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私の従僕   作者: トール
 第一章 従僕と学園へ行く
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従僕14



 冬の終わり。


 年が明けて十八になった俺は、お嬢様とは六歳差。


 お嬢様はこの春から学園へと通われる…………筈なのだが。


「嫌よ! わたし行かないわ!」


 その学園へ出発しようとする馬車の前で、引き連れたお付きの方々を困らせていた。


 原因はこうだ。


 従僕、つまり俺が一緒の馬車に搭乗しないのが気にいらないと。


 終わり。


 投げ掛けられる視線は普段にも増して厳しいものだ。俺のせいじゃないと思う。思う。思うが、ここは隅の方で控えていよう。


 別に一緒に行かないわけじゃない。ただ従僕には従僕専用の馬車があるというだけで。正確には平民が乗る馬車だ。


 引き連れる騎士団に連なる馬車にと、結構な行列だ。当然ながら先頭を行く騎士の方々に守られる馬車にはお嬢様がご搭乗する。お付きも貴族の方々で、ベレッタさんとショートカットのメイドさんが一緒に搭乗するという形式だ。連れられる馬車には貴族専用の馬車もあるが、お嬢様が乗るのはそれの最上位。


 まさか平民の従僕を乗せることはできないらしく、それにお嬢様は憤慨し、言葉を売ったり買ったりする内に、じゃーもういいわ! わたし行かないから! あんたたちだけで行けばあ? とこう。


 なんでそうなる。


 むしろお前だけは行かない訳にはいかないのだ。


 見送りに出ている旦那様はこれを止めない。むしろ嬉しそうである。え、娘帰ってくる? 行かない? やったあ! とソワソワ。つい先程呼ばれて「娘に近付く有象無象は……構わん。殺せ」とか渋い声で言っていた方に思えない。構うよ。高い確率で貴族様だよ。


 当然ながら従僕めはこれを静観している。マリスティアン公爵家ではなくお嬢様に仕えている俺としては、全てにおいてお嬢様の意思が最優先だからだ。決して学園に行かないのであればお嬢様付きを続ける理由がなくなるとかではない。そんな訳がない。ワンチャン奴隷に戻れるのではとか思っていない。


 旦那様の手前、他の騎士の方やメイドも強く出れない。これは……もしかしたら成るのでは?


 そんな事を考えていたら、旦那様の隣で佇んでいたお方が前に出てきた。


「シェリー」


 奥様だ。


 お嬢様とは違い銀色の髪に灰色の目をしているが、その美しさは似通っていて、親子であることを証明していた。ただお嬢様の性格は旦那様よりなのか、気性はまるで違い物静かな方だ。前に出ることも少なく、滅多に人目につかない方だが、流石に今日は旦那様と一緒にお嬢様を見送りに来ていた。


 名を呼ばれただけで、お嬢様がビクリと固まった。いつも怒られてますもんね。


「今からその様な振る舞いでどうするのです? 学園ではあなた一人で立つのですよ。マリスティアンの名に恥じぬ行いを心掛けなさい。行事には作法というものが存在します。分には格が、所作には礼儀が求められるものです。上に立つ者が、これを貶める事は許されません」


 静かな声だというのに響くのは、誰もが黙って聞いているからか。お嬢様も恐々と固まってしまっている。


 ここからごめんなさいを連呼するのがいつものパターンなのだが…………泳がせていた視線を奥様に向けられた。


「で、でも!」


 おっと。これは珍しいパターンじゃないか? お嬢様が奥様に反論するなんて。奥様も驚いたのかお説教の続きに入らない。


「じゅー、ジークは! わたしの従僕だわ! 身を守るために傍に控えさせるのは……と、当然…………」


 しかし慣れてないせいか言葉が尻すぼみに小さくなっていく。


「騎士団が守りを固めています」


「…………側仕えの、…………仕事も」


「ベレッタとリアディスがいます」


「……………………お母さまのケチ」


「シェリー」


 ハアーっとこれ見よがしに溜め息を吐く奥様にビクリと肩を震わせるお嬢様。


「あなたのその発言は、周りの者を軽んじているように誤解させます。例えあなたにそのつもりがなくとも、してはいけないものです」


 ブスッと頬を膨らませたお嬢様が周りをチラチラを見る。多分、そうなの? と確認しているのだろう。


 大丈夫ですお嬢様。


 このくそ餓鬼めっ、とか思われているのは今更です。


 手遅れです。


 しかし目端に涙が溜まってきているお嬢様を、流石にこのまま放っておくわけにもいかないだろう。


 いい従僕としては。


 適度な距離まで近付く。こちらが近付いているのが分かり、されど無礼に値しないぐらいの距離だ。歩みもゆっくりとしたもので、敵意を表さず、されど目立つぐらいの速度で。


 当然、騎士団の方々が気付く。奥様、お嬢様も気付いた辺りで跪く。


「……すん。なーに、従僕?」


 お嬢様、ジーク呼びしないと。


「はいお嬢様」


 そこで奇妙に見える手真似をしてみせる。それを呆けた顔で見つめるお嬢様。周りの方々にはわからない合図だ。だからって剣に手をかけるのは違うと思うんですよ騎士様。旦那様、いつ抜いたのですか? もしかして近付き始めて直ぐにですか?


 早くご用件を告げなければ。


「『賢い双子』でございますお嬢様」


 ピンときたお嬢様に喜色が浮かぶ。


「グレテイルとヘンデースね! でも、わたしがヘンデース? 先の馬車だものね。グレテイルの方が好きだわ」


「お嬢様、お話ではなく実際に体験するのならヘンデースの方が面白いかと」


「そうかしら? そうね。そうだわ! じゃあ、早く出発しなきゃ。だって夜がきちゃうもの」


「お嬢様はいつもご聡明で」


 せかせかとベレッタさんの手を引いて馬車に乗り込むお嬢様。手を引かれるベレッタさんは困惑している。ショートカットのメイドも慌てて後を追い掛ける。


 これで問題はないな。


 いやあった。この微妙な沈黙と、ぶつけられる視線が未解決だ。


「う、うむ」


 頷いているのは騎士の先頭に立つ偉丈夫。団長と呼ばれていた騎士様だ。


 然り気無く立ち去りたいが、何故か奥様がこちらを見つめていらっしゃる。立ち上がれない。頷いた団長も騎士に命令を出せないでいる。もう一声あるぞと空気が言っている。


「あなた」


 呼ばれてますよ旦那様。なんでまだソード持ってんだよ。


「確か…………ジーク」


 ですよね、俺っすよね。なんだろう。鞭かな。


 幾度となく顔を見たことはあるだろうが、従僕に話し掛けるのはこれが初めてだ。


「はっ」


「……」


「……」


 沈黙が痛い。新しい栄誉の与え方だろうか。


「先程の……………………賢い、双子? というのは?」


「はっ。ある物語の題名です」


「それは……………………どういう話ですか?」


 創作だとか言えない。奥様の後ろにいる旦那様の視線が怖い。


 まさかデタラメな物語を考えてお嬢様に話しているなどと今更言える筈がない。過去に遡って出てくるその話の数は、鞭の百や二百じゃ利かないのだ。後ろの旦那様が持つソードの輝きが眩しいのだ。


「長くなるのですが……」


 言外に止めとこうアピールだ。しかし奥様の表情は変わらず。これは語らないと収まりがつかないのかと、自分の長く連れ添った首に別れを告げようとしたその時、救いの主が現れた。


「もう! なにをグズグズしているの! 早く出してちょうだいって言ってるじゃない! まだなの!」


 貴族様専用の馬車の小窓から。


 これには奥様も再び溜め息だ。御用聞きのための小窓は、本来なら従者が顔を出す所だからだろう。きっと従者の上で体を伸ばしているんだろう。


 再びのお小言と旦那様の涙ながらの別れを受けたお嬢様。騎士団長様が出発の合図を出す時には、既に従者は配置につき、どうやら従僕の過去の所行は語らなくても構わない成りゆきになったようだ。


 先頭の馬車から時折捨てられるパンくずを見逃さないようにしなくては。絶対に答え合わせをさせられるのだから。



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