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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
34/99

アレン5



 こんな、何か、間違ってる!


 腕を震わせながら、重い荷を二人掛かりで運ぶ。


 本当なら四人はいる仕事だ。


 しかし上はこれを奴隷だからと適当な割り振りで少なく済ましている。


「おら、遅れてんぞ! しっかりしやがれ!」


 だというのに叱責はしっかりされるという酷いもの。


 馬車で運びこまれた荷を人力で倉庫へと移すという仕事だ。こういう単純な力仕事の類いが奴隷の仕事には多い。人を雇ってもいいのだが、一度きり単発の仕事ならともかく常習的にある仕事なので、奴隷を買って使い潰した方が安く済むというもの。


 そう、使い捨てなのだ。


 こんな仕事を何年もやれるわけがなく、潰れたら潰れたで新しく補充される取り替えの効く部品のような扱いだ。今にして思えば公爵家に買い取られた際も似たような仕事はあったが、ここまで酷くは無かった。


 下の下だと思われてた環境には、まだまだ下があったのだ。


 それでも仕事の量が多くなってきていたので、売られた際には精々した気分もあったのだが…………ここと比べれば天国だった事を痛感する。


 ここでの日々は地獄のようだ。


「しっかりしろってーのが聞こえねーのか?!」


 別の積み荷を運んでいた他の二人組の片割れが殴り飛ばされる。積み荷を運ぶ速度が遅かったのが気に障ったのだろう。ここじゃこんな行為は当たり前に見掛ける。


 殴れば尚のこと運ぶのが遅れるというのに、そんな反論をしようものなら、今度は奴隷紋を用いて苦しめられるのだ。


 食事は日に一度、眠れる時間は三時間ほどだろうか。誰もがフラフラになるのも仕方のない環境だ。


 殴られている奴隷を、俺を含めた他の奴隷はただ黙って見ている。自分に火の粉が降り掛かるのは誰だって嫌なのだ。ただでさえ体力はギリギリ、口を開くのも億劫なのに、これ以上の負担はごめんだとばかり。


 ここでケンカをする奴はいない。そんな体力が残らないとか、そんなバカはしないとかではなく、心が折られているからだ。


「よし、次を運んでくるまで休憩にしてやる! ありがたく思えよ!」


 積み荷を全部倉庫へ移し終えると、監督役の男がそう言って馬車に乗って去っていく。


 休憩とは名ばかりだ。仕事と仕事の合間で、段取りが悪いのか予定せずに空き時間が生まれる時にそういった事を言ってるだけで、毎日あるわけではなく、こちらの体力面を考えているわけでもない。


 それでも、ありがたくはあった。


 崩れ落ちるように、誰もが地面へ体を投げ出す。まさか倉庫の中で寝転がるわけにもいかず、倉庫の外に出てからなのだが。これを主人はよく思っていないらしく、せめて人目につかない所で転がれと、路地裏へと追いやられてだ。


 ぐったりと路地裏の壁に背を預けて座り込む奴隷達。


 この光景を王都に出てきた際に見た時は、恥を知らないのかと思った。所詮は奴隷かと、その身分を鼻で笑ったこともある。まさか自分に降り掛かる事とは知らずに。


 他の奴隷と同様に、俺も地面へと体を投げ出していた。少しでも体を休めるために。それで得するのは主人だと分かっていながらも、他にどうすることもできない。


 スラムに近い場所にあるため、一種の防波堤のように使われているのだ。


 治安の悪い場所の近くにあるためか、スラムを根城にしている奴らの悪巧みも聞こえてくるが、それに奮起しようとする奴隷はいない。主人の財産を脅かそうとする時だけ、奴隷紋があるため嫌々と動くに限られる。


 先週はスラムにカモが入ってきたと、スラムの悪食どもが走りながら語っているのを路地裏で聞いた。それがまさかアイツとは思わなかったが。


 正義感が疼いた訳じゃない。ただ異常に腹が立ったのだ。


 気付いたら、その辺に転がっていた木切れを持ってフラフラの体で走っていた。ただ一発でも殴ってやろうと思って。


 同時期に入った奴隷が、その日の朝に冷たくなっていた事も関係しているのかもしれない。仕事はちゃんとこなしていたというのに、仕事終わりに気紛れ監督役からボコボコに殴られていたのが原因だろう。


 眠っているように見えた。


 舌打ちされて運べと言われた体は、異様に軽かった。


 自棄になっていたのかもしれない。死んでやろうと思っていたのかもしれない。よく分からない気持ちだった。それでも、アイツに食事を奢らせて体に活力が満ちると、死にたくないと思えた。


 また頑張らないといけなくなった。


 組んだ腕に頭を乗せて目を瞑る。今度は余計な物を見ないように。


 ガタガタという馬車の音が聞こえてきた。再び体を酷使する時間だ。馬車が止まる前に倉庫の前にいかなければ、監督役に罰する理由を与えてしまう。


 それが分かっている他の奴隷達と共に、フラフラと馬車を出迎えた。


 暫くして、いつもならそろそろ倉庫での仕事が終わるという時に、監督役が言った。


「……しまった。まだ便があるじゃねえか」


 それがどういう事かは奴隷には分からず、ハアハアと荒い息を吐きながら荷を運び終えた時だった。


「ああくそ! しくったぜ!」


 手近な奴隷を苛立ち混じりに殴りつける監督役。倒れる奴隷なんてお構い無しに何事か考え出す監督役を、他の奴隷は黙って見守った。


「ちっ。まあいい、なんとかなんだろ。おい、お前ら! 全員馬車に乗れ!」


 何らかの手違いがあったようだが、それを訊ける立場にある筈もなく、疲れ切った体に鞭を打って、ぞろぞろと馬車の荷台へと上がる。


 よくある移動だ。いつもは倉庫が空の時や、他に見張りがいる時にするのだが、今日は違った。


 俺もその列の最後尾に加わり、馬車に乗ろうとした時に、監督役から手で遮られる。


 …………やはり見張りを残すのだろうか。だとしたら、これは幸運だ。その時間は体を休める事ができる。


「てめーは馬車が戻ってくるまでに倉庫の中の荷を二段にしろ」


「…………は?」


 何を言ってるんだこいつは。


 倉庫に運び込んだ荷は重く、一抱え程もある木箱だ。二人でもってようやく運べる。そんな木箱だからか倉庫の中には横並びに置かれ、縦積みされていない。もしかしたら直ぐに移動させるという面もあるからかもしれない。


 その木箱を一人で二段積みにしろと言ってきている。


 他に外された奴隷がいないのだから、そういうことなのだろう。


 倉庫の中は木箱でギッシリだ。もう他に入るスペースはない。


 そこでようやく、先程の監督役の台詞に合点が言った。どうやら何がしかのミスで運ばれてくる木箱が多くなったのではないか? その尻拭いのために奴隷を使おうとしているのではないか? と。


「お、俺一人じゃ……」


「いいからやれってんだ! 使えねーなてめーは!」


「ぐっ?!」


 蹴りとばされて俺が転がっている間に馬車が出ていく。


 ふらつく体を起こして倉庫へ向かう。ここでやらなければ、もっと酷い目に合う事が目に見えているからだ。


「……ふっ!」


 一息に息を吐き出して木箱を押し上げる。まさか綺麗に持ち上げる事は叶わず、斜めになった木箱を支え、どうにかこうにか二段積みにしていく。


 しかし既に限界が近かった事もあり、腕が上がらなくなってきた。そもそも一人でどうにかできる量を越えているのだ。


 ――――こういう事が起きるのも必然だろう。


 木箱が上手く上がらずに重心がズレ、そのまま落ちた木箱の蓋が衝撃で開いてしまったのだ。


 それを荒い息で見つめる。


 中から出てきたのは何かの飼料であろう草の束だ。馬の飼い葉だろう。


「ハアハア、ハアハア…………ちくしょう!」


 落ちた木箱を蹴りつけた。


 こんな物を運ばされていたのかという不満と、こんな事で罰を受けなければいけないのかという不安、今の自分の惨めさや悔しさが相まって、何度も木箱を蹴りつけた。


 すると今度は底板が外れて中身が出てきた。


 ギクリとした。


 上から飼い葉が出てきたのだ、下から出てくるのも当然飼い葉である筈なのに…………ゴロリと転がり出てきたのは緑色の何か。


 赤ん坊に見えた。


 肌の緑色の赤ん坊……胎児のように丸まった…………。


 それはゴブリンの幼生体だった。


 最初は人間の赤ん坊を想像した。なんてことだと思った。それが魔物だと分かり、なんだ、と力が抜け、息をつこうとして、


 血の気が引いていった。


「……ば、ばかな……」


 呟いても魔物はいなくならない。


 精巧な作り物かもしれない。そう思った。


 しかし近付く事でそれは否定された。


 息をしている。


 つまり生きている。


「…………あ、……………………そ…………」


 言葉が上手く出てこない。


 死骸ならまだ理解できた。魔物の素材なんだろうと無理矢理に思い込めた。ゴブリンの素材なんか需要がないことを置いて。作り物であってもそうだ。金持ちが狩猟した獲物の剥製を飾るというのを聞いたことがある。


 しかし生きている。


 つまり荷物に紛れて魔物を王都の中に運び入れているのだ。


 足がガクガクと震え出した。


 それは、誰が考えるまでもなく重い罪だろう。闘技場というものがあることは聞いたことがある。魔物を管理して戦わせると。しかし鎖もつけずにこんなスラム前の倉庫に魔物を運び入れる筈がない。


 それもこんな隠して!


 上から飼い葉が出てきた事からも、二重底になっているだろう。恐る恐る底板を全部外す。


「うっ?!」


 ゴロゴロとまだゴブリンが出てきた。全部で五体。通りで重い筈だ。


「ハアハアハア、ま、さか、ぜんぶ?」


 我知らず、整っていた息が再び荒くなる。見渡した倉庫の中の木箱の数に対して怖気が走った。


 ……………………そんな。


 衛兵、騎士、貴族? いや誰か、ギルドの偉い、他の商会主、なんとか、誰に?


 し、知らせなければ…………!


 とにかくその想いだけが強く意識付けられた。


 …………そうだ、帰ってくる!


 呆然としている暇は無かった。知っているのか知らないのかは分からないが、監督役が戻ってくると言っていた。俺がこの事を知ったとバレては只で済むまい。


 直ぐさまゴブリンの首を足で踏みつけて折った。


「ピギ!」


 生かしておいて良いことはないだろう。


 ゴブリンの死骸を底に戻して底板をハメ直すが、フタともども壊れているのが分かる。少し見ただけなら大丈夫だが、ようく観察すると釘が外れているのが分かる。


 俺はこの箱を一段目に置いて、上から別の箱を積んだ。


 後はなるべく目に触れられないようにと、箱を奥へと密集させた。


 自分でもどこからくるのかという程、力が出た。爪が割れ皮が剥がれたが、痛みは気にならなかった。


「お、だいぶスペースできたじゃねーか! よし、てめーも外に出て荷を運べ」


 夢中になって木箱を積んで、端へ寄せてとやっていたら、監督役が戻ってきてそう言った。平静を保とうとしたが無理で、ビクリと体が震えてしまったが、どうやら殴られる事に怯えているのだと勘違いした監督役はバカにしたような笑いを浮かべるだけだった。


 他の奴隷と合流して再び木箱を運んだが、それが怖ましい物だと知ってしまったからか、腕が震える理由は変わってしまっていた。



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