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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
41/99

従僕35



「……それなら、できると思います」


 コクコクと何度も頷くエヴァに従僕も一安心だ。


 何も特別な事を頼んだわけじゃない。ただの道案内だ。これは王都に不慣れなお嬢様と従僕には無理だし、アレンもブランクがある。エヴァしか適任がいない。


 行き先は、アレンが見たという魔物が箱詰めされている倉庫ではなく、騎士団の詰所だ。


 つまり早々に人任せにするというか、白旗を上げるというか、安全な所に逃げ込ませて貰おう。


 この従僕の意見はお嬢様にも聞こえている。しかし反論はない。逃げることに賛成されているのか、どちらにせよ確認は必要だと思っているのか、何を考えているのかは分からないが、お嬢様は楽しそうにされている。


 アレンも難色を示しているが、声を上げることはない。まさか冒険者ギルドがと考えていることもあるんだろう。


 タタルクが言う冒険者ギルドでは情報を重要視しているらしく、その如何によっては死に繋がるので信頼度は常に高める努力をしているというものだった。中でも記録は、既に起こった過去のものであるのだから、間違っても信頼度が低くなるなどと言う筈がないのだ。


 どの冒険者がどれだけの魔物を倒したかは査定に繋がる。昇級を担う側のギルドが、記録は不確かだ、などと言うなら、そこには理由があるのだ。


 これで入ったばかりの新人ならともかく、職員歴もそこそこに長く、問いに対しても迷うそぶりがなく即答だった。


 まるで回答が決まっているマニュアルのようだ。


 これは黒だろう。


 これに本人の感想が、魔物なんて気にしやしない、なんて怪しいにも程がある。冒険者ギルドは国を越えて繋がる機関だ。他国同士で繋がる機関が許されている、その大きな理由は、どこにでもいて人間を害するという魔物の存在のためにある。冒険者ギルドの職員は、魔物を()()()()()()()()だというのに、軽い話で流してしまおうという意図があった。


 アレンの話だと報告が行っている筈とのことだったが、根本で揉み消されている可能性もある。もしくは、()()()()()()報告になっているのかもしれない。


 なるべく安全な箇所から回るつもりが、早々に鬼札を引いてしまった。お嬢様の興味を引きつつ真相の外側を撫でる無難な所だと思っていたのに…………冒険者ギルドめっ!


 まさかギルド全体がそうではないだろうが、こちらからは裏切り者の見分けがつかない。最も駆け込みやすい受付に罠を張っていたのはわかったけどね。ちくしょう。


 縦に並んで冒険者の間を進む。先頭はエヴァ、次にお嬢様、更に従僕ときて殿はアレンだ。


 扉の前に来て、お嬢様と従僕の間に入ろうとする冒険者が。酷く自然に、まるで押されて仕方なくといった風を装っているが、目的は分断だろう。


 邪魔だ。


「お、おい!」


「押すな!」


「ばっ?!」


「……ぐっ」


 割り込んできた冒険者の肩を掴んで無理矢理退かす。その際に退かす方向にいた冒険者を巻き込んで押してしまったが、まあ仕方のない犠牲だろう。


「……相変わらずの馬鹿力か」


「奴隷を十年続ければみんなこうなる」


 騒ぎになりそうな気配を感じとったエヴァがそそくさと出ていく。呆れ声を上げたアレンもしっかり付いてきている。扉の外では、その脇に腕を組んで立っていた冒険者が左右に一人ずつ。こちらと目が合うと慌てて視線を逸らした。四人共に出てきたのが予想外だったのかな?


 人混みを抜けたので、お嬢様がエヴァと並ぶ。嬉しそうに手を繋がれているが、エヴァの方はお嬢様の身分を知ったからかやや緊張気味だ。いや今の状況のせいもあるのか。


「えと、こっちです」


「くふふふ。なんか楽しいわね」


「左様でございますか」


 追われてるんですけど。


 エヴァに頼んだルートは人目につかず、できれば追っ手を撒けそうなものという無理めの注文だ。人の多い場所は、さっきみたいに分断されたり人混みに紛れて近付かれる方が怖い。


「おい、来てるぞ」


「ああ、わかってる」


 お嬢様だろ? 大分キてるよな。見ればわかる。笑ってやがる。


「迎えうつか?」


「バカ。勝てるわけないだろ」


 あれ以上のステージに上がるとか正気か?


「しかし追いつかれるぞ!」


「バカ言え。ダントツだよ」


 そもそもあれの先を走っているつもりはない。


 走っているせいか手を繋いでいるせいか、お嬢様のお顔は赤みを増している。後者でないといいなぁ。そういえばメイドに連れられて帰る時はいつも手を繋がれていたっけ。意外と好きなのかもなぁ。もちろん、スキンシップの話だ。


「きたきたきた! 急げ急げ!」


「そこ! 右です! 先に!」


 突然ペースアップしたアレンがエヴァに追い付き囃し立てる。エヴァは先にいけとばかりに手を振って促す。どうしたんだ? チラリと振り返ると、おっかない顔の野郎が走って追ってきていた。アレンは相変わらず仕事をサボる奴だな。殿だろう? 警告してくれよ。


「シェリちゃん大丈夫!」


「ダメよ」


「そっか、よし! って、えええええ?! ダメなの?!」


「ええ。こんなの楽しすぎるじゃない?」


「シェリちゃんってちょっとおかしいよ?!」


 もっと言ってやって。


「そうかしら? まあでもそうね。お楽しみはもうちょっと後に取っておくものよね」


 訂正。大分おかしいで。


 アレンが身を翻した右の通路の先は壁になっていた。


 行き止まりだ。


「そこを――――」


「せっ!」


 エヴァが声を上げる前に、アレンが壁を駆け上がる。小さな窪みを足掛かりに壁の上に手を掛け、そのまま一気に引き上がった。


 その身のこなしは慣れている者のそれで、流石は熟達の冒険者だと言える。


「ええええ?!」


「従僕」


「仰せのままに」


 お嬢様とエヴァを抱き抱えると、従僕も壁を駆け上がった。


「ちがっ! あたしは横の小道に入っててえええええええ?!」


 勢いのままに壁を飛び越え、そのまま反対側に落下した。追い抜いてしまったアレンも、器用に壁を蹴って減速して降りてくる。その顔は驚き半分疑問半分といったものだった。


「……もしかして魔族だったりするのか?」


 お嬢様のことかな?


 なら、そんな甘いもんじゃない! と言っておこう。


「従僕って魔族だったのね?」


「いえ人間です」


 あなたと違って棒切れで水を生成とかできませんから。


「あ、あ、あ、来てます、来てますよ?!」


 思わず立ち止まってしまったが、追い掛けられていることを思い出したのはエヴァが壁の上を指差したからだ。


 指から毛が生えたゴツい手が掛かっている。その後にニュッと出てきた面にも髭が生えていて、冒険者というより盗賊と言われた方が納得できる人物だった。


「悪いことやってそうな顔ねー」


「全くでございますね」


 人は見かけに寄るんだな。自然の摂理というやつかもしれない。


「走りましょうよ! 呑気ですか?!」


「いいや、殺る気だ」


 取り出したのは、敬愛すべき主人から下賜された、その辺に落ちていた小石だ。ここらで追っ手を撒きたい。今朝方の狼どもと同じ所に送ってやろう。


 壁の向こうからの気配は五人分だ。どうやら一人だけ押し上げて先行させようとしているようだ。こちらは四人いるのだが組みしやすいと判断されたらしい。


 自身を幸運とでも思っているのか、下卑た笑顔を浮かべる一番槍に弔いの言葉を放つ。


救いを(エッルーゾン)


 ハズレ籤だったな。


 放たれた小石が摩擦で発火する。叩き込んだのは額だ。程なく頭部が破裂するかと思えたが、着弾と同時に響いたのは金属音だ。どうやら鉢金をしていたらしい。しかし衝撃は吸収されず額が割れて落下していく盗賊冒険者。


「あ、くそ。結構いい装備してますよ、お嬢様」


「う~ん、やっぱりどこぞの商会と関係しているからかしら?」


 いえ、遠回しな批判です。盗賊でも小石よりいい物を持ってるぞと。


 しかしこれで直ぐには登ってこれないだろう。まさか顔を出せば狙い撃ちされるというのに、積極的に的にされに来たりはしないもんだ。


 これで時間は稼げた。


「……今のは、魔術か?」


「魔術よ!」


 いいえお嬢様。小石です。


 しかし過去にこれを頷いているので、まさか訂正ができない。神期言語を使ったのも良くなかったかも。でも今のシチュエーションはお嬢様の好みからすると決め台詞は必須なのだ。


「エヴァ、ここからは?」


「え? あ、こっちです!」


 アレンの問い掛けに胸を張って答えるお嬢様を放っておいてエヴァに道を促す。手を握りあっているので自然とお嬢様も引っ張られる。それに抵抗しない。いいなこれ。


「…………あの、やっぱりお貴族様なんですか?」


「私はお嬢様の従僕にございます」


 走り出したエヴァがそれでも気になるのか従僕をチラリと見て訊いてきた。


 元奴隷だって。



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