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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
38/99

従僕32



「お帰りなさいませ、お嬢様」


「帰ったわ」


 そう言ったのは執事のバートン様だけだが、その後ろに道を形作るメイドや従者が一斉に頭を下げた。脇に一歩逸れたバートン様の隣を、お嬢様は気にすることなく通り抜け、数歩離れてアレンを肩に担いだ従僕が続き、青い顔をしてカタカタと歯の根が合わなくなってしまったエヴァが締めた。


 お嬢様はエヴァが大変お気に入りのご様子。


 悪魔に魅入られた少女を従僕はただ見つめることしかできない。主に案内役に連れてきた俺のせいだと思うが、その、あれだ。


 諦めてくれ。


 お嬢様と付き合っていく上で、一番大切な事だ。現に明らかな平民であるエヴァが付き従い、怪しげとしか言い様のない脱走奴隷のアレンを従僕が担いでいるのに、誰も声を上げないのは何故か。


 お嬢様がそれに異を唱えないからだ。


 そもそも公爵領にあるお屋敷と違い、こちらの従者は平民の割合が高い。意見を言える方が多くないのだ。もしかしたらその歳で専任メイドとかに成っちゃうかもしれないけど、勘弁な。


 こう考えてみると、お嬢様を学園から出しちゃダメだった。ご実家や学園の寮であれば奥様にベレッタさんにと止め役(ストッパー)が居たのだが、王都の公爵邸にはそれがない。前回とは違い、お嬢様に割り振られた仕事はない。宿題をやってあるのがここに来て活きてきた。


 頭を悩ます事がなく、自分を止める者がいない、となればもう全力だろう。


 全開だろう。


 それはウキウキするだろう。


 もしかしなくとも付き従っている従僕は戦犯である。これは罠だ。


 謀られた。


 時既に遅く、宿屋の娘と脱走奴隷を確保してしまった。


 それでも家の介入を嫌がっていたお嬢様は、中級の宿屋をご所望だったのだが、アレンの持ってきた話のキナ臭さから公爵邸に帰ることを選んだ。


 なんて腰の入れようだろうか。


 こうして思いを巡らせてみると、全部計算だったのではとか思えてしまう。


 従僕に早々に御印を持たせたのも共犯意識を植え付けるためとか、観光場所に王都を選んだのも止め役がいないためとか、エヴァを連れてきたのはアレンの話を拡散させないためとか。


 そんなバカな、はは、いや考え過ぎである。


 そもそもアレンの話は断片的でよく分からなかった。動揺していたこともあるが、魔物なんて言ってなかった気がする。せっかくの期待を裏切るようで悪いが、そんなに大した話ではないだろう。


 滞在は明日までなのだから、アレンが起きるのは遅くていいな。それで実際に話を聞いてガックリきているお嬢様にエヴァ(いけにえ)を差し出そう。


 すると、どうだ。従僕の安寧が訪れるじゃないか。


 お嬢様の奸計にハマった従僕の逆転の策だ。


 まるでいつも語る物語(おはなし)のようではないか。


 そんな訳なので、途中で足に力が入らなくなって転けたエヴァを拾い上げて小脇に抱える。まさか捨て置く訳がない。本人の顔色は青を通り越して白だが、生け贄ってそういうものだというし。


 諦めてくれ。


「メイドはいいわ。全員下げて。部屋にはじゅう……ジークだけでいいわ。エヴァ…………あれ? どーしたの?」


「問題ありません」


「どーしてジューさんが答えるの?!」


 お嬢様の自室の中にいたメイドが一礼して出ていく。その際に俺へと向けられる視線は険しいものだった。


 そうですよね。新参の癖に俺だけでいいなんて言われたら、良い感情が生まれるわけないですよね。しかしお嬢様はその辺りに自覚がなく…………というより、あまり他の従者が好きではないらしく気にしていない。


 教育係にと付けられたベレッタさんを除いて、リアディスさんだけがお嬢様の琴線に触れたのかご自身で選ばれたメイドということになる。


 しかしリアディスさんは貴族階級。俺は奴隷上がり。なまじ従僕呼びが定着しているので、同じ平民の従者にも未だに奴隷風情がと思われている。


 つまりお嬢様が悪い。


「気分が悪いの? 従僕、エヴァをベッドに寝かして上げて」


「畏まりました」


「きききき貴族様のベッド?! いいいいいーです! 大丈夫凄い元気で走り回りたいくらいだから離して歩けますから元気が大丈夫で一生懸命ですから!」


 なるほどな。


「重症のようですね」


「ついでに治して貰えば良かったわね。じゃあ、シンホー術師を呼びつけましょう」


「わーん?! ふぎっ。全然全く大丈夫が平気ですから! なんなら死にますからあ! どうかどうかご勘弁してあげてですます?!」


 俺の手を振り払って飛び降りたエヴァが、顔面を床で強打しつつもそのまま這うようにお嬢様の前まで行くと、何度も額を床に打ち当てて謝った。床は毛足の深い絨毯なので怪我はしないだろうけど。


 気持ち、わかるなぁ。


 それにお嬢様はニンマリだ。よく見てそれが悪魔だよ。


「うーん、でも()()が気分が悪いって言うんなら、助けないのはマリスティアンの名折れよね?」


「全くこれっぽっちもだいじょばないことないです! シェリー様がお貴族様だって、あの、知らなくて?! ちがっ、知らないです、でしてから?!」


「あれ、シェリちゃんでしょ?」


「あれは、本当にごめんすいません! あの、ふけ、不敬でも、あの」


「シェリちゃん」


「え、あの…………シェリー様?」


「従僕、シンホー術師と治癒師(ヒーラー)と薬剤官も呼ばないとダメだわ。変な喋り方に変わってるもの」


「畏まりました」


 まあ、確かに。


 顔を上げてこちらとお嬢様とを交互に見るエヴァ。金貨五十枚の受け渡し現場にいたので、それがどういう事なのか重々承知しているのだろう。


「わー! わー! あ、あああああシェリちゃん様! シェリちゃんさまあああ!」


「まだ変ね? 従……」


「ああああああ! シェリちゃん! シェリちゃん!」


 手をバタバタと振るエヴァを満足そうに見るお嬢様。なんか面白い娘だな。お嬢様がからかう気持ちも分かる気がしてきた。


「大丈夫みたいだわ従僕。ベッドは、その元手無しの方に……」


 からかってたんですよね? もちろん。


 お嬢様が言い終わる前にアレンをソファーに降ろす。まさかアレンをベッドに放り込めば、エヴァよりも悪い結果しか待っていない。既に首が危険域だというのに、下手したら魂とかまで取られかねない。


 悪魔、こあい。


「……そうね。寝室に運んだんじゃ気がついても分からないものね。じゃあ、目をさますまでお喋りでもしましょう、エヴァ。わたし、お茶会の作法を知ってるの!」


 嬉しそうにソファーに飛び乗るお嬢様。どう見てもそれはお茶会の作法に見えないのは従僕が平民だからだろうか。ポンポンと隣を叩くお嬢様の視線はエヴァを貫いている。デジャヴ。ギシリギシリとこちらを振り返ったエヴァを見ていると涙が出そうだ。早く逝け。


「…………し、しつ、れい、します」


「なーに、それ。さっきまでわたしの手を引いていろんなお店を教えてくれたじゃない」


「いや、その、あれは……」


 カチコチと固い動きでお嬢様の隣に腰掛けるエヴァ。流石に貴族様の勧めを無下にするわけにはいかないからなぁ。お嬢様の方はとても楽しそうだ。


 きっとエヴァの頭の中では今、過去の自分をボロクソに貶していることだろう。大丈夫だ。平民以下なら誰しも通る道だから。


 おずおずと口を開いていたエヴァだが、お嬢様の変わらない態度と再三に渡る敬語禁止を受けたせいか、持ち前の明るさと話術を取り戻すのに然程時間は掛からなかった。


 お嬢様も昨今のお茶会より楽しいと公言される喜びようだ。同年代の娘とお喋りされるのも初めてでわたしも緊張していたと胸の内を打ち明ける程に気を許されている。


 そうですか。初めてのお茶会にはお嬢様と同じ歳くらいの貴族様がいっぱいだったと思うのですが。お嬢様的には、あれは初めてのお喋りにカウントされないらしい。


「え~、そんなこと言うの? 嫌な女だね。そのお貴族様」


「でしょ?! わたし、あれにはひどく気分を害したわ! せっかくのお茶もマズくなるってものよ。ね?」


「あたしだったらご飯を一緒したくないなぁ。お貴族様も大変だぁね。あ、このお茶美味しい!」


「ほんと、おいしいわ。お茶につくお菓子って甘いのが多いのよね? お肉とかの方がよくないかしら?」


「いや……シェリちゃん、お茶会だから。あー、でもあたしもそう思う。串物とかダメなのかなぁ?」


「川魚の塩焼きはおいしかったわ!」


「でしょ! あそこのは捕ったのを生きたまま店まで運ぶから鮮度が違うのよ! でも隣の露店が猫を使った見世物だから大変で」


「ネズミを追っかけるやつね! おもしろかったわ! もっと露店も見たかったわ」


「今度案内するよ! 北区に今流行りのお店があってね?」


 従僕はお茶と茶菓子の用意に回っているだけなのだ、いつもより楽な筈なのだが…………。


 耳にキンキンと響く。


 そういえば、この年代の女の子が喋り合っている様というのは初めて見る。


 話題はあちらこちらへと飛び、途切れることがない。声量もベレッタさん達とやった模擬お茶会に比べて大きい。というか高い。頭が痛くなる。思えば平民の従者の中にも、奴隷の中にも、この年代の女の子がいなかったので知らなかった……。


 これ、キツいなぁ。


 お嬢様とエヴァは平気なんだろうか? 平気なんだろうな。だとすればこれは男性特有の症状なのだろうか。なら…………。


「……う、うう」


 なんて事を考えていたせいか、この部屋にいるもう一人の男性であるアレンがうめき声を上げた。


 額に手を当てながら。


 気持ちは分かる。



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