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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
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従僕36



 駆け込んだ先は衛兵の詰所だ。流石に一息に騎士様に取り次いで貰える場所に心当たりなんてなかったのだろう。


「なんだ、どうした?」


「あ、あの、あの!」


 詰所の中には鎧を纏って槍を手にした兵士が四人いた。槍を持ったのは俺達が駆け込む前だったことが伺える。何故分かるのかといえば、遅めの昼食なのか食べかけの食事がテーブルに載っていたからだ。


 駆け込んできたのが怪しげなローブ姿の輩とあっては仕方のない対応だろう。


 アレンなんかはいつでも剣が抜けるようにしているしな。警戒は最もだが止めてほしい。敵を増やすような行為だぞ、それ。


 説明をしようとしていたエヴァが、それでも何をどこまで説明すればいいのか分からないと気付き更に慌てる。そういう対応に慣れているのか、兵士の方は冷静だ。エヴァを落ち着くように促している。


 助けを求めるようにこちらを見てきたエヴァに頷いて、フードを脱いで前に出る。


「申し訳ないのですが、王都の警備を担う騎士様にお取り次ぎ願います。火急の件にて至急お会いしたいと」


「はあ?」


 エヴァを落ち着かせていた兵士が驚き……というより、こいつ大丈夫か? といった声を上げた。


 こういう時の対応が決まっているのか、答えている兵士は一人だったが、後ろにいる兵士も何を馬鹿なといった表情だ。


「騎士の方は、より重要な任務についている。お手を煩わせるようなことは慎むべきだ。大丈夫だ、用件は私達が聞く。それがお前達のためでもあるんだぞ?」


 親切そうな台詞だが呆れたような表情は隠しきれていない。まあ、気持ちは分かるんだが。


「ありがたい申し出なのですが、秘匿性を重視している内容でして……。どうしても最初に騎士様にお伝えしたいのです」


「くどい!」


「これでも?」


 割り込んできたのはお嬢様だ。


 顔バレを防ぐのに全員フードをしているというのに、胸元から御印を取り出しては意味がないと思うのですが?


 これで衛兵が敵側だったらどうするのか。


 お嬢様は従僕めにいつもキツい一撃を与える。


 クラッときたよ。


「なんだ? そのネックレス……が…………?! あ、ああ………………」


「…………隊長? どうかしたんですか?」


 御印の細部を見つめるに当たって、隊長と呼ばれた兵士の顔が驚愕へと歪んでいく。


 悪魔に出会った人の表情だ。


 それも生半可な悪魔じゃないぞ。神官の説法も聞かない系だ。裸足で逃げ出すのが良い判断だ。判断を間違うとこうなる。奴隷から近衛(おもちゃ)に変身させられるのだ。


「隊長に何をした!」


「馬鹿! 違う! 止めろ! ひ、膝を、早く! 膝をつく、下に! あ、ばっ、跪け! 早く、直ぐに?!」


 いきなり口をパクパクし始めた隊長に、御印を不審に思った他の兵士が、こちらに槍を突きつけてくる。しかしそれを隊長本人が手を広げ身を大きく乗り出して止めた。


 無理もない。


 マリスティアン公爵家の御印は杖に纏わりつく蛇をモチーフにしている。それを公爵家の紋だと知らなければ呪いの道具(アイテム)っぽいもんな。


 蛇は(いにしえ)に存在した『龍』という存在らしく、中々に変な蛇だしな。


 槍を体で受け止めんばかりに興奮している隊長に、流石に他の兵士達もこれは変だと槍を納める。渋々といった表情で隊長に命令されるまま跪くが、もしこちらが悪漢なら首を差し出すようなポーズなのでこれも仕方ない。しかし同じく跪いた隊長の続く言葉にて身を固めてしまう。


「は、ははぁ! 王家の血脈、マリスティアン公爵家ご令嬢とお見受けします! 先程までの不遜な態度を深く謝罪致します。どうか、ご容赦の程を」


「許すわ」


 なんでエヴァまで頭下げてんの? そしてお嬢様はどっちに向かって言ったの?


「御寛恕、感謝致します」


 ホッと息をつくエヴァと隊長がシンクロだ。いやエヴァ。君は大分従僕コースに乗っているから。


 お嬢様のフードに隠されている顔はきっと笑っているから。


 ヤバいから。


「して、このような所に何用でしょうか? 勿論、身命を賭して叶えられる望みは何なりと」


 そんな悪魔に気に入られているとも知らないエヴァをおいて、隊長が用件を訊いてくる。お嬢様も、ああそうだったわね……、なんて呟くものだから何を考えていたのか丸わかりだ。


「騎士団長を呼びなさい。シェリー・アドロア・ド・マリスティアンが呼んでいると。ただ、事はひ、ひひひみつ?」


「秘匿性」


 クリンと振り向いて小声で訊いてきたので、同じく小声で返す。


「それよ。ひとくせーを重んじているから、内緒にしてちょうだい。あと、あなた達もここにわたし達がいるって喋っちゃダメ。いーい?」


 こいつ怪しい(クセー)なって意味での人臭(ひとくせ)ーだったらそれでいいと思います。この兵士がそれならもうアウトですけどね。


 貴族様の権勢を使うのなら冒険者ギルドなんて行かなかったのに。本当にこの娘は。


 溜め息を吐く寸前で再びクリンとお嬢様が振り向いてきたのでニッコリと笑顔を返した。


「何か言ったかしら?」


「いえ、何も申しておりません」


「そう」


 へっ。泣き虫令嬢が。


「じゃあ何か思ったかしら?」


「いえ、何も思っておりません」


「うそ」


「お嬢様、それでは逆さ読みにございます」


 ははは、お嬢様はそそっかしいなぁ。


 あら、ほんとだわ? と返したお嬢様と互いに笑い声を上げる。そこだけ切り取れば和やかなものだが、従僕の内心では汗が滝のように流れ落ちている。


 本当に心が読めたりはしませんよね?


「おい、いいのか?」


 こそっと従僕に聞こえるぐらいの声量で囁いたのはアレンだ。万が一魔物が氾濫などしないようにと考えているアレンにとって、事の露見は重要なのだろう。


「問題ない。呼んだのは騎士団長様だ。騎士の頂点に立つ方が悪事に手を染めているのなら、この案件はどのみち手に負えるもんじゃないさ」


「……それは、そうだが」


 不満げなアレンに力強く頷いて有耶無耶にする。


 まあ、自分で言っていても納得できる内容じゃないよなって思った。まるで値段が高い物は美味いと言っているようなものだもんな。根拠がない。


 俺としてはお嬢様とアレンが無事なら満足なのだ。


 アレンが見たという魔物の対処も、お嬢様とアレンが出張っているからついてきているという感じだ。不真面目ですまん。


 だが従僕(おれ)英雄(アレン)と違って他人のためにどうこうと思うことができない。 


 どうしてもできない。


 お嬢様の命令を受けて兵士が飛び出していく。


 それを見送って詰所には俺達と隊長だけが残される。


 覚えのある冒険者の気配がそこまで迫っていた。



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