従僕38
「ロゼルダ卿ではございませんか。どうされました?」
入り口に立って対応するのは隊長さんだ。飛び出していった兵士が一緒ではないので別件の可能性があるとお嬢様一行は中で待機だ。
「ここの担当である兵に急ぎの用件があると聞いて来たが?」
「騎士団長様は?」
「団長閣下は所用で出ていたのでな。急ぎ私が参った。既に伝令を出しているので直ぐに戻ってくるだろう。して、団長閣下を呼び出す程の大事とはなんだ?」
手綱を引いて馬を落ち着かせたロゼルダ卿とやらが、被っていたヘルムを脱いで降りてきた。
胸甲や名から予想はついていたが、銀髪銀瞳の女性だ。ヘルムから溢れた髪は長く腰に届く程だ。余程急いできたのか、顔を振れば周りに汗の粒が散っていく。
「あ、それが……」
隊長さんが知っているということは、この女性は騎士に間違いがないだろう。ただ、予定していたトップではないようだ。確かに、御印を見せた衛兵達ならともかく騎士の頂点が大事だから来ての一言で、こんな場所までやってはこないだろう。
しかもお嬢様については秘密を約束されている。
ロゼルダ様がどのぐらいの地位にいるかは分からないが、わざわざ来てくれただけありがたいというもの。ちくしょう。
「あ」
声を上げたのはお嬢様だ。その顔には、そういえばわたしの事を内緒にしたら来てくれないわよねなんで教えてくれないのよ従僕あとで鞭よ、と書いている。鞭は被害妄想だ。
従僕めの狙いは時間切れでしたので。
できれば気付かれることなく学園にお戻り頂きたかった。騎士なんて誰しも貴族と聞くから、まさか身分を明かさなければ取り合ってくれないと考えていたのに。
清廉潔白な方なんだな。くそったれ。
お嬢様の視線に気付かない振りをしつつ、この後の対応をどうしようかと考えていると、お嬢様がスッと立ち上がった。鞭だろうか?
フードを脱いで御印を出して入り口を出ていくお嬢様。
しっかりと右手には涙目のエヴァを引き連れている。
顔バレも身バレも気にはしないと?
「……ふうぅぅぅぅぅ」
深く溜め息を吐き出す。もうこの瞬間しか吐けないかもしれないからね。勿論、お嬢様には聞こえないように。
お嬢様の思惑にも従僕の策にも気付かなかったアレンは、予定通り騎士が来たとでも思っているのか、お嬢様に無言でついていく。そして何故か自らもフードを脱ぐという大物ぶりだ。おい逃亡奴隷。
「呼んだのはわたしよ。シェリー・アドロア・ド・マリスティアンが騎士団長を呼んだわ。事は王都の存続に関わってくるかもしれないことよ」
「な?!」
街中に既に魔物が入りこんでいて、それがどれぐらいの規模かも分からないとなればそうでしょうけど。
御印を掲げエヴァと手を繋いで並び立つお嬢様に、隊長さんは絶句し、騎士様も驚愕に声を無くしている。隊長さんもまさかそこまでの大事だと思っていなかったんだろうなぁ。
「……詳しく聞き及んでも?」
「もちろんよ。ここに証人もいるわ」
「アレンといいます」
流石のアレンも粛々と頭を下げている。騎士様だからかな?
「失礼した。ロゼルダ・アルバイン・ド・シュヴァリエと申します。マリスティアン公爵家ご令嬢の近衛でしょうか? 平民を近衛にしたと噂には聞き及んでいましたが……」
左手を剣に添え握り拳を心臓の位置に当てる礼をされたロゼルダ様。アレンの姿を観察していたが、ピクリと鼻を動かして鋭い視線を入り口に向けてくる。
「…………もう一方、居られますか?」
未だに踏ん切りがつかない往生際の悪い従僕のことだろう。
「ん? あ、ちょっと従僕」
「従僕?」
後ろに控えていると思っていたのか、今頃になって入り口から顔を出した従僕にお嬢様がお怒りだ。ロゼルダ様に視線を向けられたので、頭に手を当ててペコリと下げる。
「召し使いですか…………これで全員でしょうか?」
「そうよ」
「それではお話を……いえ、場所をかえましょう。どこに耳があるとも限りません。騎士団の宿舎へ参りましょう」
鋭く周りを見渡して、そう言ってのけるロゼルダ様は冒険者の気配を捉えているようだ。流石は騎士様なのだろう。
再び馬に股がり安心させるように笑顔を浮かべてお嬢様へ手を伸ばすロゼルダ様。絵画を思わせる情景だ。共に美女と美少女であることもあって、英雄譚の一節のようだ。
「国一安全な場所ですよ。御付きは追い追い来るでしょう。先に参りましょう」
「いやよ」
お嬢様でなければなぁ。
柔らかかった笑顔がやや引き吊る。それでもめげずに声を掛けるロゼルダ様は立派だと思う。
内心は、このくそ餓鬼が今のは頷くところだろうが空気読めやボケこら恥かかせやがって何が嫌だ馬鹿が俺の方が嫌だわカスこのやろう、とか思っていたとしても。いや、ロゼルダ様は思ってないかもしれないけど。
「御付きを心配しているのですか? お優しいことですが、御付きも貴女様の安全を第一に望んでおりますよ」
「歩いていくわ。エヴァと一緒に」
グイッと引っ張られるエヴァはパクパクと言葉にならない声を出している。エヴァと俺だけはしっかりとフードを被っているので表情は見えないが、きっとお嬢様が好きな青い色をされているんだろうな。
お嬢様の答えに些か瞑目していたロゼルダ様だが、目を開くと馬から降り、手綱を引っ張って隊長さんに預けた。
「すまないが迎えを寄越すので預かっていてくれ。それではシェリー様、私が先導致します」
「許すわ」
騎士様って偉いな。
早速と歩き出す騎士様を放っておいて、隊長さんに目をやるお嬢様。相変わらずのマイペースだ。
「出ていった兵士が帰ってきてないわね。お役目を果たせないんじゃない?」
「はっ! いえ、少しの間なら自分だけでも大丈夫でございます!」
「……そうなのね。ロゼルダ卿、兵士は一緒じゃなかったの?」
「徒歩だったので置いて来ました。全力で走ってきたのか息も上がっていて……。ここから宿舎までは大分あります故。せめて馬車を呼ばれては?」
そうだね。王都って広いしね。
ただ縦断するだけでも歩きだと何時間も掛かる。見て回るのなら一月掛かってもおかしくない広さだ。基本的にスラムがある外区と、スラムのない内区に分けられ、それぞれに東西南北の区分けもされている。また王城がある中央区もある。
騎士団の宿舎がどこかは知らないが、伝令に走って一時間以上の場所なんだろう。
気遣いに乗っておいた方がいい。もうすぐ日も暮れてくる。
しかしお嬢様は首を横に振る。
「エヴァと歩きながらいくわ」
「御守り致します」
さっきからエヴァとエヴァとと言っているが、もしかして観光がてら進むつもりだろうか。何か事情があると踏んだのか、真摯に頭を下げるロゼルダ様が些か可哀想に思えてくる。
まさかお嬢様に逆らうわけにもいかず、一行は周りを囲まれているというのに歩いての移動となった。
馬の世話得意です。隊長さん、自分が替わりましょうか?




