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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
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従僕33



 英雄という人種について勉強したことがある。


 色んな世代の色んな国で現れるそれは、流浪の騎士だったり、名君と呼ばれる王だったり、稀代の冒険者だったりと、その立ち位置も様々に、突如として世に台頭してくる。


 詩に詠われる物の多くは平民と呼ばれる階級の民草から現れる物が多く、逆に本なんかには騎士の冒険譚など、貴族階級の英雄が載っている物が多いらしい。


「象徴なんだよ」


「しょーちょー?」


 物心ついたばかりの頃に、酷く疲れた顔をしたジュレールが教えてくれた。


「希望を与えんがためのね。例えどんなに絶望的な事が起こったとしても、英雄がいる、英雄ならなんとかしてくれる…………と思わせるための教育とでも言えばいいのか……だから各々の階級に手に入りやすい物に形を残す。貴族なら騎士の英雄譚を本に、平民なら吟遊詩人が詠う詩に、ともに『英雄』という形を……」


 その証拠に、世に出回る物語の八割の英雄は空想なんだという。


 残りの二割の本物は、か弱い民草のために強大な魔物に立ち向かい、暴君を挫くために絶望的な戦いに身を委ね、幾度となく膝を屈しようとも立ち上がるという、空想よりも空想のような存在だ。


 見ず知らずの他人のために、自らの身を犠牲にして立ち上がる。


 それは美しく心打つ光景ではあるだろう。憧れを抱き自分もそうなりたいと思うには十分に足る。


 しかし、それがどうも俺には響かなかった。


「……………………えーゆーはどうして――」


「…………」


 返ってきたのは寝息だった。


 この時はまだ仕事の手伝いを始める前で、余裕がなく話を聞ける時間も短かった。


 その後、仕事の手伝いを始めて、少しずつ色んな奴隷に色んな英雄譚を教えて貰った。まさか聞く側から聞かせる側に回ることになるとは思いもしなかったが。


 そのせいか、英雄についての疑問はいつの間にか消え去り、話の題材程度にしか考えていなかったのだが。


 いつか酒に酔った新人が、俺は英雄になる器なんだと言っていたのを思い出した。


 目の前にいるのはあの時の新人だ。


 但し、持っているのは酒でなくスープで、語られるのは嘘みたいな本当の話だ。


 ちょっと待ってアレン。それはダメだ。お前が伝え聞かせているのはまともな感性の相手じゃないんだ。


 最低のタイミングで最悪の相手だ。


 なんでこの前会った時じゃなかったんだ。しかも逃げ場のない個室で、話を聞くためにいるんじゃ逃れようがないじゃないか。


 唇を戦慄かせて(わななかせて)再び青い顔色に戻ったエヴァは、まさか自分の住んでいる街にそんな危険が潜んでいたのかと怯えているようだ。しかも、これ、自分が聞いていいのか? と目線があちこちに飛び体はゆさゆさと揺れている。これがまともですよお嬢様。


王国騎士団(ロイヤルナイト)に通報しましょう」


 従僕は先手を打った。


「! そそそそそうですね! あたあたあたしも! それがいいと思う!」


 エヴァがすかさず援護した。


 一言も喋らせてなるものか。


「ダメよ」


 無理ですよねー。もう奴隷式で眠らせた方が良かったのかもしれない。その方がまだ命の危険が少ないように感じてしまう。


 まだだ。まだ抵抗を止めるわけにはいかない。


「何故でございますか?」


 人目のある所での初めての反論だ。しかしまさかこれを頷くわけにはいかない。心情としては今の内に荷物を纏めて公爵領に引き返しましょうと提案したい。


「わたしの勘よ」


 かん? 勘って言ったかバカ娘(おじょうさま)。じゃあ俺の全身もこれをヤベーって告げてるから。そんなんも分かんない勘とか捨てちまってください。


 じっと見てくるお嬢様に従僕も視線を逸らさない。


 左様でございますか、と従僕が言うのを待っているのだろう。


 それは降参の合図。折れた証。服従の印。


 しかし流石にこれは譲れない。


 まるで睨みあっているような構図だ。


 ただ二人とも笑顔だが。


「…………俺も色々考えた……」


 おう、アレン。言ってやれ。


「結果、騎士団には報告できないと思った」


 おう、アレン。黙ってろ。


 アレンが落ち着かせるように手の平を向けてくる。無理だ。落ち着けない。全員眠らせて王国騎士団に一人で報告してこよう。それがいい。そうしよう。


「裏切り者がいる可能性がある……」


 しかし握り込もうとした手がその一言でピタリと止まる。


「根拠は?」


 勘とか言ったらぶっ飛ばそう。勘とかいう奴は悪だ。つまり悪魔だ。殴るのが正義だ。やったね。


「……俺は二年前まで王都で冒険者をやっていた」


「そうなの?」


 お嬢様はその言葉に首を傾げるが、俺は知っている。しかしそれがなんなのか。もうエヴァから殴っていい?


「ああ。奴隷になる前だ。その時もオークを狩って稼いでいたんだが…………なんでも集落ができていて、何パーティーかの合同で狩ろうという規模まで膨れ上がっていたらしい」


 …………それは凄いな。公爵領に魔物が多くなかったってのもあるが、王都って王様のお膝元だけあって安全なイメージがあった。その近くで大規模な魔物の群れとかできるもんなのか?


 確かに違和感があるな。


「うーん、そういえば……」


 エヴァが何かしら思い当たることがあったのか、会話に参加してきた。


「あたしも、ここ数年、王都近郊の魔物が増えたことは宿のお客さんから聞いたことあるよ。でも王都は冒険者もいっぱいいるし、魔物の素材が増えれば商人も増えて景気がよくなるって…………実際うちのお客さんは増えたし」


 すげーな王都。魔物が増えたから好景気って、そんなバカな……。


 ピンときたのは今日の明け方の出来事だ。思わずお嬢様の方を見ると、お嬢様も思い当たったのか従僕と顔を見合わせるに至った。


 代表して従僕がアレンに尋ねる。


「それと裏切り者と、どう関係があるんだ?」


「……確たる証拠はないんだが、俺が見た魔物と外で増えている魔物が関係しないとしても…………なんで騎士団は出張ってこないんだろうか?」


「それは、冒険者がいるから?」


 エヴァが答える。


「そうだ。さっきも言っていたが、王都には冒険者が多い。魔物の巣ができようと、問題なく殲滅できるくらいに。しかし魔物の数が増え、巣が増え、その規模が膨らんでいるというなら、騎士団が出てきても可笑しくはない。その報告は行っている筈なんだ。()()がその情報を握り潰してない限り」


 …………なるほど。


「内部にその誰かがいるって思ってるのね?」


 お嬢様が瞳をキラキラと輝かせて尋ねる。それにアレンは頷く。


「俺も、正直なところは分からない。密輸されている魔物を見るまで考えもしなかったことだ。王都には……腕利きの冒険者が多くいるから、少しばかり魔物の巣ができても問題なく処理できてしまう。()()()王都を選んだのかもしれない。王都の警備を担う騎士団に仲間がいるなら、魔物を運び込むのも容易だ…………考え過ぎなのかもしれないが……」


 いや、理には適っている。


 少なくとも可能性がありそうなら避けるべきだ。


「悪いと思ったが、そうすると冒険者も信用できない。公爵領で奴隷をやっていたお前なら関係ないと踏んだんだ」


「いやそれは全然いい」


 問題は興奮されている悪魔だけだから。


「王都に潜む巨悪ね! いいわ! このシェリー・アドロア・ド・マリスティアン、公爵家に名を連ねる者として捨てて置けないわ! というわけだから、行ってもいいわよね、従僕?」


 珍しく媚びたように言ってくるお嬢様。どうやら従僕の雰囲気がいつもと違うというのは感じとっているらしい。


 ね、ね? と愛らしく首を傾げて訊いてくる。天使のようだ。


 お嬢様の初めてのおねだりというやつかもしれん。ワガママなら散々聞いてきたが。破壊力は抜群だ。


 これに従僕は笑顔のまま頷いた。


「ダメでございます」



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