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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
32/99

従僕28



 ピンチだな。


 主に従僕の首がヤバい。


 いや、お嬢様にお仕えしてからというもの、ヤバくない時があっただろうか? あの庭の隅での一時間の方がまだマシだったろう。少なくとも鞭で済むんだから。


 この馬車において、最も価値が低いのが俺だ。かなり離れて馬車の客車、またかなり離れて馬、そこから神の如く上がってお嬢様だ。どれ一つとっても俺の命に釣り合わない。


 なのに責任は従僕だと言うのだから泣ける。


 何か一つにかすり傷でも付こうものなら、それは俺の首への致命傷と成り得る。


 本当だなタタルク。現実ってのは予想ができない。


「狩れるようになりたかったのは兎なんだが……」


 愚痴のような呟きも零れる。山のように兎を狩って食卓に上げることを夢見た。兎だよ。狼じゃない。


「ふ…………うーん! ……はあ。あ、おはよう、従僕」


「おはようございます、お嬢様」


 タイミングが良いのか悪いのかお嬢様が目を覚まされる。体を伸ばして目をゴシゴシと擦っている。恐らく、馬のスピードを上げたことによる振動が原因だろう。馬車の中ならともかく、御者台では気付かない方が無理である。


 しかるにキョロキョロと周りを見渡していたお嬢様の視線が狼を捉える。いっぱい居ますもんね。本当は、今、どの辺りを走っているのだろう? という確認だったと思う。


「……なんかいっぱいいるわね。…………従僕」


「はいお嬢様」


「追っぱらって。食事にしましょう。魚がいいわ」


「畏まりました」


 昔はもっと可愛いかった。そう思えるぐらいに無茶だ。


 あれ、騎士様が王都の近くで倒していた魔物ですよ? しかも一杯いるし。


 しかし、従僕というのは主人の命令に逆らえない生き物だ。だが、そろそろその固定観念は捨てていいかもしれない。迷うね。


 そんな従僕の胸中も知らずにお嬢様は安心しきっている。少しワクワクしているようにも見える。


 吐き出す予定であった溜め息を飲み込み、ポケットへと手を突っ込む。


 仕方ない。


 ポケットから小石を取り出して御者台に立つ。


 手のひらの上に小石が五つ。


 五体。


 右手の指が霞む程のスピードで小石を打ち出す。砕けないような塩梅が難しい。ヒュボッという空気を裂く音を引いて小石が狼を襲う。それぞれの眉間から小石が頭部を貫き、内部にて遅れて衝撃が発生する。弾けるように頭部を散らした狼が五体、そのまま倒れる。


 意外と柔らかいな。牽制にでもなればと思ったが……。


 しかし。


 さあお手上げだぞ。どうする。


 馬車を追わせないようにするなら、俺が飛び降りて相手どった方がいいが、もし馬車を追われる事を考えたらその選択はできない。最悪お嬢様だけ守る結果になるが、馬を亡くしたとあっては従僕の首も繋がっていないだろう。これ旦那様の愛馬なんだよ。お嬢様のために遣わしたんだよ。今度から小石を山のように馬車に積んでおこう。


 しかし俺の心配を余所に、狼の群れの追い脚が鈍る。


 何故かは分からないがチャンスだ。今の内に逃げよう。


 腰を降ろして手綱を握る。隣に座るお嬢様は少し不服そうだ。何故だ。


「もう終わり?」


 成る程。従僕が戦う様を見たかったのですね?


「ええ、全く。意気地のない犬どもです」


 勘弁願いたい。


 もう早く王都に着いて欲しいと願いながら馬の脚を更に速めた。


 悔しそうに遠吠えを上げる狼を背にして。

















 お嬢様の装いも新たに王都へやってきた。


「どうかしら? 街娘に見える?」


「大変、お似合いにございます」


 見える筈がないという言葉は飲み込んだ。


 普段のお嬢様の装いというのは、学園の正装である黒いローブの下に白いシャツに黒いスカートなんかを合わされている。私服に関してはレースを使ったドレスなんかが多いが、お嬢様の意見というより周りの意見を重視して着こなしている。主に旦那様やベレッタさんだ。どちらがどちらなのかは、従僕にはわからない。わからないとも。


 そんなお嬢様は服装に頓着がない。幼少の頃から従僕が泡を吹こうとも泥遊びを止めず皆勤で藪を突き抜けてきたところからも理解できるというもの。


 細々としたアクセサリーや新しい服の自慢なんかにはくるのだが、汚してはいけないという発想がないというかなんというか。


 そんなお嬢様が集めてきた街娘の服は、確かに街娘が着ていても違和感のない活動的な物だ。本人も初めて自分で服を選んだとのことでテンションが高い。


 ただ仕立てがいいのだ。


 学園で買える品々は、基本的に貴族を相手とする事を基準にしているため物が良い。流通するのは最高品質の物が多い。お嬢様はバカだが、流石に貴族とバレないためにも品質は最低の物で揃えている。


 貴族基準の最低品質というのは平民のどの辺りなのだろうか。


 ここにいるのは奴隷気質のなんちゃって平民と、最高の物しか知らない上に服にそこまで詳しくない公爵家令嬢だ。


 お嬢様の着ているワンピースがどの程度の位を表しているかなど分かる訳がない。


 よしんば、そうよしんば豪商の娘ぐらい見えたとしても、それは服だけなのだ。


 …………お嬢様が貴族でないと言い張るのは無理がある。


 その美貌に巻かれている金色の髪に、とにかく目立つ。


 今も王都に入る列に並んでいる最中だが、後ろに前にと注目の的である。肝心の王は意に介さず、御者台にて立ったり座ったりして自分の服装を機嫌良さげに確認している。


 せめて馬車の中でお願いしますよ。


 門番に止められる事はなかったが、驚かれた。もう慣れた反応だ。淡々と金銭のやりとりをこなして王都へ入る。


「これが王都ね!」


 お嬢様、目立ってます。目立ってますから。座って。


 既に来たことのある王都に、何故これほどまでにハシャいでいるのかというと、お嬢様にとっての王都は公爵邸に王城でしかないからだろう。危険だからと常に護衛がついて、行く先々に許可が必要だった。そこには流石のお嬢様でも俺を捩じ込めなかった。まあ、王城ですから。


 街中の移動も馬車で、こうやって生の景色を見るのは初だ。だからこそのハシャぎようだろう。


 思えばあの庭の隅から、随分と遠くへ来たものだ。


 あの頃の俺に、お前は王都へ行くことになるぞ、しかも自分で馬車を操ってなどと言っても信じられはしないだろう。原因が、日々の鞭がセットなあのくそ餓鬼だというのもそれに一役買うことだろう。


 ……そう考えるとお嬢様のおかげで俺は外に出られたのかもしれない。というか、実際そうだ。


 一生を奴隷として生きることに疑問はなかったが、まさか平民で近衛になるとは誰が思うだろうか。


 こうして賑やかな街並みを見ることも、公爵邸の外を知れたことも、このくそ餓鬼のおかげか……。


 キョロキョロと周りを見渡し、三歳ぐらいの女の子に手を振られたので振り返しているお嬢様を見ると、自然と微笑みが浮かんでくる。


 少し優しい気持ちにもなる。


「お嬢様、まずはどこへ行かれますか?」


 だからと言うわけではないが、声も柔らかく主の希望を叶えようと訊いてみた。スラムはダメですが。


 従僕の声に、お嬢様は既に目的地を決めていたらしく、迷う素振りはなかった。


 服屋だろうか、アクセサリーを扱う店だろうか。


「ギルド! 冒険者ギルドへ行くの!」


 それに従僕は笑顔で頷いてから返した。


「まずは宿屋へ向かいます」


 どうかその間に変心されますように。



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