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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
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従僕20



 早速、お嬢様はお茶会に誘われた。


 週末の学園が休みの日に開くとのこと。


 これに要らなくなった従僕が一人。元々女性のみのサロンなので男性は無理だという。場所も学舎の中ではないのでメイドを連れていけると言われ、ますます用がなくなる従僕。


 なので。


「休みをあげるわ」


 近衛とはなんなのかと疑問になる今日この頃だ。本当にやることがないのだ。ぶっちゃけ主人から離れている近衛も見掛ける。


 今日もやることがない従僕はお嬢様の後ろでお嬢様の代わりに真面目に講師の話を聞いていただけだ。


 一日が終わりお茶会を明日に控えたお嬢様の自室で、従僕は珍しくお話ではない勅命を受けていた。


 これにベレッタさんが冷たく微笑んで追従する。


「当然です。女性云々の前に貴族位にないあなたに参加などできる筈がないでしょう? 連れていってまたあんな真似をされても困ります。あんな……人前で吹き出すなどと、あああんな恥辱をまた与えられては敵いません!」


「なんか、別の意味に聞こえますー」


「別の?」


 レベル差のせいで話が通じていないメイドを放っておいて、お嬢様のお話が続く。


「だから従僕には一日お休みをあげるわ。馬を遊ばせておくのももったいないし、王都へ行ってみたらどうかしら」


 お嬢様ェ……。


 お休みと言いつつもお嬢様の目は期待に満ちている。ここ五日ほど学園の敷地内をうろうろとしていたお嬢様についていたので、大体の目的にも察しがつく。


 好奇心の旺盛なお嬢様はあちらこちらのお店に顔を出していた。しかし王都で流行している品や話題というのは、少し遅れて入ってくるらしく、これに知りたいという欲求を刺激されたお嬢様は従僕を使いに出そうというのだろう。


 王都では忙しくてそういう話題は耳に入ってきませんでしたもんね。


 わかってるわね? わかってるわよね? と最近覚えたばかりのウインクを咬ましてくるお嬢様。両目でしているので瞬きだ。


「畏まりました」


 従僕はわかっておりますよ。


「なあ?! いいいいい淫靡! あなた、あな、あな、あなたそれでもきききききぞくっ! なの?!」


 互いに微笑み合う主従の後ろで、慌てふためくベレッタさんをリアディスさんがからかっていた。最近は大分打ち解けたように見える。


 良いことだ。

















 そんな訳で翌日。


 お茶会は午後だというのに朝から出発を言い渡された俺は馬小屋で馬番から馬を受け取っていた。一人なのに馬車付きだ。お嬢様はお土産を期待すると言っていたが…………え? なに? 貴族様のお土産の範疇というのは馬車に一杯が基本なのだろうか。無理です。


 学園の敷地を抜け並足で馬を歩かせる。見晴らしがよく天気もいい。休日日和というやつだ。


 休日なんて初めてだが。


 休むと言われて真っ先に思い浮かぶのが勉強なんだが、もはや奴隷ではないのだから平民らしくするべきか。他の奴隷は休日に何をすると言っていたか…………。


 そんな事をつらつらと考えながら馬車を走らせること六時間。


 公爵邸に馬を預け王都を歩き回ることに。お嬢様が興味を持ちそうな物や情報を集めればいいだろう。そもそも休日じゃないしな。


 お嬢様が興味を持ちそうな物…………。


「奴隷だな」


 間違いあるまい。


 となると奴隷商に行くべきなのだが、俺の持ち金で買えるとは思えない。王都にいる面白そうな奴隷でも探そう。大きな通りは石畳で舗装されている王都も、少し裏へ回ればうら寂しくなる。そこに腰を降ろして休んでいる中に奴隷がいるのではないかと予想される。


 休憩時間中の公爵家の奴隷にそっくりなので。


 表通りと違って随分と狭い裏通りを行く。あれだ。


 落ち着く。


 元々奴隷の通る道なんかは整備がされていないので、雰囲気が似ている裏通りはホッとするものがある。思わず大瓶を運んでしまいそうだ。


 こちらをギラギラとした視線で隠れて見る者もいるが、基本的には動きが少ない。顔を上げるのも億劫だと組んだ腕に伏せっている者も多い。そこには奴隷紋を刻まれている者もいた。


 腕や肩、手の甲なんかに刻まれている。


 普通は胸や背中、腹などの、体の真ん中に刻まれているのだが、紋を施した奴がサボったのか捺してある場所がバラバラだ。公爵家の奴隷では考えられない。やはり公爵家の奴隷というのは当たりなのだろう。


 拾ってくれた奴隷頭に感謝だな。


 裏通りも奥へ進むと人気がなくなる。どうやら先程の通りはどこかの商家の裏だったせいか奴隷が多かったようだ。表通りに大きく張り出していた店があった。奴隷もそれなりに必要だろう。


 だとすると表通りの大きな店の裏を狙った方がいいのかもしれない。たまに座りこけている人を見つけるが、奴隷紋はないようだ。ニヤニヤしながら酒を飲んでたりするからな。まさか仕事中に酒なんて飲めないだろうし。


 引き返そうかな。


 なんか囲まれてるしな。


 これはあれだ。スラムとかいうやつだ。栄えている街とかにしかないという危険地帯。村出身の奴隷は見たことがないと笑っていたな。元気かな、ラキにトマ。村に帰ると言っていた奴隷達。売られてきた最初の一月は毎日泣いていた。いずれ死んじゃう、絶対死んじゃうって。大丈夫だって何回言っても信じて貰えなかったな。


 まさかスラムに来ることになるなんてなぁ。歌が上手くて劇団で花形を務めていたアーレも、人生は何が起こるか分からないって言ってたもんな。今なら深く頷ける。


 あの酔っぱらいを通り過ぎた辺りから急速に囲まれだした。恐らくグルだろう。なんで中身の入っていない酒瓶を煽るのかと思えば、それが合図だったのか。てっきり最後の一滴を絞っているのかと……タタルクがよくやっていたから。


 建物の上に登ったのは弓士かな? 二人。この先の道の左側に三人が回って四人が後ろからついてくる。右側は塞がれているか行き止まりなのだろう。左右の建物の中に一人ずつ。監視役だろうか。


 まあ問題ないだろう。


 タタルクや奴隷頭が言うには、街中にいるゴロツキは大したことがないそうだ。まだ街の外に拠点を構える盗賊団の方が強いとか。そもそも強かったら真っ当な職につけるのだからと言われれば、成る程そうだなと頷くしかない。いずれ戦闘奴隷の仕事も任されるつもりで鍛えていたのでお墨付きも貰っているし、十人や二十人ぐらいなら大丈夫だ。ミドが十人いるようなものと思えと言われている。可哀想だな。


 弓士もこんな近くから狙っているようじゃ、大した腕ではないな。いかに気配を絶ち、いかに遠くから狙えるかが弓士の力量だとティムも言っていたしな。


 挟み撃ちにするか行き止まりへと追い込むかという考えなのだろう。


 付き合う必要はないだろう。


 唐突に踵を返すと、後ろから迫っていた四人が横に広がって道を塞ぎ出した。構わずに歩くペースを上げる。


「おい! ま――――」


 端を抜けようとした俺に、一人が刃物を突きつけてきたので、鳩尾を殴りつけた。衝撃で浮き上がり血反吐を吐き出したそいつを横目に通り抜ける。奴隷のケンカの仲裁と違って加減はなしだ。


 仲間が倒れたせいか、他の奴らは二の足を踏んでいる。来ないのか? まあ、その方が楽だからいいけど。


「う、動くな! 弓がお前を狙ってるぞ! ぶち抜かれたくなければ止まれ!」


 教えたら優位を捨てることになるぞ? ああ、狙い易くするために足を止めたいのか。


 一睨みくれて歩き去る。ここはお嬢様に案内できないな。教えたら絶対に来たがるのは別として。


 風切り音が二つ。弓が悪いのかそんなに速くない。一つは何もせずとも当たらないが、一つが左肩を貫くコースだ。曲射ってやつだろうか。ちょっとナメてたな。


 バシッという音を立てて矢を掴む。その横を外れた矢が通り過ぎて壁に突き立つ。


 再利用されるのも癪だ。掴んだ矢を握りしめて折り、そのまま捨てる。今度は目を合わせることなく踵を返す。座り込んでいた奴はいなくなっていた。


 どうやら追ってはこないようだが、正面から誰かが近づいて来ている。後詰めだろうか? 一人だ。結構周到に考えられているな。聞いた話じゃ行き当たりばったりで襲ってくると言っていたんだが。


 やはり何事も経験しないとわからないものなんだなぁ。


 足音と息と両方荒く、隠すつもりがないのかもしれない。


 角で足を止めて相手の出方を待つことにした。もし関係がない人なら殴りつけるわけにもいかない。


 飛び込んできた人物は、粗末な服を着た茶色い髪の男だった。走ってきたのだろう、息が途切れ途切れのまま服を掴んできた。


 というか…………。


「いく、な! この、さき、ハアハア、まちぶせ、されて……」


「アレン?」


 顔を上げて目を合わせたその男は、目が落ち窪んで頬も痩けているが、間違いなくアレンだった。半年ほど前に売られた戦闘奴隷のアレンだ。


 手に板切れを持っていることから、もしかしなくても加勢に来てくれたんだろうか。新しい奴隷紋が手の甲に刻まれている。


「…………あ? …………ああ! お前!」


「久しぶり」


 驚いているアレンに、何故か嬉しくなった俺は笑顔で手を上げて挨拶をした。



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