従僕24
「やーよ」
お嬢様、従僕は信じておりました。
「どれだけ宿題でたと思ってるのよ……」
ですよねー。
なんだかんだと宿題を提出される気になっているお嬢様は、根っこのところで真面目な気質なんだろうと思う。
「ふん、逃げ口上か」
「そーよ」
馬鹿にしたように笑うレファイアス様を軽くあしらうお嬢様。明らかな挑発だ。わかりやすい系の男子だなレファイアス様。しかしお嬢様はこれを意に介さない。お茶会が役立っている。
脇を通り抜けようとするお嬢様だったが、レファイアス様は執拗に道を塞ぐ。
これはマナー云々どころじゃないな。
絡んできてるレベルだ。
お嬢様もそこに思い当たったのか、眉間に皺を寄せる。しつこいのよ! と言わんばかり。
「しつこいわね!」
いや言っちゃった。お怒りだ。
そんな問答をしているせいか他の生徒もこちらに気付いている。帰る時間だというのに野次馬目的で残る生徒に他クラスから見物に来ている生徒で、授業中よりも人口が多い。講師も何事かと足を止めている。
「国に三家しかない公爵家が、男爵の三男である俺の挑戦から逃げたとあれば家名に傷がつくぞ?」
「なにが挑戦よ。家に影響があるかもってビビってるのはあんたの方でしょ。ほんとに挑戦したいなら決闘でもなんでも仕掛けてくればいいじゃない。できないわよね? 私事だもの。その場合賭けるのはあんたの命だけじゃなく家もだもんね、なんちゃらの三男。いつまで道を塞いでんのよ男爵家ふぜいが。どいて」
お、おう。
今日もお嬢様は不機嫌だぜ。
これにレファイアス様は口を引き吊らせつつも余裕ある態度に見える態度で挑んでいるが、周りからはバレバレだろう。なんせ血管が浮いている。すいませんうちのお嬢様くそ餓鬼なんで。
「退かせてみたらどうだ?」
未だに諦めないレファイアス様に、従僕はなんだか応援する気持ちが湧いてきたのだが……。
レファイアス様。
それはマズイ。
「ジーク」
「はいお嬢様」
答えた時点でレファイアス様の腰に横から手を添えていた。重心の下を見極めて。
レファイアス様は優秀な魔術師なのだろうが、近接戦闘の経験は余りないのかもしれない。まあ魔術師なら仕方のないことだ。しかも年下。残念ながら従僕にとってお嬢様の命令は絶対なので。
「な」
レファイアス様が言葉を吐き出すより速く、その身が空中へと投げ出される。斜め上へと。
放物線を描くレファイアス様を一瞥することもなく、お嬢様は従僕めが拓いた道を進む。従僕は頭を下げてお嬢様が通り抜けるのを待つ。
レファイアス様は、流石というかなんというか、上手く体を回して足から下に落ちる態勢を取れたのだが、意外な高さに顔を青くされていた。
「がっ!」
何処からか短い悲鳴が聞こえてきたが、お嬢様の足を止める程の効果はないようで、従僕も主人の後ろについていく。自然と人の波が引くように、お嬢様の前に道ができる。
教室を出る際、教材を握って固まっている講師を見てお嬢様が言った。
「さようなら」
学園において名目上は立場が上の講師に帰りの挨拶をするのは間違っていない。でも何故だろう。頭か尻に永遠にとか付きそうな気がする挨拶だった。ガクガクと頷いて返した講師の行動が勘違いを助長する。
明日には学園から居なくなっているとかないだろうか。それでもって死因は宿題を喉に詰まらせての窒息死とかで。
ああ、従僕は心配だ。
実行犯にされるんじゃないかと。
「……ねぇ、従僕……」
思い留まり下さいお嬢様!
「別に教えてもらいながら宿題してもいーわよね?」
「勿論でございます」
ニッコリと返した従僕に、お嬢様の口角がようやく少し上向きになる。
従僕は信じていましたとも。
「リアとベレッタにも手伝って貰うわ! なんだ、意外と早く終わりそうよね?」
足取りの軽くなったお嬢様の後ろに控えながら従僕は思った。
別に今日中に終わらせる必要はないんじゃないかと。
明日から実技の授業も始まり、座学の割合は減る。出された宿題は次の授業までにとのことで、急いでやる必要はない。せいぜい一科目やっておけばいいのだが……。
お嬢様は時間割りなどといった物は見ないので、これがわからないらしい。
その上で、羊皮紙や羽ペンは新品のまま。インクに至っては蓋を開けたままにされるので乾いている。ダラーっと授業を受けていたお嬢様にとって、いきなり出された宿題は気分を悪くされる物だったのだろう。
言うべきか言わざるべきか。
まあ、メイド方に任せよう。
なんて考えちゃったものだから、今日もお嬢様は不機嫌だ。
「ジーク、どういうこと?」
宿題をやった翌日だ。やや日を跨ぐ程の時間になりながらも宿題を終わらせたお嬢様は満足気で、従僕にお話をせがむ事もなく眠りにつかれた。
よく考えなくとも主人が宿題を終わらせようとしているのに仕える者が口を挟む筈がなく、宿題を全部終わらせてしまったお嬢様。少し得意気に登校。
しかし時間割りは朝から昼の三限が実技。昼からの一限が戦史と宿題と関係ないもの。
毎日のお話を楽しみにされているお嬢様にとっては、その時間を削る程の頑張りを見せたというのに……今日じゃなかったというもの。
早く終わらせたからといって損にはなっていないのだが、そんな理屈でお嬢様が納得しようものなら、従僕は昔から鞭を受けてはいないだろう。
メイドも黙ってましたと言おうか。いやダメだ。怒りが膨れるだけだ。
そして今ぶつけられるのは従僕しかいない。
最初の実技は外でとのことで、草原へやってきた。お嬢様以外の生徒は期待に胸を膨らませるなり既に魔術を覚えていることを自慢するなりと楽しそうだ。
流石にここで宿題の提出がなされる筈はないと、お嬢様も気付かれた。
そして従僕に、あなた知ってたわね? と確認されているのだ。
言うまでもなく授業中だが、それを気にするお嬢様じゃない。
講師の言葉が草原に響く。
「土水火風、いわゆる四大と呼ばれる属性に聖と魔、それに雷、氷などの特殊属性を加えた八属性が一般的と分類されているもので、ここにない属性もあるが、血統に隠されたものなどもあるためここでは判別ができない」
ほら、お嬢様の属性ってなんでしょうね?
「むー!」
鞭かな。知ってた。
従僕に罰を与えるべく懐をゴソゴソと探るお嬢様。しかし流石に学園に鞭は持ってきていないらしく、取り出したのは杖だった。それしかないらしい。
そうしていると魔術師に見えますよ。
「知ってたなら言いなさいよね!」
鞭のように振るわれた杖の先から水が飛び出して従僕の顔を濡らした。なんとお優しい。今日はずぶ濡れで許してくれるのか。
それを見ていた講師が頷く。
「丁度あんな感じに。杖に魔力を通して振るうと自分の最も得意な属性が顕現する。呪文を唱えないことには効率も悪く、得意な属性だけとなるがな」
講師の言葉にお嬢様が呟く。
「……わたしの属性って水なのね」
お嬢様?




