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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
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従僕39



 街中といっても、人気(ひとけ)のない道は存在する。


 それは人で溢れる王都も同じだ。大きな通りだったら途切れることのない人の波に嫌気が差すほどだが、通りを一本逸れるだけで誰もいなくなる。街中に点在するスラム地区が、その事に一役買っている。


 誰しも危ない場所には近付きたくないものだ。


 馬で移動しないのなら、当然歩くことになり、歩くのなら人の波に揉まれることになる。


 しかし急ぐ必要があるのなら、人のいない道を行くのが合理的だ。


 だからスラムと大通りの狭間のようなところを進んでいる。


「……」


 いや馬で行けよって話だ。


 相手を知らないこちらとしては、通行人に紛れ込まれる可能性もあるので人混みを行くのが困難なのは分かる。しかし人目に付かなくなったら襲ってくるのも分かっているんだから。


 馬で行けよって話だ。


 ロゼルダ様を先頭に、エヴァと手を繋いだお嬢様、剣に手を添えているアレン、死んだ目の従僕と続いている。


 チラリと大通りが見える横道で視線を向ければ、人に隠れた冒険者を発見。追いかけて来ていた一人だ。


 周りを囲まれているのは間違いないだろう。まさかこのまま騎士団の宿舎に着けるはずがない。


 馬で行こうよお!


 こんな何もない裏道だというのに、うちのお嬢様は楽しそうにキョロキョロとしている。


「エヴァ、奴隷小屋がいっぱいあるわ」


「シェリちゃん、普通の民家だよ」


「そう。つまり奴隷落ちした時にそのまま奴隷小屋になるのね? 画期的だわ」


「その時には差し押さえられて売られてるって……」


 お子様は呑気ですね。


 今にも襲撃が行われそうだというのに。アレンもそう感じとっているのか剣帯から手が離れない。


 ピリピリとした空気の中、先頭を歩くロゼルダ様が更に一本、スラムよりの人気のない道へと入っていく。


「そっちはスラム寄りですが?」


 これに疑問を抱いたアレンが声を掛ける。従僕の気持ちを代弁してくれた。


「うむ。気付かれているだろうが付けられている。いつ襲われるとしれないこちらの消耗を待っているんだろう。襲い易い状況を作って宿舎に着くまでに一掃しておきたいのだが、流石に本道から見える道では襲ってこないみたいなのでな」


 好戦的。お嬢様の安全を考えるなら、正直今の均衡した状況を保ちたかった。


「大丈夫なのですか?」


 それな。


「私を誰だと思っている。雑兵の十や二十なら問題ない」


 不敵に微笑む銀瞳の騎士様。


 騎士には絶対的に腕が求められるというからな。冒険者崩れなら相手にならないと言うのも分かる。しかし化け物級に強い冒険者の話とかも聞いたことあるんだが?


 ダンジョンの奥深くに何日も潜ったり、(ドラゴン)と一対一で戦ったりするという人外がいると。


 そんなのがもし出てきたらどうするのか。


 一度盗賊冒険者を退けているだけに、相手も警戒して追っ手のレベルを上げているかもしれないというのに。


「俺も剣の腕には覚えがあります」


「ほう? 流石に公爵家に見込まれるだけの事はある。ではどちらが多く倒すか勝負といこうか?」


 アレン、その手は生えたばかりだから。覚えも糞もない新品だから。


 ニヤリと笑みを交わす両者に小石を撃ち込みたくなる。長年のお嬢様仕えで獲得した我慢耐性をフル発揮だ。よし。こっそり撃ち込もう。


 そんな事を考えていると、騎士様が剣を抜いた。


「ごめんなさい」


 思わず頭を下げてしまった。そんな従僕をお嬢様が何か可哀想な者を見る目で見つめてくる。


 そうだ。マジで可哀想だからね。


「お下がりください」


 手振りでお嬢様達を背後へと下がらせるロゼルダ様。びくびくと従僕もそれに続いた。いつの間にか行き止まりへとやってきていたらしい。下がらせられた背後は直ぐ後ろが壁になっている。


 ロゼルダ様が剣を向けたのは、後ろから滲み出るように現れた冒険者達だ。


 四人。


 盗賊面がいないが、あの時追って来ていた冒険者連中だ。


「引き分けですね」


「私が四人とも殺るとは考えないのか?」


 軽口を叩くアレンに微笑みで返すロゼルダ様。見世物を見られているように嬉しそうなお嬢様とガタブルのエヴァ。なんかエヴァが可愛く見えてきたよ。これが恋だろうか。なら生きて帰れたなら想いを伝えることにしよう。


 向こうは自分達が負けるとは微塵も思っていないのか、その表情には自信が満ちている。既に抜かれた武器が、その眼光と同じように夕陽を反射してギラギラと光っている。


 スッと。


 恐ろしく自然にロゼルダ様が歩き出した。決して速いと言えるほど速くはないのだが、意識の隙間をついたその歩みは瞬く間に冒険者の懐へと入りこみ、一刀でその首を飛ばした。


「ひっ」


 思わずといった感じでエヴァがお嬢様に抱き付き、お嬢様はそれに嬉しそうに笑われる。エヴァに微笑んでるんですよね? 首が飛んだことじゃなく?


 どうしてこんな風に育っちゃったんだろうな。


 鞭のせいかな。


「このっ!」


 仲間が倒れる段に当たって、ようやく武器を振るう他の冒険者。これが三人となれば、流石の騎士様も防戦一方かと思いきや。


 アレンが端の一人を仕留める。


 最初の一人の首が飛ぶ瞬間に駆け出したアレンは、その隙をついて端の冒険者の死角から、更に剣を体に隠すようにして接近。軽鎧の隙間をつくように最短距離で素早く突きを放ち、急所を一撃。相手を絶命させるに至った。


 手慣れた一撃だ。


 やはり手練れなのか、あっという間に二対二に。


 冒険者が繰り出すショートソードをその剣で受け止めるロゼルダ様。そのまま圧し斬ろうと前のめりになる冒険者の股関を素早い前蹴りで潰し、呻きながら下がった頭を刈り取るように落とした。


 アレンは突いた為に抜く動作が必要だったせいか、もう一人の冒険者の攻撃の方が先に到達しそうだったので、小石を親指で飛ばして援護した。


「へぐぇ」


 狙いが不正確だったせいか、顎を掠めて飛んでいく小石。


 おうダメか。


 しかし何故か体が固まってしまった冒険者を、アレンが喉を貫いて始末する。


 振り返ったロゼルダ様がアレンの健闘にイタズラっぽく微笑む。


「なんだ、引き分けか」


「そのようで」


 互いに笑いあう両者は夕陽を背負って絵になりそうだ。これを見つめるお嬢様も満足げだ。面白かったとか言い出しそうだ。


 ロゼルダ様は剣を血振りされると、剣を抜こうとして手こずっているアレンに近付き――――そのまま下から顎へ剣を突き立てようと振るった。


「あ?」


「――――ぐっ?!」


 鮮血が舞う。


 貫かれた、俺の手から。


 アレンへと近付く動作が、冒険者に近付く動作と同じだったので、嫌な予感を覚えて飛び出したのが良かった。


 おかげでアレンの頭を串刺しにされる前に手が間に合った。


 一瞬の停滞の後、結局手を貫かれてしまったが、その一瞬でアレンを蹴り飛ばせた。


 痛い。


 やはり奴隷が使う包丁やナイフとは違うらしい。解体の時や芋の皮剥きをしている時に怪我なんてしたことなかったので、経験した覚えのない痛みだ。


 そんな痛みのせいか今の状況に焦りを覚える。


 正直、怪しさは感じていた。それはお嬢様もそうだろう。こういう物語を語ったこともある。でもどうにかなると思っていた。狩りの楽さや魔物の討伐の簡単さが、何が起きても大丈夫だという自信を与えていた。()()人は弱いのだと。油断していた。過信していた。


 ナメていた。


 アレンの方へ視線をやると、壁に叩きつけられたらしく白目を剥いている。


 ダメか。


「エヴァ!」


「……え……あ」


 逃げろ! と叫びたかった。


 おこりのように震えているエヴァには荷が重くとも。叫ぶことで足を叱咤できると信じて。


 だが目の前の相手は更に予想の上を行く。


 バチィ! という鞭を激しく振るったような音が響くと同時に衝撃が体を貫いた。芯に響くその衝撃は血を沸騰させるような痛みと視界を白く焼く熱を伴い、俺の叫びを遮った。


 ズルリと剣が抜かれると、支えを失ったかのように体が倒れた。硬直してしまったようで細かく痙攣する体は、本当に自分のものなのかと疑問に思うくらいだ。


「……抵抗装備か? いや、『格』が高いのか? まさか『雷纏剣』の一撃を受けて消し炭にならぬとは、面倒な。まあいい、お前の始末は後だ。よもや逃げられては叶わんからな」


「ひっ」


 クルリと振り返ったロゼルダに、エヴァが悲鳴を漏らす。


 可哀想な娘だ。


 思えばなんの関係もない。


 お嬢様と波長が合ってしまったばっかりに。


 怖い思いをさせてしまったな。


 どこかの従僕のようだ。


「あ……あ……あ」


 しかし体に力が入らないのだ。


 その泣きそうな、震えている姿を目にしても。


 エヴァの瞳がロゼルダを捉える。そして呆然としているお嬢様と見比べる。


 それをロゼルダが面白いものを見つけたとばかりに笑う。


「……ははは、そうですね。元より貴女は関係がないのでしたね、可哀想に。私も酷く同情しますよ。――――そうだ。貴女だけ見逃して差し上げましょう。今回の事を口外しないと約束されるのなら、隣の方を()()()()、どうぞ振り返ることなく走り去りなさい」


「…………え?」


 その体で防いでいた道を、横にズレて空ける。


 先程までの作り物めいた彫像のような美しい笑顔とは違い、ニヤニヤと恍惚を抑えきれずに出た生の表情で。


「エヴァ、行きなさい」


「……え、シェリちゃん?」


「わたしは大丈夫。だって……」


 なんと続けるつもりだったのか。


 言葉をなくしたお嬢様がエヴァを押す。


 フラフラと一歩、二歩とエヴァが前に出て、見合わせたロゼルダはどうぞとばかりに手を振るう。


 それを見たエヴァが、道の先を見つめ、震える唇を噛みしめてやぶり――――そのまま横へと進んだ。


 ロゼルダとお嬢様の間へと。


「……エヴァ?」


「ば、ばぁーか。ぶ、ぶぅーす!」


 エヴァはガタガタと震えながら大きく手を広げ、ロゼルダを罵った。


 それをロゼルダは心底つまらなそうに息を吐いた。


「ふう、残念だ。走り去ろうとしたら『四人とも殺るって言っただろう?』って言おうと思っていたんだが。互いに殺しあって生き残った方を見逃す、の方が良かったかな?」


 ポロポロと泣き出し始めたエヴァを見て、お嬢様が何を思ったのか。エヴァが前に出たことでお嬢様の全身が見える。


 震えていた。


 初めてできた友達を失う事が怖いのか、それとも今から自分に降り掛かる不幸が恐ろしいのか。


 とにかく震えていた。


 怖いのだ。




『うぅ、こあい……』




 ああもうほんとに。ちくしょう。ちょっといい感じで眠たかったのにこの人は。従僕はボロボロだっていうのに鞭を打つのが好きですね。いつも自信満々のくせして不安な時の落ちようも凄い人で。危ないって分かってるのに平気な顔して。ほんともう大概にしとけよくそ餓鬼め。


 ボロボロだ。体から痺れは抜けてない上にどことなく焦げ臭い。手に穴が空いてるし力が入らない。


 しかし。


 スッと立ち上がれた。




『よんでぇー』




 お嬢様の顔を思い浮かべると、拳を握れた。


 独り言を囁いていた寂しい奴に話し掛けてやる。


「へえ、それは大変お優しいですね。私はあなたを見逃すつもりがありませんが?」


「…………ちょっと、信じられないな。ワイバーンでも一撃で焼き殺せる(いかずち)だったんだが?」


 ああ、そうかい。


 背を向けたまま話すロゼルダ。後ろを取られているので会話から隙を突きたいのだろう。トドメを刺さないからだバカでブスめ。


「あなたの存在にお嬢様が怖がっております」


「だから?」


 だからだと?




「だから、俺がお前を『修正()』してやるって言ってんだよ」




 書き換えは従僕の得意分野(しごと)だ。


 不安そうなお嬢様の顔に笑顔で応える


 お嬢様もエヴァも大丈夫ですよ。だって、


 ――――――――じーぼくー、が居ますから。



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