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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
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従僕21



 酒場という場所は、主に酒を飲むところだと聞いていたのだが、食事もとれるらしい。食堂とどう違うのだろうか?


 違いらしい違いと言えば、奴隷小屋で奴隷が酒を飲む時の十倍はうるさいぐらいか。そんな酒場の端の二人席に俺とアレンは腰を据えている。


 ひっきりなしに注文した品をアレンが大いに食べ大いに飲んでいるところだ。それ、酒だよ。この後の仕事に響くんじゃないだろうか。いいの?


 命の恩人なんだからと飯を奢らされているのは俺だ。金を持っていないというのだから、それも仕方ないかと出している。使わないしね。


 再び給仕の娘が大皿を追加でテーブルに置く。多分最後の品だ。


 そろそろ俺も食べて良い頃合いだと木製のフォークを掴む。料理に突き刺そうとしたところで、まだ帰ってない給仕の娘に気付いた。


「あ、あの…………わたし、大丈夫ですので。よろしかったらお申し付けください」


「うん?」


 よくわからない事を言い出したが、それだけ言い捨てると帰っていく給仕の娘。ただチラチラとこちらを振り返る姿は、どっかのお嬢様みたいだった。


 まあいい。再びフォークを大皿に突き刺そうとするが皿が逃げる。アレンが引き寄せて貪るように食べ始めた。最後の皿なんですけど。


 皿の向こうからアレンが睨みつけてくる。


「……なんだ? 命を救ってやったんだ。安いものだろ?」


「いや命は……」


 救われていないと思うんだけど。加勢には来てくれたんだろうが。


「……ふん」


 鼻を鳴らして再びガツガツと食べ始めるアレン。突き出したフォークの着地点に困り、手の中でクルクルと回すに留める。


 いいけどね。昼に飯を食う習慣なんてないし。


 咀嚼を終えて酒で流し混んでいたアレンが、一息つきたいのか話し掛けてくる。


「お前のような田舎者には分からんだろうが、あそこの辺りはスラムと呼ばれる区域で無法者が出るんだ。高価な装備や衣服で彷徨けばたちどころに狙われるぞ。止めてやっただけありがたいと思え」


 公爵邸は田舎か。


「どこで知ったんだ?」


「ふん。俺のっ?! ぐっ!」


「アレン?」


 突如頭を押さえて苦しみ出すアレン。右手の甲に刻まれた奴隷紋が薄く光っている。


「ぐっ…………ハァ、ハァ…………くそっ!」


 頭を押さえていたのは僅かな時間だったが、浮き上がった血管に滲み出た汗がアレンの苦しさを物語っていた。


「制約か?」


「そうだ! 余計な事を訊いてくるなっ! くそっ!」


 初めて見たな。


 奴隷紋を刻まれた奴隷は主人と定められたルールに逆らえない。これは心情的なものではなく、肉体的に無理と聞く。魔術契約を結び刻まれる奴隷紋には奴隷を抑制する力があり、逃げ出したりルールに逆らったりすると激しい苦しみが与えられ、やがては死に至るらしい。その際、奴隷紋が発光するらしいのだが、俺はこれを公爵邸で見たことがない。


 公爵邸での罰とは鞭だからだ。


 裏切りがないなら臣下や騎士などにつければ離反や謀叛はなくなるんじゃないかとジュレールと話し合った事がある。しかし奴隷紋を奴隷以外に打つのは激しい侮辱らしい。奴隷紋を打つ前段階では両者の合意が必要で、誰それと気軽に打てないものだとも聞いた。


 息を整えたアレンが再び酒で喉を潤し、大皿の残りに手をつける。


 その態度は、これ以上話し掛けるなと拒絶の姿勢を取っていた。話題を変えようか。


「アレンは昔、王都で冒険者をやってたんだよな? 王都には長いのか?」


「……ふん。少なくともお前よりは知っている」


 それは好都合。


「なんかお嬢様が喜びそうな店とか話題とか知らないか?」


 方針を変えなければ。スラムが酷い所だったと述べたなら、じゃあ連れていきなさい、と返すのがお嬢様だ。珍しい奴隷がスラムに居ましたなんて報告はできない。


 ならば何らかの成果を持って帰らなければ、またしても鞭という栄誉を頂くことになる。手ぶらで帰ったのに栄誉を頂くなんて遠慮したい。最近は従僕を講師の魔術の的にしようとするお嬢様だ。威力が知りたいとか勘弁願いたい。


 ここはなんとしても成果がいる! 近頃のお嬢様は従僕には何をしても死なないとでも思っていそうなので。


「何かと思えば媚び売りか。どうせその容姿で取り入ったんだろうが、一人のところを見ると飽きられだしたか。力自慢なだけで実力もないくせに近衛なんかになるからだ!」


 いや全く。本物の騎士様とか凄い強そうだった。下手すればあれと決闘しなきゃいけないとか言うのだから貴族様の頭はおかしい。


「そこらの土産物屋でも覗くんだな! せいぜい首にならないよう小娘にゴマでも摺ってろ」


 吐き捨てて残りの飯を流し込むように口に頬張ると、アレンは荒々しく席を立った。


「あ、おい」


 俺もお嬢様が卒業するまでは、そこそこ王都へ足を伸ばさないといけないだろうから、できればどこで奴隷をやっているか訊きたかったんだが…………行ってしまった。


 まあまた飯に誘えばいいか。


 その後、アレンに言われた通り土産物屋を物色して、お嬢様が好きそうなリボンを購入した。普段お嬢様がお着けになっている物とは質が雲泥の差がある品物だったが、お嬢様は大変喜ばれた。勿論、ベレッタさんやリアディスさんの分も買って渡した。


 アレン、いいアドバイスをありがとう。


 ニコニコと笑っているお嬢様が従僕へお声を掛けてくる。手には土産物のリボン。


「王都に面白いところはあった?」


「ございませんでした」


「そう。じゃあ今度案内してね」


 無いと言ったんですが?


 笑顔を絶やすことのないお嬢様のご尊顔に、そのご様子に、ようやく従僕は気付いた。


 お茶会は思わしくなかったらしい。



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