従僕16
お嬢様のお付きとはいえ俺にも仕事が回ってくる。
荷物の運搬だったり料理の下拵えだったり御屋敷の補修だったりと色々だ。お嬢様の在学中は、この屋敷に住む召し使いも増えるとのことなので、その受け入れや使える部屋を増やしたりと仕事が中々なくならない。
肝心のお嬢様は入学式前日に入寮するのでこの御屋敷に住まうことはないが、寮に持っていく荷物の選別に連れていくメイドの準備にと、やはりお忙しい。
元が奴隷の従僕としては身一つで何処にでも行けるのでこの騒ぎには参加せず、与えられた仕事を淡々とこなしていた。もうこのまま御屋敷で下働きじゃダメだろうか。
そんな事を考えていたのがいけなかったのか、
「あなたはお嬢様の近衛だという自覚があるのでしょうか」
そうベレッタさんが静かに怒りを露にしている。
チョコりと自室の鏡台の前に座るお嬢様。リアディスさんというショートカットのメイドさんが明日の入寮時の髪型をセットしているのだが、今は手が止まってしまっている。お嬢様と共にこちらをチラチラと横目で伺っては盗み見ているのが鏡に映っていた。
ベレッタさん。
子爵家の次女でお嬢様の専属メイドだというこの方は、奥様の口利きでお嬢様の教育係も兼任している。お嬢様付きのメイドはリアディスさんとベレッタさんのみとなっていて、明日の入寮に連れていくのもこの二人。
しかしこの二人は近衛という役割についていない。あくまでお嬢様の世話係として寮についてくる。
お嬢様が入る学園というのは、王都の郊外に建てられたお城のような建物がある場所だ。
三国連盟高等魔術学園。
通称を『トライデント』と呼ぶこの学園の歴史は古く、幾人もの名魔術師を輩出した由緒ある学園なのだとか。
この魔術学園、最初に掲げられた理念は『広く平等に魔術と教育を学ばせる』というものだったのだが、当初はこれが上手くいかなかったらしい。
そもそも連盟が出来上がる前は、隣同士で幾度となく戦争に明け暮れていたのに、そんな急に仲良くなんてできるわけもなく、学園内での争い事が頻発したとか。
その上、平民が貴族と肩を並べて問題が起きない筈がなく、貴族による平民の無礼討ちが横行。由緒とはなんだったのか。
ある程度の身分による区切りが必要だとルールが改変されていったそうだ。
この近衛制もその一つ。
その昔。ある侯爵の嫡男と、ある伯爵の嫡男が、互いに自分の魔術の方が強力であると主張した。これをハッキリさせるためにと術比べを行ったのだとか。ここで重要なのが術比べの部分。
決闘ではない。
互いが互いに貴族家の嫡男なので、万が一負けはせずとも怪我を負いたくないと考えた両者はその争いの決着を術比べに移行した。当時は術の威力や範囲などに正確な値が存在せず、ハッキリとした測定が行えなかったとか。ではどうしたのか。これも当時の測定に準じた。
すなわち、一つの魔術でどれだけの物を壊し、どれだけの人を殺したのかという戦争準拠のものを採用。バカか。
迷惑な二人は魔術を放ちながら建物を破壊し平民を殺し、どちらがより優れた魔術師かを決めたという。結論から言うと、この二人は死ぬことになった。まあ、どっちも優れていなかったわけですね。
だって間違って他国の王族を殺しちゃったのが原因とか…………笑わせにきているんだろうか。その言い訳の台詞も「平民かと思った」とかいうふざけたもの。再び戦争を起こさないためにと自国の王や貴族が、その二人の一族を根絶やしにした後、二人を他国に差し出したという逸話が残っているらしい。
この騒動以降、伯爵家以上の家格を有する貴族家は、学園内において近衛を一人付けることを許されたのだとか。
はー、そうなんですねー。
「へー、そうなの」
「そうなんですか」
「…………今はこの平民に言い聞かせているのですが?」
何故、伯爵家以上の子息子女には近衛がつくのかというお話をベレッタさんがしてくれた。盗み聞きしていたお嬢様達も思わず納得の声を上げる程だ。お嬢様、こういう話はお好みですもんね。
「それが…………近衛の自覚と、どう繋がるのでしょう」
わからない。元々自覚なんて持っていない事は一先ず置いておこう。ベレッタさんの眉間の皺をわざわざ増やす必要はあるまい。
怒りを吐息と共に吐き出したベレッタさんが話を続けてくれる。そうですね、お嬢様には困ったものですね。
「いいですか? 近衛というのは主人を守るために存在します」
それはまあ分かる。聞く感じ、他国の貴族もいるのなら用心にこしたことはない。無差別に魔術を放ってくる奴なんてよっぽどいないとは思うが、もしもの時のために近衛をつけるようにしたのだろうし。
つまり盾として。
「近衛は武器となり防具となって主人を守ります。肉体的な面は勿論として精神面もです」
肉体的というのは、そのまま怪我をさせないようにという意味合いだろう。精神的というのは…………精神的ってなんだ。
続けられた言葉で疑問は直ぐに氷解した。
「精神面とはつまり誇りもです。近衛は外敵から主人を守ると同時に、決闘の代理人としても使われます。まだ年若い貴族が集まる学園では、どうしても争いがエスカレートしてしまう場合があり、そこから決闘に発展するケースが多々あります。貴族が決闘から逃げるのは恥、しかしそう易々と命を掛けられるのもまた困る。そういった考えから生まれたのが代理人同士での決闘です」
聞いてないな。
「実際、大昔にあったという嫡男二人の術比べも、その二人が決闘をするだけなら、ここまで話は大きくならなかったと思います。それに貴族が決闘に代理人を立てるのはよくあることです。その場で決着をつけてしまおうと考えない限りは、本人が犠牲になることもよっぽどありません。自分の魔術の方が、という論点も悪かったのでしょう」
よっぽどな二人だったんですね。伝説になるくらい。
「つまり、その身を盾として主人を守り、その武を剣として主人の誇りとなるのが近衛の務めとなります。つけられる近衛は当然ながら選りすぐり。そのまま他家や他国のパワーバランスを意味する事もあります。だというのに…………平服で! 武器もなく! 魔術にも通じないあなたが! このまま入寮を迎えるなど言語道断です! もし恥を知っているのなら自刃なさい。いえ、主人を思えばこそ……」
「ベレッタ」
氷のような声だ。
白熱するベレッタさんを止めたのはお嬢様だ。隣にいるリアディスさんは冷や汗をかいている。鏡に映るお嬢様は能面のような無表情だ。
「ジークはわたしの従僕なの。あなたのじゃないわ。勝手に命令しないで」
「……………………申し訳ございません」
頭を下げるベレッタさんを見つめるお嬢様。
「……もういいわ」
「……はいお嬢様」
ベレッタさんが顔を上げたタイミングで、お嬢様がニマっと笑う。本当にコロコロと表情の変わる餓鬼だな。
「それにそんな心配は不要よ! ね、従僕?」
「はいお嬢様」
だてにつき合いが長いわけじゃない。お嬢様の笑顔に従僕もニヤリと笑みを返す。主従の考えは一緒だ。
そう、そんな心配はせずとも、ケンカをしなければいいのだから。決闘なんて野蛮な行いをせずに卒業するのなら、従僕はなんら痛まない。これに心優しいを自称されるお嬢様も否はないというもの。
もはや疑いようのない信頼関係を構築したお嬢様が、ギュッと拳を握る。
確信の笑みだ。
「従僕はそんなのなくったって負けたりしないわ! 魔術なんて幾らでもぶつければいいのよ!」
従僕は主人のその言葉に大きく頷き、真摯な表情でベレッタさんに向き直り告げた。
「私が間違っておりました。今から防具は手に入れられますでしょうか?」
できればフルメイルでお願いします。




