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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
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従僕3



 従僕の仕事は朝日が昇る前から始まる。


 俺が目覚めて行う最初の仕事は寝こけている奴隷を叩き起こすことだ。間に合わなければ鞭もあり得る。年のイってるジュレールとミドがなかなか起きないので、抱え上げて食堂に連れて行くようになったのはいつからか。


 奴隷は、男女は別だが奴隷小屋に全員で寝泊まりしている。床に布を敷いて毛布にくるまって寝る。毛布は奴隷頭やタタルクの捕ってくる兎なんかの毛皮をナメした物だ。俺には奴隷頭の古いのを貰えた。


 食事は朝と夜の二回だ。眠くても今を逃すと次の食事は夜になるので、ここで食べなきゃ体がもたない。


 食事当番は作れる奴隷で持ち回りだが、大抵は女奴隷が作る。メニューは屑野菜のスープにパンを二つだ。偶に肉がつく。俺も早いとこ兎を狩れるようになりたい。


 手早く配膳を済ませ椅子に座り、スープにパンを浸して柔らかくしていると匂いに釣られたジュレールが目を覚ます。


「…………ああ、おはよう」


「おはようジュレール」


 ジュレールが食前の祈りを始めたので俺も一緒に祈る。


 この祈りをやる奴隷というのはジュレールと奴隷頭と俺ぐらいだ。タタルクなんかは鼻で笑う。


 祈りを済ませていい感じに柔らかくなったパンから食べていると、奴隷頭がスープを持ってきて隣に座る。適当に祈るのを横目で見ながら指示を待つ。


「ふぁ……ぁあ。今日は薪割りから頼む……いや、食材の荷卸しからやれ。確か朝食に使うとか言ってた食材が来てたからな」


「わかった」


 俺は子供だから決まった仕事がなく、こうして毎朝奴隷頭の指示を仰いでいる。


 今日は屋敷の裏口まで食材の詰まった箱の運搬に、終わり次第薪割りだな。


 スープを流し込み容器をぬぐったパンを口に放り込み俺は席を立った。


 旦那様の朝食の時間に間に合うようにしなければならないようなので急ごう。


 行動開始だ。














 あっという間に昼食の時間になる。平民階級以上限定だが。


 この間に剪定や畑を見回り、奴隷は順次休憩に入る。


 他の貴族様の邸宅を知らないから分からないが、この公爵邸は広いらしい。


 生まれて一度も邸外に出たことがないので、他の屋敷の大きさを比べられても困る。


 一般的な屋敷には池も林も畑も、庭にはないらしい。屋敷も、住居が何棟も連なっていたり噴水があったり中庭があったりしないそうで、別塔や櫓もないとのこと。屋敷の中のことは話に聞くだけで見たことはないのだが。


 まあ、他の貴族様と関わることもないだろうけど。


 俺の自由時間になった。


 同じ時間に休憩する奴隷が奴隷小屋に戻るなか、俺だけ林に入っていき、庭の隅まで走る。


 枯れ木を拾ったりする仕事のために林には何度も入っているので、目を瞑っても走っていられる。この事を他の奴隷に言ったら笑われた。なんでだ?


 高いレンガの壁に囲まれた邸宅の角まで辿り着く。ここなら誰もこないから集中して覚えられる……と、考えたのは、ジュレールの言葉を借りるなら『子供の浅知恵』だったのだろう。


 なんて言ったっけな? ……ああ。浅はかだ。浅はかだった。


 壁に背中を預けると同時に茂みががさがさと揺れる。段々と揺れがこちらに近づいてくる。今日は早いな。


 ……別に毎回茂みを掻き分ける必要はないのだが、この餓鬼は茂みから抜けてくるのが好きなようだ。


「じーぼくー、あははははは!」


 ピョンと満面の笑みで飛び出してきたお嬢様は、葉っぱや木の枝を服や髪に引っさげていた。


「はいお嬢様」


 俺はそれを肌や服に触れないように取り除く。


「えーと、えーと」


 近づいた俺の顔を見上げながら、お嬢様は指を曲げたり拳を握り込んだりと何らかの計算のような物をしている。


「わすれちゃった」


 気のせいだった。


 担当のメイドが迎えにくるまで、また適当なでっち上げ話をお嬢様に語り休憩時間は終わりを告げる。


 午後からは旦那様の言い付けがあったならそれを最優先でこなし、なければ奴隷小屋の掃除洗濯をする女奴隷を手伝い、それが終われば大量にある野菜の皮を剥き、疲れて倒れている奴隷を回収し、その奴隷の担当の仕事を引き継ぎ、奴隷頭に報告を入れ、道具の手入れをし、荷を運び、馬を戻し、日もだいぶ前に暮れたという時間になって、奴隷頭に点呼され食事につく。


 夜の食事は朝の食事より豪華だ。肉がつくことがある。


 今日は肉は無かったが、スープに茸が入っていた。パンも固いパンではなく焼きたてだった。鞭もなかったし、今日はツイてる。


 それだけでも十分に嬉しいが、旦那様の機嫌次第では酒がつくこともあり、今日がそうだったため夜食は盛り上がった。といっても、酒は飲んだことがないので俺には関係ないのだが。


 そんな酒盛りをする奴隷を、幾人かの奴隷が羨ましそうに見ている。


 夜番の奴隷だ。


「お前らの分も残しといてやるって」


 そう言って奴隷頭が夜番の奴隷の肩を叩いて慰めているが、酒が翌日まで残ったことはなく、それが分かっている夜番の奴隷は少し恨めしそうに奴隷頭を見ている。


 この時間から昼番の奴隷の仕事は終わりを告げる。後は各自で食事に見切りをつけ、湯をもらい、部屋で体を拭いたら寝るぐらいのものだ。日が変わる少し前ぐらいの時間のため、疲れている奴隷は早々に寝入り、今日みたいに酒が出たならそれを楽しむために時間を使う、と奴隷によって様々だ。


 俺はまだ子供だから酒は貰えないらしい。


 さっさと食事を済ませると湯を貰い部屋で体を拭く。


 早い時間から目を回していたジュレールは、食事を取ったからかこの時間になると少し元気になる。


「さて、今日は何を教えようか」


 だからという訳じゃないが、代わりに仕事を請け負った俺に知識を与えてくれる。


「また文字がいいな」


「文字かぁ……。でも共通文字はもう覚えただろ?」


「じゃあ、あれだ。昔にあったってやつ」


「ああ、神期文字(ミヨルト)か。でも、僕も全部知ってるわけじゃないよ?」


「それでもいいよ」


「そうかい? なら――」


 ジュレールが月明かりを頼りに指で床をなぞる形を真似しながら文字を覚えていく。


 しばらくは解説が続くのだが、日が変わる頃には寝息へと移行している。


 俺もあんまり長い時間をここで使うと、明日の仕事が辛くなるので、大体の文字の形を覚えたら寝るようにしている。


 いびきやら歯軋りやらが聞こえてくる中で文字を床に書いて反復しながら俺の一日は終わる。


 色々と聞いているので、他の生活を考えなくもないが、どうも俺は今の生活を気にいっているようだ。


 近い将来の解放を奴隷は夢見るらしいのだが……いまいち俺にはピンとこない。奴隷の立場に居続ける奴隷頭の影響だろうか?


 平民になって商売で一山当てたいとか、手柄を立てて騎士に叙任されるとか、子供心に何かあるだろ? と周りの奴隷にはよく聞かれる。


 全く何もないのだが、そう言うと可哀想な奴隷を見る目でこちらを見てくるので、獲物を狩れるようになって肉を毎日食卓に上げたいと答えるようになった。まあ本心だし。


 平民になれるとしても、金を貰えるようになってから更に貯めてと、うんと先の話だろう。下手したら爺になるまで奴隷だ。


 この時までは、そう、考えていた。


 子供の浅知恵というやつだった。


 浅はかだった。



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