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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
26/99

従僕22



 お嬢様が不機嫌である。


 いつものことだ。


 何かしらに怒っては鞭を頂く毎日を送っていた従僕としては、取り立てて変わったことであるとは思えないのだが、メイドの方々にとっては違うらしい。


 今回は特にと言われても。


 お蔭でお嬢様のベッドの前の椅子に座らせられることとなった。


 チラリと扉を振り返るが、ベレッタさんが開けて入ってくることはない。


 お嬢様の寝室への立ち入りは原則禁止とされていたので、もしお話しをされたいのであればリビングと決まっていたのが昨今。まさかベレッタさんがこれを許す程の何かがお茶会ではあったのだろうか。


 ヤバいな貴族様のお茶会。


 お嬢様もお嬢様で、メイドのいる前では保っていた笑顔(そとづら)も従僕と二人きりになった時点で仏頂面へと早変わりだ。あのメイド二人には随分と心を許してきたように見えたのだが、恐らく怒っているという事実を隠したいのだろう。しかしバレバレ。


 寝間着に着替えたお嬢様はベッドに潜り込んで、こちらを伺っている。


 状況だけ聞けば艶めいたものに聞こえるのだろうが、そういうのは一切ない。


 ご機嫌取りしろよ、ということだ。


 早々に引っ込んだメイドの心情は、お嬢様の相手を俺に任せてしまえと話し合っていた奴隷頭とメイド長と同じものであるに違いない。だって今にして思えば、ベレッタさんが従僕の粗末な土産物を素直に受け取ったことからも分かるじゃないか。


 シーツを引き上げて顔の上半分を出すお嬢様からは『おら、早くしろよ』といった不機嫌さしか感じられず、これを従僕に投げ出すとか、あれである。


 勘弁願いたい。


 溜め息は飲み込んで、いつまでもお嬢様を待たせる訳にもいかないと覚悟を決める。鞭が十かな二十かな。


「お嬢様、お茶会はどうでしたか?」


「……どうでもいいわ。早く楽しいお話をして。お話聞くの」


 罠は踏み抜いて解除するスタイルである。


 お嬢様はワガママだ。それはもう口に行動にと出る。


 勉強をサボりたければ全力で逃げ出し、思っていることを率直に話し、機嫌でコロコロと行く先を変える、くそ餓鬼だ。しかし本当に辛いことや苦しいことは溜め込む(たち)であるらしく、平民になってから知ったのだが、あの雑木林の向こうにある庭の隅をストレスの捌け口にしていた節があった。従僕的には堪ったもんじゃありません。


 だからというわけではないが、従僕と二人という状況をよしとしたメイド方が何を望んでいるのかなど、それこそ推して知るもの。


 生け贄だ。慣れたもんだよ。


「お嬢様、空が青いのは何故か知っておりますか?」


「神様が決めたから」


「いいえ、お嬢様の好きな色だからでございます。赤であればお嬢様が怖いと思ってしまうので、空は青いのでございます」


「……夕焼けは赤いわ」


「綺麗ですよね」


 大人になりましたね。


「そうね、綺麗」


「お嬢様がそう思われるので夕焼けは赤いのでございます」


「……そんなことないわ」


「あれ? ご存知ではない? ご安心ください。お嬢様のいい様に世界は成り立っておりますよ」


「…………じゃあだって、どうしてキレガルザ家の娘ってあんなにイライラするの」


「ええ、キレガルザの娘はムカつきます」


「ムカつき?」


「どうしようもなくイライラさせる一発殴って大人しくさせたほうがよい輩、という意味にございます」


「ムカつき!」


「ええ、ムカつきます」


「従僕もそう思う?」


「当然でございます」


「でしょ? あの娘、うちがビンボーだから平民しか近衛につけないとか、昔ほど公爵家には威厳を感じなくなったとか、場所によっては王家より貴族が優先されるとか、何様よ!」


 貴族様ですね。


 足をバタバタさせるお嬢様にしたり顔で頷く従僕。


「なんかギャフンと言わせたいわ!」


「ギャフン」


「従僕じゃなくて! キレガルザよ! ……ふふ。ギャフンだって」


 それでも面白かったのかクスリと笑うお嬢様。従僕もこれに笑顔で返す。


「私のギャフンをキレガルザに置き換えてみてください。面白いものですか?」


「……………………あんまり面白くない。全然ダメ。従僕の顔の方が面白い」


 貶されてますか?


「そうでございますか。光栄にございます。きっとそのような些末な者ではお嬢様を満足させるには足りなかったのでございましょう。えーと、き、き、き、バンバルゼ家でしたでしょうか?」


「ふふふ、そうね。バンバルゼはダメね」


「ダメでございますね」


「そっかー」


 バタバタが止み、お嬢様の顔がシーツから出てきたので、頃合い良しと話を纏めることにした。


「ですので、もしお嬢様が面白さをお望みでしたら従僕に御命じください」


「どうするの?」


「一発殴って大人しくさせます」


「ムカつきだものね」


「ええ、ムカつきです」


「んー、やめとく。だって些末な者を殴らせるなんて従僕がかわいそうでしょ」


「お嬢様はいつもお優しくあります」


「そうよ。もちろんだわ。じゃあ今日のお話して」


「畏まりました」


 そこでようやく就寝になる前のお話が解禁になった喜びからお嬢様は笑顔で聞く態勢をとった。従僕はこれに応えるべく、なるべくスッキリできるお話をした。



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