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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
21/99

従僕17



 王都の郊外にある丘の上。


 そこにトライデントと呼ばれる学園がある。


 馬車で六時間ほどの距離だろうか。遠目からも見えるそこは、もっと近いように感じたのだが、それも仕方がないと思う。


 巨大なのだ。


 天を突く幾つもの尖塔に王城もかくやと見間違わんばかりの城。巨大な外壁は戦時にして中に安心感を外に圧迫感を与える代物だ。


 しかし外壁を潜ると、どこかの砦かと思われた様相はまた姿を変え、広大な平原が視界へと入ってくる。そこには黒いローブ姿の学園生が思い思いに過ごしている。敷地には川が流れちょっとした街のようなものまである。


 ジュレールの言っていた学舎とはまた随分と様相が違うものだ。やはり貴族様が通う学舎だからだろう。


 のんびりと馬車を走らせる。御者は従僕が仰せ付かっている。お嬢様がそう決めた。色々と言っていたが、これでいつでも馬車で抜け出せるとか考えていそうだ。馬番は学園側がやるらしい。


 寮には男子寮と女子寮が存在する。当然お嬢様は女子寮。では従僕はというと、望めば近衛用の宿舎に入れるらしいのだがお嬢様がこれを蹴った。純潔を疑われるからというベレッタさんの必死の説得も虚しく、お嬢様が住まう部屋の一室を与えられた。これには普段から穏やかなリアディスさんも難色を示していたので、よっぽどの事なのだろう。ベレッタさんが報告の手紙を書くと言っても、お嬢様は意見を曲げなかった。それでは従僕の首が飛ぶだけですよね。


 見えてきた女子寮に不安を隠せない。これから待ち受ける出来事というのは、どんな些細な事でも従僕の命へ届くというのだから、こんちくしょう。奴隷小屋の寝床が恋しい。


 寮の前で馬車を止め踏み台を設置する。


「お嬢様、寮へ着きました」


「開けてちょうだい」


 一声掛けると、外用のお嬢様ボイスが返ってくる。


 馬車の扉を開けて待っていると、お嬢様達が出てくる。色々と不安がっていたお嬢様も、女子寮を前に期待が隠せないのか瞳がキラキラしている。


 荷物は既に運び込まれているので、従僕は馬を預けに行くだけなのだが…………ベレッタさんが何か言いたげにこちらを見ている。


 きっとお説教だ。


 触れないでおこう。


「中々いいじゃない!」


「凄いですねー」


 そうこうしている内にお嬢様の華やいだ声がリアディスさんの驚く声と共に聞こえてきた。外用のお声は瞬く間に終了のようだ。


「リアはトライデントじゃなかったの?」


「わたしはー、公都の学校だったのでー」


「公都に学校なんてあったの?」


 どうやら外でキャイキャイとハシャぐのはベレッタさんの黙認の範囲を越えるようで、目標が従僕からお嬢様へと変更になった。


「マリスティアン公爵家の長女、シェリー・アドロア・ド・マリスティアン様でお間違えないでしょうか?」


 しかしタイミング良く、寮から出てきた女子がベレッタさんより早くお嬢様に声を掛けたのでお説教は中止された。


 薄いピンクの髪を背中まで伸ばし、黒縁の眼鏡を掛けた小柄な少女だ。黒いスカートに白いシャツ、黒いローブを着こなしている。この黒いローブは正装らしく、お嬢様も明日の入学式で着る予定だ。それをしっかりと着こなしているところを見るに、どうやら在校生のようだ。


「初めまして。わたしは五年のシャーロット・スワンと申します。寮長をしているので気軽に声をかけてください」


 その豊満な胸に手を当てて微笑みかけてくるシャーロット様。


「…………アリガトーゴザイマス」


 五年?! お嬢様と背丈が同じぐらいだったので歳もせいぜい一つしか違わないのではと予想していたのだが……俺の一つ下だという。お嬢様も驚いているようだ。返礼するのに両手を胸に宛がう程の動揺ぶりだ。


 適当な質疑をして別れたのだが、お嬢様はどこか上の空でちゃんと聞いていないようだった。ベレッタさんとリアディスさんが近くに居るので聞き漏らしても問題はないと思うが……。


「従僕」


 あ、なんだろう。嫌な予感。


「はいお嬢様」


 馬と戯れていた従僕を呼び寄せるお嬢様の声は、どこか気が抜けているというか力が入っていないというか、嵐の前というか魔物の前というか。


「よくない、ああいうの、よくないと思うわ。思うわよね? 従僕もそうは思わない? ああああんな下品な、もももももっと慎ましやかであるべきだわ! そうよね?!」


 どこが、などと言うまい。


 チラリと視線を向ければ、リアディスさんのみならずベレッタさんまで胸をかき抱くような仕草をされている。


 その胸元はお嬢様を含めて似たり寄ったり。奥様もそうなので遺伝なのだろう。というか、もしかしてお嬢様のメイドの選考基準ってそこなのですか?


 コンプレックスがお有りなのだ。刺激するのはよくない。


 動揺して声が震えるどころか、瞳の焦点もあっていないお嬢様に本当の事を告げるのはあまりに酷というもの……!


 むしろコンプレックスを払拭してこそ良い従僕と言えるのではないだろうか。大きいは正義だという真理を伝えず、そのままで十分に魅力的だと伝えればお嬢様の機嫌も良くなるというもの。


 今一使えないサドメの話術に従僕アレンジを加えるんだ。原因を原因としない誉め言葉…………。


 これだ。


 従僕の返事を待つお嬢様に笑顔で応えた。


「お嬢様の胸は大変可愛らしくございます」


「躾が必要だわ」


 ソードを握るお嬢様の姿は旦那様によく似ておいででした。



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― 新着の感想 ―
じゅーぼく…。強く生きてくれぇ
[良い点] もう十分躾けられてると思うんですけど!? [一言] じゅーぼくーーーー!!!
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