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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
23/99

従僕19



 自己紹介は面白かった。


 俺じゃなく、お嬢様の感想だ。良かった。ご機嫌が直られて。


 白髪の癖毛が帝国の王子で、金髪の嘘つきが王国の姫とのこと。一クラスに三国の公爵家以上の家格の者が三人も集まるのは百年ぶりだとか。大体が学年に一人いれば、それがその学年の最大派閥になり得る王家の血筋。これが今年だけで五人いるというのだから堪ったものではない。


 しかしお嬢様が最も興味を引かれたのは、平民出の生徒による自己紹介だった。


「僕はあまり人と話すのが得意じゃないです。礼儀も知らない魔術オタクなので…………できれば話し掛けないでくれると助かります。あと…………特にないです。これからよろしくお願いします」


 一人遅れてきた男子生徒が、空いていた最前列中央の席に座り、そう自己紹介してたのにお嬢様は目を輝かせていた。なんか禍々しい身長より長い杖を持っていた。名乗りと出身のない自己紹介だったので余計に目立った。特にないと言っている割りには色々と抜けている自己紹介だった。


 しないでと言われたのなら、バレてもやるお嬢様だ。あの茶色の前髪が目まで遮っている男子生徒が従僕にされないことを祈ろう。


 これに続いて面白かったと仰せなのが、男爵家三男だというレファイアス様の自己紹介だろう。


「最低でもこの学園で一番になりたい」


 名乗りと出身を言った後に、そう続けられたのでこれに良い顔をする貴族様はお嬢様と金髪以外いなかった。この学園に入学した時点で何かしらが優秀だというので、これには各々方の自尊心が刺激されたらしい。貴族位が一番下というのも原因だろう。


 しかもこれを意図して言っているのは、どこか挑むようにクラスにいる生徒を見ていたので分かった。


 なのでその後の自己紹介も、


「どこぞの男爵家に負けないようにしたい」


「下から数えて一番じゃないらしいので安心した」


「最低でもああはなりたくない」


 という一言がついて回った。


 お嬢様はとても楽しそうだった。


「ああいう一言をつけてくれると、学園での生活も楽しくなるというものよね、従僕」


「はいお嬢様」


 勘弁願いたい。


 お嬢様には解散した後に連れられていくレファイアス様が見えなかったのか。そうか、見えなかったんだな。見えてて尚のこと言っているわけないじゃないか。勿論だとも。そんな「決闘…………見てみたかったわ」ことある筈がないというのに、代理は従僕だというのに。


 足をパタパタさせて紅茶を飲むお嬢様。気のせいか、黒い皮膜のある羽がお嬢様の背に見える。


 従僕は目に病があるらしい。


「あ、誰かに決闘を申し込めばいいんじゃないかしら?」


 お嬢様は心に病があるらしい。


「お止めください。マリスティアン公爵家の名に傷がつきます。少なくともお嬢様から仕掛けることだけは控えるべきです。先代様の例もあります」


 信じてました、ベレッタさん。


「うーん、そうね。杖を抜かれるのを待つとするわ。わたし、お祖父様に会ったことないから、あんまり実感ないのよね。講師に腕試しを挑むのはいいかしら?」


 嬢、黙れ。


「美味しい紅茶ですねー」


 ティーテーブルを囲むのはお嬢様とメイド方だ。従僕は給仕を仰せ使っている。


 お嬢様の自室でお茶会の予行演習中だ。なんでも学園にはサロンにクラブに派閥にと集まりが多々と存在していて、在籍しないにしても付き合いというものがあるので、とりあえず練習しておこう、とこうなった。


 ベレッタさんもリアディスさんも、ここではないが別の学園を卒業しているらしいので、お茶会がどういうものかを知っているという。


 なら早速三人でお茶会をしようとお嬢様が言い出して、今日の出来事をベレッタさんがお茶会の命題として上げたので、入学式と自己紹介での事を語っている。


 しかしお茶会ってこんなのでいいんだろうか。


「お茶会ってこんな感じでいいのかしら?」


 どうやらお嬢様も疑問に思ったらしく、経験者たる二人に訊いてみている。しかし良すぎるタイミングだった。従僕の心を読んだとかではないと思いたい。


 過去のあれやこれやを考えると怖すぎる。お嬢様は可愛らしく綺麗で美しく完璧でございます。


 俺がお嬢様に対する美辞麗句を思い浮かべている間に、二人が答える。


「そうですね…………概ねはこんなものかと。派閥間での情報収集などに利用されますから、今日、どんなことが、というのは結構な頻度で話されます。無難な話題ですね」


 というのはベレッタさん。


「えー、全然違いますよー。確かに今日の出来事とかも話しますけど、主な話題と言ったらー、どこどこのお店のお菓子が美味しいーとか、あっちのクラスの誰々がカッコいいーとか、マジあいつ調子ノッてるからシメちゃわねーとか、そんなのですよー。後は………………………その、あれですよ。男の方がいないから…………」


 というのはリアディスさん。


 なんか多分に変な話題を含んでる方があったな。こそこそとベレッタさんに耳打ちするリアディスさん。顔が赤いや。どっちのとは言わないが。両方。


「なっ?! そんな話しません! ばばばばバカなんじゃないですか! あなたも淑女なんですよ! もももっと、つつつしみを持ってください!!」


「えー、うそだぁー。絶対したでしょ? こんなん最重要項目ですよー。乙女だからこそです」


 キャイキャイとハシャぐ二人を見るお嬢様の瞳は輝いている。そうですね。きっと従僕にはできない話ですからね。公爵邸では旦那様が絶対に許さないでしょうからね。


「ねね、ね! それって……」


「ダメです! しません! 絶対に話しません! サロンで開かれるお茶会はもっと優雅で上品なものですから、今の話は出てきません!」


「えー…………そうですかねぇー? 絶対すると思いますけど…………あんなの普通ですしー。もっと凄いのが……」


「ここでもしません! リアディス、あなた少し弛んでいるんじゃないの?! お嬢様の前ですよ! もっと普通の……そういう意味の普通じゃないわよ! 普通の会話って意味よ!」


 ニコニコと何らかの手真似をしようとしたリアディスさんの手をベレッタさんが叩き落とした。


「普通の会話?」


 これにお嬢様が食い付いた。


 そうですね。疑問に思っても仕方ないでしょう。なんせ貴族様の普通の会話というのは場所や場合で幾通りもあるので。


 そしてベレッタさんがこれ幸いと話を進める。右手はリアディスさんの口を塞ぎ左手はリアディスさんの両手を拘束しながら。


 貴族のお茶会こあい。


「そうですそうです。普通でいいのです普通で。特別な制約なんてありませんから今日の出来事とかいつも交わしている話とかで。普通が一番です普通が!」


 普通ねぇ……。


「普通ねぇ……」


 これに首を傾けていたお嬢様がクリンと俺の方へ向き直る。そうですね。一人は喋れない一人は動けない、消去法というやつですね。


「従僕、普通の会話をしたいわ」


「左様でございますか」


「普通ってなあに?」


「お嬢様のお心が揺れないことにございます」


「そうなの。じゃあ従僕の普通は?」


「お嬢様のお心を揺らさないことにございます」


「ちょっと揺らしてみて」


「畏まりました」


 ほらよ。


「「「あははははははははははは!!」」」


 甲高い笑い声が耳に痛い。


 こちらの会話に注目していたメイド二人にも流れ矢が当たってしまった。リアディスさんがバンバンとティーテーブルを叩くものだから紅茶が溢れてしまう。しかも三人とも顔を伏せてしまったので会話も途切れた。


 お茶会は終了だろうか。


「ふっ、くく、き、禁止って、ゆったのに」


 揺らせと仰せでしたので。


 身じろぎする三人を従僕は心配しながら只待った。時折笑い声が漏れたり「う、うっそでしょー。あんな、ふくく」等という疑問の声が上がったりしたので、心配して駆け寄ろうとするのだが「近寄らないで!」とその度に止められるのだ。


 こうして今日も鞭打ちを頂くこととなった。連日である。機嫌とか関係なかった。知ってた。そしてメイドの二人にしては珍しく止めることはなかった。



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