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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
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従僕37



「こ、このような場所で待たずとも、連絡を入れて公爵邸へ騎士の方をお連れするように手配することも可能ですが?」


「気遣いは無用よ。あ、見てエヴァ。武器が置いてあるわ」


「う~、シェリちゃん、危ないよ~」


 詰所の中を興味深げに観察するお嬢様。手を繋がれている関係でエヴァが強制的にご一緒だ。その後ろを付いて回る従僕は、お嬢様に話し相手が存在するので出番無しとなっている。アレンが入り口で外を警戒しているので、まさに何もしていないのは俺だけとなっている。


 隊長も、まさか怪我をされるわけにはいかないと先導したり解説役を買って出たりと忙しい。親しくされていることもあってエヴァも貴族だと勘違いしているのか、その物腰は両者に対して丁寧だ。しかしここに至って伝令が三名も出たのは面倒を押し付けられたのだと気付いたようで、遠回しに帰ってくれと言ってきている。


 なんせもうそろそろ二時間が経つ。


 そもそもそんなに簡単に騎士様に会えるのかという問題があるため、隊長さんも精神的に参ってこんな事を言っているわけではなく、屋敷で待っていた方が疲労も少ないだろうという気遣いも含まれている。多分。


 俺もそうした方がいいと思う。


 そしてできれば王都滞在中には面会叶わず、証人であるアレンと見届け人としての俺を置いて学園に帰る時間になってほしい。腕の立つ新しい近衛を代理として立てて、この件が終わるまでは傍につけるとかどうだろう。そしてお嬢様が新しい近衛をお気に入りになって……クビとなった従僕は晴れて自由……騎士団のお偉方が事を丸く納めてくれて……アレンも解放されれば言うことはない。


 いいな。


 妄想の中の新しい近衛が何故か泣きそうなエヴァであることをのければそれが理想だ。そうならないかなぁ。


 まあ、まず公爵邸に帰れるかどうかで問題となるんだが。


 冒険者の気配はこちらの周りをウロチョロしている。どうやら衛兵の詰所ということで警戒しているらしい。あちらは恐らくお嬢様が貴族だと気付いていないのかもしれない。追い返されて出てくるのを待っているんだろう。


 せめてどれぐらいの数の冒険者が周りを張っているのか分からないと脱出のしようもない。騎士団長なんて肩書きを持っている人が来てくれるのなら、それを待つのが良策というものだ。突破するにしろ保護されるにしろ、心強い味方となってくれる。


 お嬢様もそれが分かっているから、特に見るところのない詰所だというのに大人しく……。


「あきたわね」


 わかってなかった。


 俺がお嬢様を。


「ちょっと小腹も空いてきたし……エヴァ、なにか食べましょうか?」


「え? え?」


 あれ、今って大変な状況だよね? あたしなんでここにいるの? 手、離してくれない……。え、それが今、重要? 帰りたい。…………なんてことを考えてそうな表情の「え?」だった。


 もしかしなくても詰所の中を見ていたのは食べ物でも探していたとかだろうか。そんなまさか。


 クぅ~~~~。


 キツネかな。


 咄嗟に顔を逸らした隊長にエヴァ。きっとキツネを探しているのだろう。お嬢様はキツネに興奮されているのか、頬を少しばかり紅く染めている。


「…………じゅーぼく、おなか、へった……」


 そうですか。


「『むかしむかしあるところに』」


「なんでお話を始めるのよ」


 てっきり「ごほんよんでー」の隠語かと。


「しかもなんて言ったのかわかんない」


「ここは悪漢どもに囲まれております、と申しました」


 俺はニッコリとお嬢様に笑いかけた。


 動揺したのはお嬢様以外だ。隊長は絶句し、エヴァは緊張し、アレンは敵を見定めようと目を細くしている。


 この流れからすると「従僕、なにか買ってきなさい」と言われるのは目に見えている。しかしてそれは、敵が待ち構える中にノコノコと一人で出向くようなもの。


 死と同義だ。


 事情を理解されていなかったお嬢様なら下された命令だろうが、従僕が掴んでいる状況を今まさに全員が共有したのだ。空腹も我慢してくださるだろう。


「そうなの?」


「まず間違いなく」


「……そう」


 お分かり頂けましたか。


 やや残念そうなお嬢様は、テーブルの周りを囲んでいた椅子の一つにエヴァと一緒に座った。兵士の体格に合わせて作られているせいか詰めれば女子が二人座れるサイズだ。成されるがままのエヴァにお嬢様がギュッと抱きついて言った。


「じゃあ従僕、なにか買ってきなさい」


 死ねって?


「ほんとは自分で選びたかったのよ? ……でもまだ悪い奴がついてきてるんなら仕方ないわ。従僕のセンスに任せるから、なにか食べ物と飲み物を買ってきてちょうだい。ああ、そうね。エヴァはなにか希望とかあるかしら?」


「しぇ、しぇ、しぇ、シェリちゃん?」


 頭大丈夫? って続けてやってくれ。


「なんと……悪漢に追われているのですか?!」


 このピンチを打破するために、ポケットに飴でも入ってないかと探っていると、固まっていた隊長さんが動き始めた。ダメだ。小石ばっかりだ。


 何を今更と思ったが、そういえば状況説明は全くしていなかったな。


「なるほど、だから彼は入り口から動かないのですな? すると彼が近衛でこちらは召し使いか……」


 今は飯使いが正しいかな。


 隊長がチラリとアレンの腰にある剣となんの装備もない俺を見比べてそう判断を下した。


「しかし……周りが囲まれているとなると、使い走りも困難でしょう」


 隊長様!


「だいじょーぶよ」


 お嬢様?


「ここを襲撃するほど愚かではないようですが、外に出るなら分かりませぬ。かといって、戦力を割くのも愚策。うーむ…………どうすれば……」


 いや、ワガママ娘がただの娘になってくれるだけで解決しますけど?


「おい」


 肯定しても否定しても死んでしまう状況に打開策を思い巡らせていると、アレンが声を掛けてきた。


 入り口に注目が集まる。


 視界の邪魔にならないようにとアレンが体をズラした入り口の向こう、通りの奥から馬を駆って何者かがやってくるのが見えた。



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