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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
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従僕31



 教会というのは意外と大きな建物だ。


 正直な話、神像が置いてあるだけの大きめのホールをイメージしてたのだが、それぞれの用途別の部屋があり、地下もあるという巨大建造物だった。王都は別格とかそういうのだろうか。


 その教会のベッドが置いてある部屋の前の廊下で、備え付けてある椅子に一人だらしなく腰掛けている。


「まさかお金がいるとはなぁ……」


 神様も意外と世知辛い。


 腕や足などの部位欠損を治すのには金貨が最低でも五十枚もいる上に、神様の祝福とやらは一ヶ月待ちだというのだから救われない。


 救いを求めて来たというのに。


「これでどうにかしなさい」


 そう言って金貨の入った袋を差し出したのはお嬢様だ。明かに五十枚は越えている膨らみだった。多分だが、王都探索資金の筈だ。無一文の従僕の代わりに代金を払ってくれた。


 女神様かと思ったよ。


 だから悪魔に騙される人が減らないんだな。


 順番待ちの方もお嬢様の御印が解決してくれた。しかし急に対応を変えた神官様達の歓待をお嬢様は受けているため今は不在にしている。これに従僕は付き添えないとのこと。


 治療はあっという間に終わった。神様の祝福とやらは随分と短いものらしい。


 それでも効果は劇的で、アレンの手は無事に生えてきた。


 ただ失った血の補填は完璧ではなく、体力の回復も元の栄養が足りてないとかで十全にできていない。暫くは安静が必要とかでベッドで寝ている。神様も完璧じゃないのかと思ったが、口に出すのは控えた。


 ついでに何故か目を回していたエヴァも転がしておいた。役に立たない案内人だ。


「ハア……」


 今回の事で、色々と足らないのだと自覚した。


 覚悟とか、お金とか、身分とか。


 とにかく色々。


 公爵邸の敷地の隅を駆けずり回っていた頃には思いもしない物が、外の世界では必要なのだと。


 思い知った。


 今も近衛である筈なのに、お嬢様についていけない。平民では立ち入れない場所があるからだ。目を離すのをあれほど躊躇したのに、大丈夫だからと行ってしまわれた。


 危険が迫ったらどうするのか。そんな事を思ったが、教会に危険はないと先々に説かれていたので、まさか口に出す訳にはいかず。取り残されるのは平民以下となった。


 どうするかなぁ……。


 当然ながらアレンはお金を持っていないだろう。アレンは借金奴隷なのだから、あれば解放されている。やはりあの手は奴隷紋を切り離した結果なのだろうか。逃亡奴隷というやつだな。


 お嬢様に金貨五十枚以上の借りか…………恐ろしい。


 何かお金を稼ぐ手段が必要だな。流石に給金だけじゃ何年と掛かってしまう。ああ、王都に来る途中に出会った魔物の魔石が取れていればなぁ……。いや、あの状況で呑気に剥ぎ取りができたとは思えないが。


 …………踏み割った屋根やら路面やらはどうするか…………。ヤバい。考えたくなくなってきた。


 今から冒険者ギルドにいって回復薬のお釣りって貰えるだろうか。


「ああ~~もう~~」


 椅子から転げ落ちてゴロゴロと転がる。懐かしい床の感触だ。あの頃に戻りたい。


「……なにやってるの?」


「はいお嬢様」


 直ぐさま片膝をついて頭を垂れる。


 不覚だ。まさかこんなに近付かれるまで気付かないとは。なんか今日は色々が色々起こり過ぎてて従僕の容量を越えている。


「ふーん」


 何が? 何が、ふーん、なんだろうか。


 じっとりと汗が出てくる。


「じゅーぼくって……そういう喋り方もするのね。そういえば、エヴァに喋る時も、わたしの時とちがう……」


 え、それはそうだろう。まさか貴族様にタメ口はないだろう。しかも自らの主人となれば尚のこと。


 しかしどうしたことか。


 お嬢様は不機嫌だ。


 まあ、いつもか。


「左様にございます」


「ほら、ちがう!」


 そうだね。


 肯定したというのに、お嬢様の頬は膨れている。これはあれだ。神官様が面倒だったのだろう。


 お嬢様はストレスを溜めている。


 従僕は戦慄している。……とかそんな感じだ。


「しゃべって!」


 お嬢様のストレスフラッシュ。従僕はビクビクだ。


 どんな命令だよ。面倒な餓鬼だが、恩人だからなぁ…………まさか流す訳にもいかないだろう。


 真摯な対応をしなくては。


「…………あ、あー」


 いかん。お嬢様は杖を取り出したぞ。


「……これでいいか?」


「! そう! それでいい」


 旦那様にバレたらあらゆる拷問にかけられて殺されるね。ああ、ちくしょう。


 興奮されたお嬢様はブンブンと杖を振って水を撒き散らしている。お嬢様の才能が火でなくて良かった。神様はいい仕事をする。


 ピョコンと長椅子に腰掛けるお嬢様は、隣をパンパンと叩く。視線は従僕を貫いている。その意味は明らかだ。


 もう勘弁してほしい。


 そろそろと端の方にソッと腰掛けたが、ずりずりと座ったまま距離を詰められるお嬢様。


「ふふーん。じゃあ、おはなし……………………じゃなかった!」


 おう。こっちもそのつもりで話を練ってたよ。条件反射ってこあい。


「あの手無しは従僕の知り合いかしら?」


 覚えてないか。まあ、それはそうだろう。でもお嬢様、初めて会った時もアレンをつついてましたよ。


「左様にございます」


「あ、また! さっきと同じ喋り方にして」


 新しい鞭の入れ方だろうか。


「しかし、外聞が悪うございます」


「なら二人の時だけ。だったら問題ないでしょ?」


 あるよ。主に俺の胃に。


 じっと見つめてくるお嬢様に溜め息を吐き出したくなる。ダメだ。弱味があるって思った以上にクるもんだな。越えちゃいけない線には、近付かれないようにしてたのに……。


 今回だけは白旗だ。


「ん。わかりまし……わかった」


「それでいいのよ」


 よくはない。


 寝ている(ドラゴン)の鱗を剥がすぐらいの行為だよ。


「それで、あの手無しは従僕の知り合いなのよね? 助かって良かったわね」


「はい。お嬢様のおかげです。ありがとうございます」


「……む。まあいいわ。徐々によ徐々に。従僕、なんか必死だったものね。鞭から逃げてる時みたいに。大切な人なの?」


「……………………たいせつ?」


 そう…………だな。言われてみると、大切だな。


 アレンは大切…………。


 ふと思った。


 あれがエヴァだったら、きっと俺は助けようと思わない。全然知らない奴なら当然だが助けない。公爵邸に勤めている他の平民やメイドでも助けない。


 ベレッタさんやリアディスさんでも…………助けないな。


 俺が…………立場も捨てて助けようと考えるのは、多分だが公爵邸の奴隷達と…………お嬢様ぐらいだろう。


 そう考えると、しっくりくるのだ。


 何故かと言われても、少し困る。


 その考えは俺の中で普通に在る。


 たいせつ…………大切だから?


 ああ、違う。


「…………家族ですから。なんかそう思ってるみたいです」


「ふーん」


 内側と外側とでも言えばいいのか。


 アレンは、正直に言うと奴隷の中では浮いていた。よくケンカをするし仕事も投げ出しがちで嫌っている奴隷は何人もいただろう。


 それでも、なんだろうか…………あの場所にいた奴隷を、俺は特別に思っている。


 俺の内側だと思っている。


 奴隷の半分は借金奴隷だが、残りは犯罪奴隷だったりと罪を犯している奴が大半だ。何かしら悪い事をして買われてきた奴ばかりだ。


 だからと言う訳ではないが、奴隷の性格の良し悪しや犯した罪の云々で、公爵邸の奴隷を見たことはない。


 刑期が生きている内に終わらないサドメ。


 口が上手く、場を盛り上げるのにいつも一役買ってくれるサドメ。


 依頼人を殺して大人しく裁きを受けたというタタルク。


 背中を叩くのに加減を覚えてくれなかったタタルク。


 生涯奴隷を標榜している奴隷頭。


 奴隷が解放される時、一番喜んで一番寂しそうな顔をする奴隷頭。


 ああ、そうだな。


 大切だ。


 みんな内側…………家族のように、俺は考えている。


「みんな大切です」


「わたしは?」


「大切ですよ」


「どのくらい?」


「俺の首レベルですね」


「手無しより上?」


「一番上です」


 なんだかんだ、自分の命が一番大切なので。ええ。


「うーん、まあいいわ。それじゃあ行きましょう」


 うん? どこへ?


 ピョンと立ち上がるお嬢様に、従僕はついていけない。


 固まる従僕にお嬢様はニマニマと笑顔を浮かべる。


「うちに連れていきましょう。なんか魔物がどうとか言ってたわ! きっとおもしろいことよ!」


 誰が女神様だって?


 きっと悪魔はこうやって人の信用を得るんだろうな……。教会だというのに、堪えた様子がないのはどういうことか……。


 入信は無しだな。一番効いて欲しい所に効かないんじゃ仕方がない。


 勘弁してほしい。



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