 しかし浅い。


 肉体までダメージが及んでいないのか、頭の上を通り過ぎていった剣が直ぐに切り返して戻ってくる。


 この剣がヤバい。


 斬撃そのものも鋭いのだが、生み出される雷とやらに耐えきれない。


 が、それは当たればの話だ。


 左拳で相手の剣を迎え撃つように手甲へと一撃を入れる。速さそのものは大したことはない。その予備動作のない動きにタイミングを狂わせられるというだけで。


 もう慣れた。


 手甲は他の部位より装甲が薄いらしく、凹んだ先へと手応えがあった。それを証明するように緩んだ掌から剣が飛び、表情も苦悶のそれへと変わった。


 あと一撃なのに……相手の方が間に合った。


 ロゼルダと体を入れ換えるようにして背後に回り、その腰に蹴りを入れて押し出す。すると後ろから飛んできていたナイフが何故かロゼルダの眼前で止まり、紐で引っ張られたかのように主の元へと返っていく。


「失態だぞ」


「……申し訳、ございません」


 新たに現れたローブを着込む三人に、体勢を整えたロゼルダが右手を押さえながら頭を下げる。


 それはやや珍妙な光景であった。


 身分のそれを言うのなら、この場で一番高く見えるのは立派な装備をした騎士であるというロゼルダだろう。そのロゼルダが頭を下げる相手というのが、どう見ても怪しげな風体だというのだから可笑しな話だ。


 声を掛けたローブはどう見ても男性だ。ゴツい。その低い声といい大きな体格といい全員フードを被っていて顔は見えないが当たりはつけられる。


 しかし残りの二人に関しては分からない。


 小さいのと、細いのだ。


 しかも小さいのはローブの下に生き物でも入れているのか、モコモコとした何かが這い回っている。細いのは細いのでフラフラとしていて今にも倒れそうだ。


 ――――だが、一番強そうなのも、細いのだ。


 見た目に強そうなのはゴツいのだ。一番怪しそうなのは小さいのだ。しかし強さで言ったら細いのだと感じた。


 ダントツで。


 立っている位置も、真ん中にゴツいのと傍に小さいの、一歩後ろに細いのと偉い奴の立つ位置取りではないだろう。ロゼルダが頭を下げたのも声を発したのもナイフを投げたのも、ゴツいのだ。


 しかし一番厄介なのはフラフラで倒れそうな細いのだ。


 右に左にと体が揺れる度に、それに合わせてこちらも体を揺らす。


 相手の出足に合わせるために。


 すると、今まではなんだったのかというぐらい、ピタリと細いのが止まった。


「雷纏は…………あそこか」


 ゴツいのがロゼルダの落とした剣を睨む。それはこちら寄りの位置、エヴァの足下に落ちていた。


「と、取り戻しますので」


「いーよ、別に。どうせこいつら殺すんだし。回収はその後でゆっくりできるでしょ?」


 ロゼルダが慌てるのを小さいのが止めた。


 その声は予想に反して場にそぐわない、しかし体格通りの幼い声だった。


 ここに来てまだ細いのは一言も喋らない。余裕を見せるゴツいのや小さいのにロゼルダ。不安そうなお嬢様にエヴァ。


 そして、その場から切り取られたように、互いを睨む二人。


 …………ああ、そうだ。()()()だろ?


 視線でやり取りをしたような感覚に陥った。


 そんな筈はない。相手は顔すら見えないのだから。ただなんとなく通じている気がした。互いに理解したように思えた。それなら、分かって貰う必要がある。()だと考えさせなくてはいけない。


 実はクラクラだと気取られないよう、ボロボロだと見掛けで判断されないよう、頑張る必要がある。


 ハッタリを咬ます必要がある。


 ハッタリとは演技力だ。


 本当そうだな、サドメ。


 溜め息を吐き出して、相手に背を向ける。


「む?」


 ドキドキだ。今攻撃されたらどうしようもない。


 しかしそんな内心を欠片も漏らさず平静を保って歩く。正直、それだけで結構キツい。死ぬ。落ちていた剣の柄を踵で踏んで跳ね上げる。ギュルギュルと回転しながら落ちてきた剣の柄を何でもなさそうに左手で掴んで、剣身で肩をポンポンと叩く。俺すげー。チラリと相手を見ると訝しげな表情を浮かべている。少なくともロゼルダは。


「じゅーぼく?」


「お嬢様、少しお下がりください」


 呆然とした表情のお嬢様と涙の跡が残るエヴァを壁際まで下がらせる。


 相手が大人しく待っているのは、こちらの出方を見ることや様子を窺う意味もあるのだろうが、ここが袋小路だということも関係している。


 逃げ場がないのだ。


 今までは。


 こうして背を向けている間も、警戒の九割は細いのに向けている。観察されているのも分かっているので、全力で痛みを無視して平気を装っている。


 壁に手を当て、浅く息を吐き出し、深く吸う。




 さあ、やるぞ。




 握り込んだ右拳を軽く引き込む。その短い間に体中の力を右手に集める。流れの速くなる血流。力を集めんと熱を発する体。千切れて尚盛り上がろうとする筋肉。怪我を回復せんとする治癒力。そして体をグルグルと回るよく分からない(ナニカ)


 その全てを右拳に。


 心臓を動かし血流を回す労力さえ今は右手に――――


 そのせいか傷口が塞がったように血が止まり、その結集させた力に他の部位が反応しないことから、振るわれる拳は何気ない動作に見えただろう。


 そういえば、アレンも右手だった。


 死力を尽くして。


 壁に右拳を叩きこんだ。


 それは――――だからどうした? と言われる行動だ。


 悔しさに壁を叩いたからといって崩れることもなく、ハンマーのような武器で叩いても罅が入る程度。


 それが常識だ。


 ()()()、崩す。


 軽い地鳴りのような揺れと爆発的な轟音が響き渡る。


 決して薄い壁じゃない。自身の身長の倍は厚さがあり、横に伸びるその全体的な重量に置いては見当もつかない。


 その壁に、抉られたような大穴が穿たれ、もう罅とは呼べない亀裂が幾筋も昇り、噴煙が辺り立ち込め、向こうから入ってきた空気が旋を巻く。


 呆気に取られたのは間違いなく全員だろう。


 もはや動くのも億劫だ。


 しかし言わねば。


「…………お嬢様。少しこちらの方でお待ち頂けますか? 直ぐに片がつくとは思うのですが…………お嬢様がご覧になるには相応しくないと……思いますので」


 ポカンと口を開く様は、久しぶりに見た気がする。


 主のために逃げ道を作った、というのが本当のところだが、主に凄惨な現場を見せないために穴を空けたと思われるような事を口にした。


 もう無理だ。


 お嬢様達が穴の向こうへ行く前に振り返って相手を睨む。ロゼルダは顔色を蒼白にして異形でも見るような表情でこちらを見ていた。それは残るローブ共も一緒だろう。


 先程までの楽勝ムードは鳴りを潜め、その身を固めて、どうするのかと迷いが生じているようだ。


 あと一押し、必要だ。


 しかしもう何も残っていない。お嬢様が逃げる間、その身を盾に穴を塞ぐぐらいだ。


 ああ、どうしよう。タタルクはなんて言っていたかな? 奴隷頭は? サドメは? ジュレールは?


 …………ああ、そうだ。あと一つ。




 笑え。




 これが人生の最後なら。戦闘の最中なら。仕事の終わりなら。困難に直面してるなら。美味しい物を食べたなら。上手く騙せたと思えたら。


 みんな言ってたじゃないか。


 本心で、笑えって。


「……退く(しりぞく)ぞ」


 笑顔を浮かべた従僕を見て、細いのがようやく声を出した。意外にも若い声で、それが男か女か微妙なものだった。


「……逃がしたらバレるぞ」


「……今ので人が来る。退()()ぞ」


「了承した」


 小さいのとロゼルダは口を挟まず、言われるがまま撤退を始めた細いのについていく。それは風のように速く、何らかの魔術に思えた。


 もはや気配を感知できるほど、磨り減らせる神経が残っていないので、見えなくなるまでそれを見送った。


 言っても大通りから二本しか通りを挟んでいない袋小路だ。遠からず人の声も聞こえてきた。


 ぺたりと腰が抜けたのか、エヴァが座り込む。


 それを見て、俺も倒れこんだ。


 お嬢様の視線が呆然とそれを追う。


 むりむりむり……もう、むり。


「……じゅーぼく……ぁ……ああ、やぁだあ!」


 じんわりと思いだしたように広がっていく出血を見てお嬢様が叫ぶ。


 なんか、呼ばれた気がしたが、いち早く飛んでしまった意識に、声は届かなかった。



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